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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第一部 王都の親方

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親方、井戸を直す


 翌朝。


 いつも通り、共同井戸に水を汲みに行った。


 下町の住民にとって、この井戸は生命線だ。飲み水、炊事、洗濯——全部ここから賄っている。上町には魔法で浄水した水道が通ってるらしいが、下町にそんな贅沢はない。


 井戸の前に着くと、先客が数人いた。が、誰も水を汲んでいない。


「おい、どうしたってんだ?」


「ムナカタさん、見てくれよこれ……」


 井戸を覗き込んで、眉を寄せた。


 昨日の夕方に見た時より、明らかに悪化してる。内壁の石が三つ、内側にせり出していた。目地の石灰はボロボロに崩れて、隙間から土が流れ込んでいる。水面にも土が混じって、茶色く濁っていた。


「釣瓶を降ろしたら、崩れそうで怖くてよ……!」


「一週間前にギルドに修繕依頼を出したんだが、誰も受けてくれねえんだ!」


 そりゃそうだろう。冒険者ギルドの連中は剣を振るのが仕事だ。井戸の石組みを直せる技術なんか持っちゃいない。かといって職人ギルドの石工に頼めば銀貨何枚取られるか分からん。下町の共同井戸の修繕費なんざ、住民の持ち出しじゃ到底足りねえ。


 結果、誰も手を付けないまま一週間。その間にも井戸は壊れ続けてる。


 ……放っておいたら、そう遠くないうちに完全に崩落する。そうなったら修繕じゃ済まない。井戸を一から掘り直しだ。下町の住民にそんな金はねえ。


「俺がやるよ」


「「えっ!?」」


「井戸の修繕。今日中に終わらせてやらぁ」


 住民たちが顔を見合わせた。昨日のマルタさんの長屋の件が広まってるのか、「信じていいのか……」「何か弱みでも握られたら……」「バカ、あの壁を直した人だぞ!」とひそひそ言っている。


「報酬は……正直、あんまり出せねえんだが」


「いくらでもいい。水が使えなくて困ってんのはこっちも同じだ」


「ほ、ほんとうか!? 助かるよ……ムナカタさん!」



 やれやれ、まずは状態の確認だ。


 縄を井戸の縁に結んで、中に降りる。深さは四メートルほど。石組みの内壁を間近で見ると、思った通りの症状だった。


 下半分の石が内側にせり出してる。原因は外側の土圧だ。地下水の流れが変わって、井戸の外側の土が片方から押してきてる。石組みの目地が耐えきれずに崩れて、石が一つ動くと隣も引っ張られて——ドミノ倒しみてえなもんだ。放っておけば、ある日ごそっと内壁が崩落する。


 逆に言えば、まだ崩落してないってことは、石同士がかろうじて噛み合って持ちこたえてるってことだ。今のうちに手を打てば間に合う。


 井戸から上がって、作業の段取りを組んだ。


「まず水を汲み出す。それから中に降りて、下から石を積み直す。必要なもんは——石灰、アシャイト(火山灰)、あと丸太を四本」


「丸太? 井戸に何に使うんだ?」


支保工(しほこう)だよ。つっかえ棒だ。崩れかけてる壁を、中から丸太で突っ張って支える。それで崩落を防いどいて、安全な状態で石を積み直す」



 住民の何人かが手伝いを申し出てくれた。ありがてえ。水の汲み出しは人手がいる。


 桶リレーで井戸の水を抜きながら、俺は中に降りて支保工を組んだ。丸太を十字に渡して、せり出した石を外側に押し戻す。応急処置だが、これで作業中に崩れる心配はなくなった。


 水位が下がったところで、本作業に入る。


 崩れた目地を掻き出して、石を一つずつ正しい位置に戻す。石組みの井戸ってのは、要は石をリング状に積んで、石同士の摩擦と目地の接着力で円形を保ってる構造だ。一つでもズレると全体が歪む。逆に、ちゃんと積み直してやれば元通りになる。


 石を据え直したら、目地に石灰モルタルを詰めていく。昨日マルタさんの家で使ったのと同じ、石灰とアシャイト(火山灰)を水で練ったやつだ。


 こいつが乾けば石同士がガッチリ固まる。水に強い性質もあるから、井戸の修繕にはうってつけだ。古代ローマの水道橋にも似たようなもんが使われてたって、昔なんかの本で読んだっけな。


 下から順に、一段ずつ。地味な作業だが、手は抜かない。基礎と同じだ。下が狂えば上が全部ダメになる。


 黙々と石を積んでいると——ふと、視界の端で何かが光った。


 石と石の隙間。崩れた目地の奥に、淡い光が灯っている。


 ……なんだ?


 手を止めて、そっと覗き込む。


 小さな、光の塊だった。


 握りこぶしの半分くらいの大きさで、薄い茶色の光を放っている。よく見ると、光の中にぼんやりと形がある。丸っこい身体に、短い手足。顔らしきものに、小さな目が二つ。


 こっちを見て、ぶるぶる震えていた。


 ……怯えてんのか。


 まあ、そりゃそうだ。いきなり石を引っぺがされて、でかいおっさんの顔が覗き込んできたら誰だって怖い。


「おう、邪魔してるな。すぐ終わるから待ってろ」


 光の塊に向かって、そう言った。


 別に深い意味はねえ。現場で猫が寝てた時と同じ感覚だ。邪魔するつもりはないぞ、って挨拶みてえなもんだ。


 光の塊は一瞬きょとんとして——それから、おずおずと石の隙間から出てきた。俺の手の周りをふわふわ漂いながら、作業を眺めている。


 ……まあ、見てる分には好きにしろ。


 結局、そいつは作業が終わるまでずっとそばにいた。



    * * *



 昼過ぎ。


 井戸の修繕が終わった。支保工を外し、新しい水が湧き上がってくるのを確認する。透明な水だ。土の混じりもない。



「す、すげえ……!!」


「一週間ギルドに放置されてた案件を、半日で……!?」


「しかも一人でか!?」



 住民たちが覗き込んで騒いでいる。大げさだな。やったことは石を積み直しただけだ。


 井戸の縁に腰かけて一息ついていると、後ろから声をかけられた。


「あ、あの……!」


 振り向くと、少女が立っていた。


 十代の後半くらいか。亜麻色の髪を肩の辺りで切り揃えて、草色のローブを着ている。胸元に小さな石の首飾り。ローブの裾は擦り切れていて、あまり裕福には見えない。


 少女は俺の顔ではなく、俺の肩の辺りを見つめていた。正確に言うと、俺の肩の辺りをふわふわ漂っている、さっきの光の塊を。


「あの子が……あなたのそばにいたいって言ってます」


「あの子?」


土の精霊(ノーム)です。井戸の中に住んでいた子だと思います」


 精霊。そういえば、この世界には精霊ってもんがいるらしいと聞いたことはあった。が、実物を見たのは初めてだ。っていうか、これが精霊なのか。猫みてえに懐かれても困るんだが。


「あんた、こいつの言葉が分かるのか?」


「はい。私、精霊語り(スピリットコール)の力があって……精霊の声が聞こえるんです。あっ、私はリルって言います!」


 リル、と名乗った少女は、少しおどおどしていた。精霊の声が聞こえると言ったわりには、自信がなさそうだ。


「精霊使いってなると……冒険者か何かか?」


「いえ……見習いです! まだ正式に契約した精霊はいなくて。声が聞こえるだけで、力を借りたりはできないんです!」


 声が聞こえるだけ。なるほど。つまり半人前ってことか。


 肩の辺りをふわふわしている光の塊——土の精霊を見る。こいつはまだ俺のそばにいる。追い払う理由もねえが、なんで俺なんかに懐いたんだか。


「その子、井戸を直してる時からずっとあなたを見てたんです。普通、精霊は人間の仕事にはあまり興味を持たないんですけど……あなたが石を積んでる時、すごく嬉しそうでした」


「石を積んでるのを見て嬉しいってのは、変わった趣味だな」


「土の精霊にとって、大地を整えることは……たぶん、とても大事なことなんだと思います」


 大地を整える、か。


 大げさな言い方だが、やってることは地面を突き固めて石を積んだだけだ。まあ、精霊にとっちゃそれが嬉しいってんなら、悪い気はしない。


「……好きにしてろ」


 精霊に向かってそう言うと、光が一瞬ぱっと明るくなった。喜んでるのか。分かりやすいやつだ。


 リルが小さく笑った。こいつも、さっきまでのおどおどした顔とはちょっと違う。


「あの、また会いに来てもいいですか? その子のこと、気になるので」


「俺はだいたいこの辺で仕事してる。好きに来い。ただし邪魔だけはするなよ」


「は、はい!」


 元気よく頷いて、リルは走り去っていった。


 ……なんだったんだ。


 肩の精霊を見る。こいつはまだいる。追い払う気はないが、飯は何を食うんだ。いや、精霊って飯食うのか? 分からんことだらけだ。


「まあいい。俺は次の仕事だ」


 立ち上がって、冒険者ギルドに向かう。昨日から気になっていた依頼がある。


 ギルドの掲示板。依頼書がびっしり貼られた板の端っこに、一枚の紙が残っていた。日焼けしている。しばらく放置されていた証拠だ。


『ダンジョン「石喰いの穴蔵」入口の崩落除去作業員を募集。報酬:銀貨十五枚。危険手当あり』


 銀貨十五枚なんてよ、日雇い修繕の何十倍だぁ?


 だが、それより気になるのは「崩落除去」の四文字。


 ダンジョンの入口が埋まっちまったってことだろう。冒険者には魔物は倒せても、瓦礫の撤去はできねえ。だから誰も受けずに残ってる。


 ……崩落除去なら、俺の専門だ。


 依頼書を掲示板から剥がして、受付に持っていった。

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