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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど


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俺は棟方鉄。四三歳。異世界土方だ


 俺は棟方鉄(むなかたてつ)。四三歳。異世界土方だ。


 きっかけは何だったか。確か、築三十年のマンションの大規模修繕で足場を組んでた時だ。六階の枠組足場(わくぐみあしば)の上で、アンカーボルトの締め忘れに気づいて手を伸ばした——そのまま、足元の踏板がずれた。


 あ、落ちたな、と思った。


 目を覚ましたら、草原にいた。それも、スライムだのゴブリンだの『モンスター』がいる大草原に。


 よく分からないが、この世界では剣と魔法が主流らしい。コミックやアニメでしか見たことのない世界だ。最初は慣れなかったが、いまではもうすっかり肌に馴染んでいる。


 え、なんでこんな世界でも、俺が土方をやっているかって?


 そりゃあ決まってる。俺は元々日本で土方をやっていたんだ。職歴二十五年。型枠、鉄筋、左官、足場——ひとりで全部回せるのが自慢だった。小さい工務店の親方として現場を仕切る、それが俺の生き方だ。


 剣と魔法なんざ似合わねえ……というより、そんな才能なんか丸きりなかった。


 異世界転生初日。


 草原でぼんやりしていた俺を見つけたのは、巡回中の騎士だった。奇妙な格好をした俺のことを一目で「転生者様だ」と見抜き、なんだかえらく荘厳な教会に案内された。


 白い大理石の広間。天井まで届くステンドグラス。正面の祭壇に、でかい女神の像。


 神官が五人がかりで、鑑定の儀(アプレイザル)とやらを執り行った。


 ——結果。


──────────────

【鑑定結果】

 名前:棟方 鉄

 種族:人間(転生者)

 Lv:1


 HP:8,210

 MP:3


 STR:S VIT:S

 AGI:C DEX:B

 INT:D MND:D

 LUK:E


 ▷女神の加護:――なし

 ▷固有スキル:――なし

 ▷一般スキル:――なし

 ▷称号:――なし

──────────────


『……残念ながら、あなたに女神様の加護はひとつも備わっていません』


 神官の声が、やけに残念そうだったことだけは覚えてる。


 普通、「転生者」ってやつには、特別な特典——女神の加護(ギフト)が付くそうだ。炎を操る力、剣技の才能、回復魔法、あるいは強力な固有スキル。そういうもんを引っ提げて異世界に降り立つのが「転生者」の常識なんだと。


 ……が、俺にはなんにもなかった。


 神官たちの微妙な空気は今でも覚えている。五人が五人とも目を逸らしていた。同情するくらいなら、せめて飯でもおごってくれりゃよかったのによ。


 まあいい。土方には剣も魔法もいらん。何より、工具を握ってる方が心が落ち着く。


 ——で、あれから半年。


 俺は王都ローデンの下町で、日雇い仕事をしている。



    * * *



「ムナカタさん、ここなんだけどねえ」


 長屋のばあさん——マルタさんが、壁の亀裂を指さした。


  築何年かも分からねえ木造長屋の一階。壁には斜めにひび割れが走って、窓枠がじわっと傾いている。ここの壁を直してくれって依頼が入ったのが今朝のこと。報酬は銅貨四十枚。銅貨は日本円で、だいたい1枚100円くらい。この世界の物価じゃあ、日雇いとしてはまあまあだ。



「冒険者にでもなればいいのに、あんたみたいに身体が大きい人は」


「俺にゃ剣より金槌の方がしっくりくるんでねぇ」


 壁の前にしゃがみ込んで、亀裂をじっくり見る。


 ……斜めに走っている。左下から右上へ、ほぼ一直線。


 こういうひび割れには癖がある。普通に壁が劣化しただけなら、蜘蛛の巣みてえにバラバラに広がる。だが斜め一直線ってのは、壁自体の問題じゃねえ。壁の「下」——つまり地盤が動いた時の割れ方だ。


「マルタさん、ちょっと床を見てもいいかい」


「床? 壁じゃなくて?」


「多分、原因は壁じゃねえんだ」


 床板を数枚剥がすと、土間が出てきた。


 ……やっぱりな。


 左側の地盤だけが沈んでる。元の世界で言うところの不同沈下(ふどうちんか)ってやつだ。難しいことは置いといて、要は地面の片側だけがじわじわ沈んでいく現象。建物全体がゆっくり傾いて、壁にひびが入る。壁のひび割れはその結果であって、原因じゃない。


 おそらく裏手の井戸のせいだろう。長年にわたって地下水が片側に偏って流れて、土を少しずつ持っていってる


 壁だけ直しても、半年もすればまたひび割れちまうな。


「マルタさん、壁を直す前に、基礎をやり直すよ。ちょっと大掛かりになるが、これをやらねえと何度直しても同じだ」


「基礎……? お金は大丈夫かい?」


「銅貨四十枚で収める。材料は近所の河原で拾えるもんで足りるさ」



 河原に行って、割栗石(ぐりいし)を集めてきた。拳くらいの、角ばったごろごろした石だ。見た目はただの石ころだが、こいつを地面に敷き詰めて突き固めてやると、石同士が噛み合ってガチガチの地盤に化ける。コンクリートなんかなかった時代から使われてきた、基礎工事の基本中の基本だ。


 籠いっぱいに三往復。途中でガキどもが「おっちゃん何してんの」と寄ってきたが、「仕事だ」と答えたら飽きていなくなった。薄情なもんだ。


 長屋に戻って、床板を全部剥がす。沈んだ側の土を深さ三十センチほど掘り出して、そこに割栗石を敷き詰めた。


 あとは突き固める。


 丸太を切り出して作った突き棒(ランマー)——先端を平らに削った丸太の杭みてえなもんだ。こいつを両手で振り上げて、石の上にぶち込む。


 ドン。ドン。ドン。


 地面が鳴る。


 石が噛み合い、隙間が消え、地面がみるみる締まっていく。元の世界なら機械でやる工程だが、この身体なら手で十分だ。どうやら聞いた話によると、俺は転生者の体質らしく、前の世界じゃ考えられねえくらい力が出るんだとか。レベルは1のくせに、素のSTRとVITだけ化け物みてえな数値があるんだと。おかげで丸太の突き棒くらい片手で振り回せる。


 ありがたいっちゃありがたいが、使い道がこれってのもどうなんだ。


 まあいい、魔法が使えるよりはよっぽど現場向きだ。


 割栗石の上に石灰を混ぜた土を被せて、もう一度突き固める。これで地盤は安定した。あとは傾いた壁を突っ支い棒(つっかいぼう)でじわじわ押し戻して、亀裂に石灰モルタルを詰めて仕上げる。石灰モルタルってのは、石灰とアシャイト(この辺の火山灰みてえなもん)を水で練った接着剤だ。元の世界のセメントの御先祖みてえなもんだと思ってくれりゃいい。


 全工程、約四時間。


「終わったぜ、マルタさん」


 床板を戻して、壁の表面を均して、作業完了。マルタさんが恐る恐る部屋に入ってきた。


 足元を踏んで、目を丸くする。


「……あら? 床が、真っ直ぐになってるわ!」


「基礎を直したからな。これでもう傾かねえよ」


「何十年もこの家に住んでるけど、床の傾きがなくなったのは初めてだよ……」


 マルタさんの目に、うっすら涙が浮かんでいた。


 大げさだな、と思う。けど、悪い気はしねえ。現場の仕事ってのは、こういう瞬間が一番だ。でかいビルを建てた時より、こういう地味な修繕で「ありがとう」って言われた時の方が、ずっと腹に来る。


 ……日本でもそうだった。



「マルタさん。報酬は銅貨四十枚だよ」


「ああ、はいはい。ちょっと待ってね」


 マルタさんが奥に引っ込んだ隙に、外を見ると、いつの間にか近所の住民が五、六人集まっていた。


「なあ、あんた! ちょっと、うちの壁も見てくれねえか!?」


「うちは扉の建付けが悪くてよ!」


「二階の床がギシギシ鳴るんだけどさぁ——!」


 ……仕事が増えそうだ。勘弁してくれと言いたいところだが、土方にはありがたい話だ。



 報酬の銅貨を受け取って、長屋を出た。夕暮れの下町。通りには屋台の煙が漂って、ガキどもが走り回ってる。どこの世界でも変わらねえ光景だ。


 ふと——長屋の裏手を通りかかった時、妙な音が聞こえた。


 ギシ……。ギギ……。


 足を止めて、音のする方を見る。


 共同井戸だ。


 円形に積まれた石組みの内壁。その一つが、僅かに内側へせり出してる。目地の石灰が崩れて、隙間から湿った土が覗いていた。


 こいつは……。



「近いうちに崩れるな」


 独り言は、夕暮れの喧騒に紛れて、誰にも届かなかった。

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