親方、夜を徹する
カウントダウン五日目。
南面のコンクリート被覆が順調に進んでいる。一日二百メートル。予定通りだ。
昼チームと夜チームの交代制で、壁は二十四時間止まらない。松明の明かりの下、夜中でもコンクリートを練る音が響いてる。
作業員たちの顔つきが変わった。ドラゴンが来るかもしれないと知ってから、全員の目が違う。ダラける奴が一人もいない。自分たちの命がかかってるって分かってるからだ。
ガルドが夜チームの指揮を取ってる。夜目が利く獣人の強みが活きてる。暗闘の中でも型枠の位置がずれてないか、コンクリートの流し込みが均一かを見張れる。
「ガルド隊長、次の区画の型枠できました!」
「よし、コンクリートを回せ! 隙間なく流し込めよ!」
いつの間にか作業員たちに「隊長」と呼ばれてる。いい傾向だ。
* * *
八日目。
朝から空が暗い。分厚い雲が西から押し寄せてきた。
昼過ぎに降り始めた。
雨。しかもかなり強い。
「まずいな……」
コンクリートの天敵は雨だ。打設直後のコンクリートに雨が当たると、表面の水分比率が狂って強度が落ちる。最悪、固まらない。
「親方、作業を止めますか」
ハインツが訊いてきた。止めるべきだと思ってるんだろう。常識的にはそうだ。雨の日にコンクリートは打てない。
だが止めたら一日分遅れる。一日の遅れが、ドラゴンが来た時に壁が足りない区間を生む。
「止めねえ。やり方を変える」
作業員たちを集めた。
「いいか。まず打設済みのコンクリートを板で覆え。雨が直接当たらないようにする。布でもいい。何でもいいから被せろ」
ガルドのチームが走って板や布を集めてきた。打設済みの区間を片っ端から覆っていく。
「次。これから打つコンクリートの配合を変える。水の量を減らせ。いつもの八割でいい。雨で水分が足されるから、最初から少なめに練っておく」
「八割? 練りにくくなりますが……」
「硬めでいい。型枠に流し込む時にちょっと手間がかかるが、雨に当たった後の水分比率がちょうどよくなる」
石工チームが配合を調整した。硬めのコンクリートは練るのに力がいるが、ガルドの怪力で解決。あいつが練ったら何でも均一になる。
「リル、水の精霊に頼んでくれ。型枠の中に雨水が溜まらないように、余分な水を抜いてくれ」
「はい!」
水の精霊が型枠の中の水分を管理してくれた。雨が入り込んでも、余分な水分を吸い出して排水路に流す。コンクリートの水分比率を精霊が一定に保ってくれる。
これだ。精霊がいなきゃ雨の日の打設なんか無理だ。使えるもんは全部使う。
「火の精霊にも頼む。コンクリートの表面温度を少し上げてくれ。雨で冷えると固まりが遅くなる」
火の精霊が打設面の温度を調整。冷たい雨に当たっても、コンクリートの温度が下がりすぎない。
四種類の精霊がフル稼働して、雨の中で工事が続いた。
作業員たちはずぶ濡れだ。泥だらけだ。だが手は止まらない。
日が暮れても雨は止まなかった。夜チームに引き継いで、松明と精霊の光の中で作業が続く。
俺は現場を離れなかった。交代する親方はいない。判断を下せるのは俺だけだ。
ガルドが夜中に湯を持ってきてくれた。
「親方、飲め。倒れられたら困る」
「……すまん」
「謝らねえで、飲んでくれ」
温かい湯が腹に染みた。
雨は明け方に止んだ。十二時間降り続けた。
朝、被覆を外して確認した。コンクリートの表面は問題ない。配合調整と精霊の水分管理が効いてる。
「全区間、異常なし!」
ハインツの報告に、作業員たちから疲れた歓声が上がった。
雨の日でも工事ができる。これが、全員の自信になった。
* * *
十二日目。
南面のコンクリート被覆が完了した。予定通り。
昼飯を食ってる時に、それは来た。
地面が揺れた。
ガタガタと食器が鳴る。作業場の壁がギシギシ言う。
地震——じゃない。この世界に地震はない。
山鳴りだ。北のグラオス山脈から、低い振動が伝わってきている。前より明らかに強い。
作業員たちが手を止めて、北の方角を見た。顔が青い。
「手を止めるな!」
俺は立ち上がって言った。
「揺れてる間もコンクリートは固まる。手を止めた分だけ、壁の完成が遅れる。揺れが怖いか? だったらなおさら壁を早く完成させろ。この壁が、国のみんなを守るんだ!」
一瞬の沈黙が過ぎた。
トビーが最初に動いた。コンクリートのバケツを担いで走り出した。
「聞いたろ! 手を止めるなって親方が言ってんだ! 動け!」
そして、全員が動き出した。
いい奴だ、トビー。最初に雇った作業員の中で、一番頼りになる男に育った。
揺れは五分ほどで収まった。
バルクス隊長から伝令が来た。
「北の斥候からの報告です。グラオス山脈の北峰で、大型の影が目撃されました。飛んではいません。山頂付近を動いています」
「大型の影……か」
「ドラゴンかどうかは確認できていません。距離が遠すぎると」
「……分かった。工事は続ける」
大型の影。山頂付近。まだ降りてきてない。だが、動いてる。
あとどのくらい時間がある。
分からない。一週間かもしれない。三日かもしれない。明日かもしれない。
* * *
十五日目。西面の被覆工事に入った。残り約二・五キロ。
十八日目。西面の半分が完了。揺れは断続的に続いてるが、作業員たちはもう慣れた。揺れても手を止めない。
二十日目。残り一キロを切った。
バルクス隊長から追加の報告。
「北峰の影が移動しています。南側の稜線に降りてきた模様」
降りてきてる。
「あと何日で壁が終わる」
「五日です、親方」
ルッカが工程表を見て答えた。この子はいつの間にか工程管理もできるようになっていた。
五日。間に合うか。
「三日に縮める」
「さ、三日!?」
「チームを三つに分ける。同時に三区画で打設する。コンクリートは足りるか」
「材料はあります。でも型枠の板が——」
「完了した区間の型枠を外して使い回せ。コンクリートが一日で外せる硬さになるように、火の精霊に乾燥を早めてもらう。リル、頼めるか」
「やります!」
三チーム同時施工。材料の使い回し。精霊による超速養生。
全部を組み合わせて、三日で終わらせる。
ガルドが拳を鳴らした。
「やるぞ、親方!」
「ああ、やるぞ!」
北の空に、赤い光がちらついた。
山の向こうで、何かが燃えてる。
あれはドラゴンのブレスか。それとも山火事か。分からないが——近い。確実に近づいてる。
俺は壁に向き直った。
あと三日。
間に合わせる、絶対に。




