親方、穴を塞ぐ
城壁改修の第一段階。北面五十メートル区間の石を剥がし終えた。
壁の内部が露出して、ドワーフの古い基礎の上に新しい石を積み直す。噛み合わせの溝を刻んだ石灰岩のブロックを、コンクリートで固定しながら組んでいく。ルッカが溝を刻み、石工チームが石を積み、ガルドのチームがコンクリートを練る。
順調だった。
だが一つ問題がある。壁を剥がしている間、そこには穴が空いてるってことだ。
分厚い木の板で仮の壁を立ててはいるが、しょせんは板だ。城壁の代わりにはならない。
「バルクス隊長に頼んで、北面の警備を増やしてもらってる。工事中に魔物が来ないことを祈るしかねえな」
「来ないといいけど……」
リルが不安そうな顔をした。
来なけりゃいいと、俺も思ってた。
* * *
三日目の夜。
来やがった。
「北方から魔物の群れ接近! 数は二十以上! オーガ混成!」
砦の時と同じだ。警報の角笛が王都中に響いた。夜中の二時。
俺は作業場で寝てたが、角笛で飛び起きた。ガルドも跳ね起きてる。
「北面だ。行くぞ」
走った。
北面の工事現場に着くと、既に守備隊が仮壁の前に展開していた。カーラもいる。剣を抜いて、暗闇の向こうを睨んでる。
「親方、来たわよ。タイミング最悪ね」
「最悪ってのはな、こういう時に使う言葉じゃねえ。本当に最悪なのは、来た時に何もできない状態だ」
「で、今は何かできるの」
「……もちろんやる」
仮壁は木の板を三重に重ねてある。人間の力じゃ突破できないが、オーガの体当たりを喰らったら持たない。あいつらは三メートルの巨体で突っ込んでくる。木の板なんか割り箸だ。
城壁の修復中の区間は、新しい石が高さ二メートルまで積み上がっている。本来の高さの三分の一だ。上の四メートルはまだ空いてる。仮壁で塞いでいるのはその部分。
つまり——下の二メートルはもう新しい壁ができてる。問題は上だ。
「ガルド、コンクリートを練れ! ありったけだ!」
「こんな時間にか!?」
「今すぐだ! 石工チームも叩き起こせ! 全員集合!」
ガルドが走っていった。
俺は仮壁の内側から、残りの高さを見上げた。四メートル。この隙間を、魔物が来る前にコンクリートで塞ぐ。
型枠を組む時間はない。正確な壁を作ってる暇もない。
だが——ぶちまけることはできる。
「石灰岩のブロック、ありったけ積め! 隙間にコンクリートを流し込め! 見た目は気にするな! 塞がりゃいい!」
石工チームが駆けつけてきた。ハインツが寝巻きのまま走ってきてる。
「棟方! 何をやる!」
「壁の隙間を埋める。緊急だ。丁寧にやる暇はねえ。石を積んでコンクリートをぶち込め。とにかく高さを稼げ」
「了解!」
作業開始。暗闇の中、松明の光を頼りに石を積む。コンクリートを練る。流し込む。
だが、高さ四メートルに石を積むには足場が要る。仮設の足場を組む時間は——
「親方さん!」
リルが叫んだ。
リルの頭上に、見たことのない光が浮かんでいた。白っぽい、透明に近い光。風にたなびくように揺れてる。
「風の精霊です! 角笛の音を聞いて来てくれたみたいです!」
風の精霊……こんな時に、新しい精霊か。
「そいつには、何ができる?」
「風を操れます! 高い場所での安全確保と——物を持ち上げる力も!」
「石を持ち上げられるか!」
リルが精霊に訊いた。
「小さい石なら! 大きいのは無理ですけど、人が持ち上げた石を支えたり、落ちそうなものを受け止めたりはできます!」
十分だ。
「風の精霊に頼んでくれ! 上に積む石を、風で支えてくれ! 落とさないように!」
風の精霊が壁の上部に飛んだ。
ガルドが石灰岩のブロックを壁の上まで持ち上げる。こいつの怪力なら、三メートルくらいの高さまでは手が届く。そこから上は——風の精霊が石を支えて、落下を防いでくれた。石工たちが壁の上に立って、支えられた石を受け取って積む。
足場なしで高所作業ができてる。
コンクリートはバケツリレーで上に運ぶ。石の隙間にどんどんぶち込む。養生なんか考えてる暇はない。固まりさえすりゃいい。
外から地鳴りが聞こえ始めた。
ずん。ずん。ずん。
来てる。
「急げ! あと二メートル!」
石を積む。コンクリートを流す。積む。流す。
ガルドの腕が限界に近い。何十個もの石を頭上に持ち上げ続けて、筋肉が悲鳴を上げてるはずだ。だが止まらない。
「ガルド! もう少しだ!」
「分かってる……! 止まらねえよ……!」
あと一メートル。あと五十センチ。
ルッカが下から石を運んでる。
「旦那——親方! 石、持ってきました!」
「よし来い! ガルド、最後の一個だ!」
ガルドが最後の石を持ち上げた。風の精霊が支えた。ハインツが受け取って、壁の天端にはめ込んだ。
コンクリートを流し込む。
「——塞がった!」
同時に、仮壁の外側で轟音。
ドゴォン!!!
オーガの体当たりだ。仮壁の板が弾け飛んだ。だが、その向こうには——コンクリートと石灰岩の壁がある。
オーガが壁にぶち当たった。
壁は動かなかった。
コンクリートがまだ完全に固まってない。だが石灰岩のブロックの自重と、下部の二メートルのしっかり固まった壁が、上部を支えてる。ドワーフの噛み合わせの溝が、衝撃を横に分散してる。
もう一体。もう一体。三体が続けてぶつかった。
壁は、立ってる。
カーラが壁の上に立って、よじ登ろうとするオーガを蹴り落とした。守備隊が矢を射る。
戦闘は一時間で終わった。
魔物の群れは、撤退した。
* * *
夜明け。
壁の前に座り込んだ。全身が泥とコンクリートまみれだ。ガルドは地面に大の字に倒れてる。ハインツも石工チームも、みんなへたり込んでる。
急造の壁は、見た目が最悪だった。石の並びはガタガタで、コンクリートがはみ出して垂れてる。職人としちゃ恥ずかしい出来だ。
だが——立ってる。
オーガの体当たりを何発も喰らって、びくともしなかった。噛み合わせの溝が効いてる。応急の仕事でも、構造の原理が正しければ持ちこたえる。
「親方……」
ガルドが地面から顔を上げた。
「壁……持ったな」
「ああ、持った」
「……俺、もう腕が上がんねえ」
「よくやった。もう寝てろ」
「おう……」
ガルドがそのまま寝落ちた。こいつの腕がなけりゃ間に合わなかった。
リルが風の精霊と話している。
「シルフが、高い場所で働く人たちを守るのは楽しかったって。また手伝いたいって言ってます」
「ありがてえ。これから城壁工事は高所作業の連続だ。いてくれると助かる」
風の精霊がふわっと跳ねた。四種類目の精霊が、棟方組に加わった。
ルッカが壁の前に立って、じっと見上げていた。
「親方。この壁、噛み合わせの溝が入ってるのは下の部分だけです。上は応急だから入ってない。ちゃんと作り直した方がいいです」
「コンクリートが固まったら、上の部分は積み直す。今度はお前の溝入りでな」
「はい、任せてください!」
カーラが壁の上から降りてきた。返り血で真っ赤だが、怪我はない。
「ねえ親方。あんたの壁、戦いやすかったわよ。足元が全然揺れなかった」
「砦の時と同じこと言ってるぞ」
「同じ感想なんだからしょうがないでしょ。——風呂入りたい」
「……自分で沸かせ」
「けち」
城壁はガタガタ、応急壁が何とか立ってる。
格好よくはないが、立ってる。国のみんなを守ってる。
今はそれでいいだろう。見た目は後から直す。




