親方、壁を剥がす
五日後、返事が来た。
金貨三百枚、全額承認。
レンハルト卿が書面を持ってきた。王印が押してある。正真正銘の『国家事業』だ。
「国王陛下の裁可が下りた。城壁改修は国家防衛事業として、棟方殿に全権を委託する。人員と資材の調達には王都駐屯軍の協力を付ける」
「王都駐屯軍の協力?」
「兵士を作業員として使える。最大、百名まで」
百名。今までの三倍以上の人数だ。これなら八キロの壁にも手が届く。
「ありがたく使わせてもらいます」
「もう一つ。今回の城壁調査で、四年前の修繕工事に重大な問題があったことが判明した。この件は王都商務局で別途調査する」
グリュンドか。
四年前の城壁修繕を担当したのはグリュンドの石工チーム。修繕費として金貨五十枚が支払われたはずだが、実際の工事は石を載せただけ。金はどこに消えたのやら。
俺がどうこう言う話じゃない。王都の役人が勝手に調べるだろう。俺は壁を直すだけだ。
* * *
城壁改修、第一段階。
最も危険な北面から着手する。グラオス山脈に面してる壁だ。ドラゴンが来るとしたら、まずここに衝撃が来る。
作業員は石工チームのハインツ以下十五名、ダグの大工チーム八名、軍からの兵士五十名、ガルドの土工班二十名。合計九十三名。
ガルドが目を輝かせてる。
「親方、百人近い現場だぞ。すげえな!」
「すげえのはこれからだ。まず壁の外側の表面を剥がす」
「剥がす!? 直すんじゃなくてか?」
「表面だけ塗り直しても意味がねえ。中身を確認して、ダメな石を取り替えて、基礎からやり直す。だからまず表面を剥がして、壁の中身を見る」
城壁の外側から、風化した目地と表面の石を剥がしていく。北面の一区画、長さ五十メートル分。
兵士たちにツルハシを持たせて、表面を慎重に崩させる。壊しすぎたら壁自体が倒れるから、加減が要る。
「いいか、表面の石だけ剥がせ。奥まで突くな。力任せにやるな。壁が倒れたらお前らが下敷きだ」
兵士たちは命令に従うのは得意だが、加減ってもんが分からない。三人ほどが力を入れすぎて危うく壁を貫通しかけた。そのたびに怒鳴って止める。
「もっと優しく! 赤ん坊をあやすつもりでやれ!」
「赤ん坊をツルハシであやすのか!?」
「たとえだよたとえ!」
半日かけて、北面の表面を剥がし終えた。壁の内部構造が露出する。
見えた中身は——予想通り、ぐちゃぐちゃだった。
石のサイズがバラバラ。大きい石と小さい石が無秩序に詰まってる。目地が入ってない隙間がいくつもある。中には土を詰めただけの場所もあった。
「こりゃひでえ……」
ハインツが顔をしかめた。石工の目から見ても、ひどい施工だと分かるんだろう。
「四十年前の施工がこれだからな。当時はこれが普通だったんだろう。責める気はねえ。だが、このまま放っておくわけにもいかねえ」
壁の下部——基礎に近い場所を掘り始めた時だった。
「親方、なんか出てきたぞ」
ガルドが呼んだ。
壁の最下部、地面すれすれの場所。城壁の石とは明らかに違う、別の石材が顔を出していた。
黒っぽい石。きめが細かくて、角が鋭い。表面に模様が——いや、模様じゃない。彫り込みだ。規則正しい溝が、石の表面に刻まれている。
「これ……」
ルッカが駆け寄ってきた。石の表面に手を当てて、指で溝をなぞった。
目が見開かれた。
「旦那。これ、ドワーフの石組みです」
「間違いないか」
「間違いありません。この溝は噛み合わせです。石と石を溝で噛み合わせて、ずれないようにする技術。じいちゃんの山岳都市で使われてた工法です」
ドワーフの遺構。
城壁の下に、もっと古い建造物が埋まってる。王都ローデンが建設される前に、ここにドワーフの都市があったのか。
「リル、精霊にこの下を調べてもらえるか。どこまで続いてる」
「はい。――ノームが言ってます。この石の層、ずっと続いてるって。少なくとも北面の全域。深さはこのくらい……膝の下くらいまで」
北面の全域。城壁の下に、ドワーフの古い基礎が眠ってる。
「ルッカ、お前がさっき言ってた話を覚えてるか。ドワーフの山岳都市は、ドラゴンが来ても壊れなかったって」
「はい。石の中に柱を通して、山と一体にしてたって——」
「この基礎がそれか」
ルッカが黒い石をもう一度触った。今度はゆっくり、丁寧に。
「……かもしれません。この噛み合わせの溝、ただ石を固定してるんじゃない。力を隣の石に逃がすための構造です。一つの石が衝撃を受けたら、溝を通じて隣に分散する。隣もまた隣に分散する。全体で衝撃を受け止める仕組みです」
衝撃の分散、免震じゃなく制震に近い考え方だ。俺が砦の帰り道に考えてたのと、方向性が同じ。
ドワーフは経験的にこの技術にたどり着いてたってことか。理論は知らなくても、何百年もドラゴンと共存してきた経験が、この溝を生み出した。
「ルッカ。この溝の寸法と角度を全部記録しろ。一つ残らずだ」
「はい!」
ルッカが目を輝かせて記録を始めた。自分のルーツに繋がる技術が、目の前にある。こいつにとっちゃ、金貨何枚分の価値がある発見だ。
* * *
夜。作業場で、ルッカが記録した溝のデータを眺めていた。
面白い。溝の角度が一定じゃない。場所によって微妙に変わってる。地盤の硬さに合わせて角度を調整してるんだ。硬い地盤の上では浅い溝、軟らかい地盤の上では深い溝。力の伝わり方を、地盤ごとに最適化してる。
理屈としては理解できる。だが、これを測定器もなしに経験だけで実現したドワーフの技術力は、正直すげえとしか言いようがない。
「旦那」
「なんだ」
「この技術、城壁の改修に使えますか」
「使える。ドワーフの噛み合わせとコンクリートを組み合わせる。古い基礎を活かして、その上にコンクリートの補強帯を打つ。噛み合わせの溝で衝撃を分散して、コンクリートで全体を固める」
「ドワーフの技術と、旦那の技術を、合わせるってことですか」
「そうだ。お前のじいちゃんの知恵と、俺の知識を組み合わせる。千年の経験と現代の材料。最強の組み合わせだ」
ルッカの目に涙が浮かんだ。
「……じいちゃんが言ってました。ドワーフの技術は、いつかきっと誰かの役に立つって。忘れちゃいけないって」
「忘れなくてよかったな」
「はい……」
ルッカが袖で目を拭いた。
おい、泣くな。泣かれると困る。
「ルッカ」
「はい」
「明日から忙しくなるぞ。お前には噛み合わせの溝を、新しい石に刻む仕事を任せる。ドワーフの工法を一番よく知ってるのはお前だ」
「……はい! 任せてください、親方!」
「おう。頼むぞ、ルッカ」
ガルドがにやにやしてる。リルが小さく拍手してる。カーラが寝てる。まあ、あいつはいつも通りだ。
さて。明日から城壁の改修だ。
ドワーフの千年と、俺の二十五年。合わせて千二十五年分の技術で、この壁を作り直す。
ドラゴンが来ても壊れない壁を。




