親方、城壁を見る
百軒の家を建てた翌週。
レンハルト卿が、また来た。今度は護衛が倍に増えてる。こいつぁ公式の用事ってことだ。
「棟方殿。王宮からの正式な依頼を持ってきた」
「遂に……来やがったか」
「フェルゲン村の壊滅を受けて、国王陛下が王都の防衛体制の見直しを命じた。その一環として、王都ローデンの城壁および防衛施設の調査と改修案の策定を、棟方殿に委託したい」
城壁の調査と改修案。つまり、王都の壁を全部見て回って「ここがダメだ、こう直せ」って報告書を作れ、と。
「報酬は?」
「調査費として金貨十枚。改修が決まれば、別途工費を支給する」
金貨十枚は調査だけの報酬としちゃ破格だ。それだけ国も切羽詰まってるってことだろう。ワイバーンの群れが村を一つ消したんだ。次に王都が狙われたらどうなるか、役人連中もさすがに考え始めた。
「引き受けます。一週間で調査して報告書をまとめる」
「ああ……頼む」
レンハルト卿が帰った後、ガルドが興奮した顔で寄ってきた。
「親方! 王宮の仕事だぞ!!」
「浮かれるな。まだ調査だけだ」
「でも、城壁だぞ!! これはでっかい仕事じゃねえか!?」
「でかい仕事はでかい責任が伴うもんだって、前にも言っただろ」
「言ってた。——でも、やっぱりすげえよ」
まあ、すげえのは認める。半年前に井戸を直してたっつうのに、今じゃ王宮から城壁の依頼……か。
人生、何があるか分からんもんだ。
* * *
翌日から城壁の調査を始めた。
王都ローデンの城壁は、街をぐるっと一周している。全長約八キロ。高さは平均六メートル。石積みの壁で、所々に見張り塔がある。
四日かけて全周を歩いた。ガルドとリルを連れて、壁を叩き、基礎を確認し、目地の状態を見て回った。
結論から言う。
ひどい。
想像以上にひどかった。
まず基礎。ほぼ全域で基礎がまともに作られていない。石を地面にそのまま載せてるだけの場所が大半だ。割栗石の突き固めすらやってない。地盤が緩い場所では、壁自体が傾いている。
目地。石灰モルタルが風化してぼろぼろだ。石と石の間に指が入る場所がいくつもあった。接着力なんざほとんど残っちゃいねえ。
控え壁、ない。北の砦と同じだ。壁の厚さだけで持たせてる。横揺れ一発で倒れる構造。
四年前のドラゴン災害で東面が損傷して、応急修繕した跡があったが……。
「これ、直ってねえな」
「えっ!?」
ガルドが壁を見た。見た目は修繕してある。石が新しく積まれてる。だが——
「新しい石と古い石の接合部、目地が入ってねえ、載せただけだ。見た目は直ってるが、構造的には繋がってない。揺れたら新しい部分だけずれ落ちる」
リルに精霊で確認してもらった。
「親方さん……土の精霊が言ってます。壁の中に、力の流れが途切れてる場所がたくさんあるって。石同士が噛み合ってなくて、バラバラに立ってるだけだって」
バラバラに立ってるだけ。
つまり、この城壁は「壁の形をした石の山」にすぎねえ。構造体として機能してねえ。ワイバーンの群れが来たら——いや、大型ドラゴンが来たら、この壁は紙くずだ。
「ガルド」
「なんだ、親方」
「この壁、やべえぞ」
「……そんなにか」
「大型ドラゴンが来たら、半周は倒壊する。下敷きになる住民が何百人出るか分からねえ」
ガルドの顔が青くなった。
リルも唇を噛んでいる。精霊を通じて壁の「弱さ」を感じ取ったんだろう。
「直せるんだよな、親方!」
「……直す。直すが、簡単じゃねえ。全長八キロだぞ」
* * *
調査結果をまとめた報告書を、ヴェルトール伯とレンハルト卿に提出した。
伯の屋敷の応接間。二人の顔が、読み進めるほど険しくなっていく。
「棟方殿。この評価は……間違いないのか」
「間違いありません。城壁の七割が、構造的に不合格です。残りの三割も、補修が必要な状態。現状で大型ドラゴンの通過に耐えられる区間は、ゼロです」
レンハルト卿が報告書を閉じた。
「前回の『竜降ろし』で東面が崩壊した時、修繕したはずだが……」
「修繕と呼べる工事ではありませんでした。石を積み直しただけで、基礎の補強も目地の打ち直しも行われていません」
誰がその修繕を担当したか。言わなくても分かるだろう。城壁の修繕は職人ギルドの管轄だ。つまり、グリュンドの領分。
レンハルト卿の目つきが鋭くなった。あの男、政治の匂いを嗅ぎ取ったな。
「棟方殿。改修案を聞かせてもらえるか」
「三段階で考えてます」
図面を広げた。
「第一段階。最も危険な区間の応急補強。控え壁の追加とコンクリートによる目地の打ち直し。北面と東面を優先。これに一ヶ月」
「第二段階。全周の基礎補強。壁の根元を掘り返して、コンクリートの基礎を打ち直す。三ヶ月」
「第三段階。耐ドラゴン構造への改修。壁の要所にコンクリートの補強帯を入れて、衝撃を分散させる。六ヶ月」
「合計で十ヶ月……か」
「最短でです。人手と資材次第では、もっとかかる」
「費用は?」
「金貨三百枚」
しん、と場が静まった。
金貨三百枚。市場の建設費の四倍近い、国家予算レベルの額だ。
レンハルト卿が伯と目を合わせた。
「……王宮に持ち帰る。結論は一週間以内に出す」
「待ちます。ただし、一つだけ言わせてください」
「何だ?」
「次の大型ドラゴンがいつ来るか、誰にも分かりません。前回から四年経ってる。平均で五年から八年の周期だと聞いてます。早けりゃ来年だ。この壁のまま大型が来たら、王都は終わります」
レンハルト卿の眉がぴくっと動いた。
「……分かっている。できるだけ急ぐさ」
二人が去った後、伯の屋敷を出た。
外は晴れていた。城壁が堂々と立っている。――だが、中身はぼろぼろの石屑だ。
「親方」
カーラが待っていた。護衛として付いてきてたが、会議には入れなかった。
「城壁、そんなにまずいの?」
「まずいな、かなり」
「……そう」
カーラが城壁を見上げた。
「あたしは壁の上で戦う側だからさ。壁が信用できないってのは、けっこう怖いのよ」
「直す。時間はかかるが、必ず直す」
「うん。あんたならできるでしょ」
さらっと言いやがった。根拠があるのかないのか分からんが、この姐さんに「できる」って言われると、妙に腹が据わる。
作業場に帰った。ガルドが飯を作ってた。ルッカが治具の改良をしてた。リルが精霊と明日の天気を相談してた。
いつもの夕方だ。
だが俺の頭の中には、八キロの城壁の設計図がぐるぐる回っていた。
金貨三百枚。十ヶ月。八キロの壁。
でかい仕事だ。今までで一番でかい。
……やるしかねえだろ。




