親方、百軒建てる
水道が開通して、一週間。
南区画は毎日にぎやかだ。水盤の周りには人が集まり、浴場は相変わらず行列。店舗の空きも残り三軒になった。順調すぎて怖いくらいだ。
で、怖い予感ってのは当たるもんで。
その日の朝、王都の北門がざわついていた。
「何だ、ありゃ」
ガルドが門の方を指さした。
人の列だ。北門の外から延々と続いている。荷車を引いた家族連れ、背中に荷物を括りつけた老人、泣いてる子供を抱えた母親。百人、二百人——いや、もっといる。
避難民だ。
「北のフェルゲン村が壊滅した」
ヴェルトール伯の使者が飛んできて、事情を伝えた。
フェルゲン村。グラオス山脈の麓にある開拓村。国境砦の東側、山に近い集落だ。三日前にワイバーンの群れが通過して、村が丸ごと吹き飛ばされた。
群れだ。一体じゃない。五、六体がまとまって飛んだらしい。翼の衝撃波が重なって、木造の家なんか跡形もなく吹っ飛んだ。
死者は少なかった。斥候が事前に察知して避難する時間があった。だが、村は完全に消えた。家も、畑も、家畜小屋も、全部。
住民が三百人以上、着の身着のままで王都に逃げてきた。
「伯から棟方殿に相談がございます。避難民の受け入れ先が足りません!」
「足りないってのは、どの程度だ?」
「王都に空き家はほぼありません。教会と倉庫に分散収容していますが、とても入りきらず……」
三百人。家族単位で数えれば七、八十世帯。この人数を収容できる空き家なんか、下町にはない。上町は受け入れないだろうし。
俺は南区画を見た。
市場の東側に、まだ未整備の空き地がある。もともと市場の拡張用に確保してあった土地だ。
「……あそこだ」
「え?」
「あの空き地に家を建てる。百軒。二週間で」
使者が固まった。
* * *
ヴェルトール伯の屋敷に直行した。
「百軒を二週間。……棟方殿、正気か」
「正気ですよ。ただし、条件はありますが」
「聞こう」
「全部同じ形の家を建てる。一軒一軒違うデザインなんかやってる暇はねえ。同じ間取り、同じ大きさ、同じ材料。量産だ」
伯が眉を上げた。
「量産……?」
「工場で同じ物を大量に作るやり方です。一つの型を決めて、それを百回繰り返す。一軒ずつ設計してたら何年かかるか分からねえが、全部同じなら工程を分業できる。基礎を打つ奴、柱を組む奴、壁を塗る奴、屋根を葺く奴。流れ作業だ」
「……なるほど。同じ物を作り続ければ、作業者の手も慣れる、と」
「そういうことです。資材と人手を出してもらえるなら、二週間で百軒。一家族が雨風を凌げるだけの家を保証します」
伯が即決した。
「やってくれ。金は出す、人も出そう!」
* * *
まず設計を決めた。
一軒の間取り。四メートル四方の正方形。一部屋、土間、窓一つ、扉一つ。
豪華さはゼロだ。ただ雨と風を防いで、寝る場所があるだけだ。だが、避難民に必要なのはまず屋根だ。快適さは後から足せばいい。
構造は極限まで簡略化した。
基礎:コンクリートの薄い土台。割栗石すら省く。仮設だから、十年持たなくていい。三年持てば十分。
柱と梁:規格化した木材をほぞで組む。全軒同じ寸法。あらかじめ加工場で百軒分のほぞを切っておいて、現場では組み立てるだけ。
壁:木の骨組みに泥壁。コンクリートは使わない。時間がかかりすぎる。泥壁なら一日で塗れる。
屋根:木の骨組みに筒草の葺き材。瓦は重いし時間がかかる。筒草なら軽くて早い。
「ルッカ、ほぞの寸法はこれだ。柱用と梁用の二種類。これを百セット分、刻め」
「百セット……。ノミだけじゃ間に合いません。旦那、治具を作っていいですか」
「治具?」
「同じ寸法のほぞを早く切るための道具です。木材をはめ込んで、ここにノミを当てれば、毎回同じ位置に同じ深さで刻める。一本ずつ測らなくて済みます」
……こいつ、いつの間にそんなことを考えてたんだ。
「作ってくれ。今日中に」
「はい!」
ルッカが走っていった。治具……量産のための道具を自分で考えた。鍛冶師の発想だ。同じ物を繰り返し作るなら、道具の方を工夫する方が効率が良い。
ガルドには基礎チームを任せた。
「百軒分の基礎を打つ。コンクリートを練って流す。一日二十軒のペースだ。五日で基礎が全部終わる」
「二十軒! 一日に!?」
「薄い土台だ。一軒あたりの量は少ない。回転数で稼ぐ」
石工チームのハインツには柱と梁の組み立てを任せた。
「基礎が固まった場所から順に、柱を立てていく。ほぞはルッカが切ってくれる。お前らは現場で組むだけだ」
「了解だ。——棟方、こんな仕事は初めてだが、面白えな」
「だろ」
壁塗りはダグの大工チームに頼んだ。
「ダグさん、泥壁を百軒分。頼めるか」
「百軒の泥壁か。腕が鳴るぜ……いや、鳴らねえよ。地味すぎる」
「地味な仕事が一番大事だ」
「分かってるよ。任せな」
* * *
工事が始まった。
朝から晩まで、南区画の東側が戦場みてえな騒がしさだ。
ガルドのチームがコンクリートを練って基礎を流す。隣ではルッカの治具で加工されたほぞ付きの柱が次々と積み上がっていく。基礎が固まった場所にハインツたちが柱を立てる。柱が立った場所にダグたちが壁を塗る。
流れ作業。一つの工程が終わったら次の工程に引き継ぐ。止まらない。振り返らない。前だけ見て進む。
俺は全体を見て回って、ボトルネックを潰していく。基礎チームが遅れたら人を回す。材料が足りなくなりそうなら手配する。トラブルが起きたら判断する。
親方の仕事は、自分の手を動かすことだけじゃねえ。全体を見て、流れを止めねえことだ。
三日目。基礎が六十軒分完了。柱が立ったのが三十軒。壁が塗れたのが十五軒。
五日目。基礎百軒完了。柱七十軒。壁四十軒。屋根が載り始めた。
一週間目。柱百軒完了。壁八十軒。屋根五十軒。
十日目。壁百軒完了。屋根九十軒。
十三日目——。
「全軒、完了!」
百軒の家が並んでいた。
同じ形、同じ大きさ。整然と並んだ小さな家が、南区画の東側に広がっている。
豪華じゃねえ。立派でもねえ。四メートル四方の、最低限の箱だ。
だが、屋根がある、壁がある、扉がある。雨を防ぎ、風を遮り、家族が眠れる場所がある。
避難民たちが家に入っていく。
最初は恐る恐るだった。扉を開けて中を覗いて、足を踏み入れて——座り込んで、泣いた。
家を失った人間が、また家を手に入れた。ただそれだけのことなんだろうが、「ただそれだけのこと」が、この人たちにとっちゃどれだけ大きいことか。
……ちくしょう。目にゴミが入りやがった。
ガルドが隣で鼻をすすっていた。お前もか。
「親方……」
「泣くな。仕事だ」
「泣いてねえよ。これは汗だ」
「目から汗は出ねえぞ」
「俺の汗は出るんだよ」
「ははっ……違いねえな」
リルは普通に泣いていた。精霊たちもしょんぼりした光みたいになってる。ルッカは柱の角を一本一本撫でていた。自分が切ったほぞを確かめるみてえに。
カーラが腕を組んで百軒の家を見渡していた。
「あんた、やっぱりすごいわ」
「大したことはしてねえよ。同じ箱を百個並べただけだ」
「その箱一つで、泣いてる人がいるじゃない」
「……うるせえ」
夕暮れ。
百軒の家の窓に、一つずつ灯りが点いていく。
悪くねえ。ああ、全然悪くねえ。




