親方、水を引く
市場が繁盛すると、別の問題が出てくる。
水だ。
南区画の人口が増えた。市場のテナント、その従業員、買い物客。浴場の利用者。毎日何百人もの人間がこの区画に出入りしてる。
当然、水の消費量が跳ね上がった。
今まで水の供給は水の精霊に頼っていた。地下水を引き上げてもらう方式。浴場と作業場くらいなら十分だったが、市場全体となると話が違う。精霊たちにも限界がある。
リルが申し訳なさそうな顔で報告してきた。
「親方さん、水の精霊が疲れてます。ここのところ、毎日フル稼働で……」
「やっぱ精霊も疲れるのか」
「はい、無限に力を使えるわけじゃないんです。休ませないと弱ってしまいます」
そりゃそうか。生き物なんだから当たり前だ。便利だからって酷使しちゃいけない。現場で重機を回しっぱなしにしてたら壊れるのと同じだ。もっとも精霊は機械じゃねえ、もっとデリケートな問題だ。
「分かった、精霊は休ませろ。水は別の方法で何とかする」
「別の方法って……」
「水道だ」
* * *
水道。つまり、水源から市場まで水を引っ張ってくる仕組みだ。
精霊に頼らず、重力だけで水が流れるようにする。高い場所にある水源と市場を管で繋げば、水は勝手に低い方へ流れる。蛇口を捻れば水が出る——ってのは理想論だが、常に水が流れてくる状態くらいは作れる。
問題は、水源だ。
王都ローデンの北西に、グラオス山脈から流れ下る清流がある。市場の標高より高い位置を流れてるから、ここから引けば重力で水が届く。距離は約三キロ。
「三キロの水路か……」
でっけえ工事だ。だが、やれないことはねえ。
ヴェルトール伯に相談した。
「北西の清流から水を引きたい。南区画まで水路を通す。市場だけじゃなく、将来的には下町全体に配水できるもんを」
「ほう……その規模は?」
「全長三キロ。コンクリートの水路を敷設する。途中、谷を一つ越える必要がある。ここには架橋するか、迂回するか」
「おおよその費用は?」
「金貨四十枚から六十枚。谷越えの方法次第で変わる」
伯が考え込んだ。金貨四十枚は安くない。だが、市場の売り上げから回収できる額でもある。
「谷を越える方法、具体的には?」
「二つある。一つは迂回ルート。谷を避けて尾根伝いに回す。距離が倍になるから工期も伸びるが、技術的には簡単だ。もう一つは——」
「もう一つは?」
「『水道橋』。谷を跨ぐ石の橋の上に、水路を通す」
伯の目がきらりと光った。
「つまり……アーチ橋の応用か」
「ええ、東街道の橋と同じ原理です。ただし、橋の上に水路を載せるから、もう少し頑丈に作る必要がある」
「……面白い、やってくれ」
即決だった。
この伯、でかい話になるほど判断が早い。商人気質だ。リスクを取れる男は好きだぜ。
* * *
水道の工事は二チームに分けて進めた。
Aチームはガルド率いる土工班。水源から南区画まで、地面に水路の溝を掘っていく。三キロの長丁場だ。作業員は市場工事から引き続きの二十人に、新規の十人を加えた三十人体制。
Bチームは俺と石工チーム。谷に架ける水道橋を作る。
谷の幅は約四十メートル。深さは十メートルほど。ここにアーチ橋を架けて、その上に水路を載せる。東街道のアーチ橋が十メートルだったから、その四倍の規模だ。
「ハインツ、お前は橋脚の基礎を担当してくれ。コンクリートの基礎をどっしり打つ。ここが一番大事だ」
「任せろ、棟方! 基礎なら得意だ!」
石工チームがコンクリートを練る。もう慣れたもんだ。配合も手順も、俺がいなくても回せるようになった。
橋脚を三本。谷の両岸と中央に。コンクリートの基礎の上に石灰岩のブロックを積み上げる。高さ十メートル。橋脚の間をアーチで繋ぐ。
アーチの施工は東街道の橋と同じ手順だ。セントル(木の型枠)を組んで、石を弧状に積み、迫石で閉じて型枠を外す。
ただし今回は、アーチの上にコンクリートの水路を載せる。幅三十センチ、深さ二十センチの溝をコンクリートで成型して、水漏れしないように内面を石灰モルタルで仕上げる。
この水路にも勾配を付ける。三キロで約十五メートルの高低差を利用して、水を自然に流す。勾配がきつすぎると水流が速くなって溝を削る。緩すぎると水が滞る。ちょうどいい塩梅を見つけるのが腕の見せどころだ。
リルには精霊を休ませつつ、要所での調査だけ手伝ってもらった。地盤の確認と、水源の水質チェック。精霊は疲れてると言ったが、ちょっとした調査なら問題ないらしい。
「この水、きれいです。精霊が『飲める』って!」
「よし。水源はここで決まりだ!」
ルッカは水路の接続部分に使う鉄の管と、水量を調整する鉄の水門を鍛冶場で作っている。水道のために、ルッカの仕事も一段スケールアップだ。
「旦那、この水門の弁ですけど。開閉をもっと滑らかにしたいんで、蝶番の仕組みを応用していいですか」
「好きにやれ。お前の判断でいい」
「はい!」
ルッカが嬉しそうに鍛冶場に戻っていった。任せろと言われるのが嬉しいんだな。分かるぜ、俺も昔は親方に「好きにやれ」って言われた時が一番燃えたからな。
* * *
工事は順調に進んだ。
Aチームの溝掘りは、ガルドの指揮が板についてきた。水糸の張り方、勾配の測り方、作業員への指示の出し方。最初のぎこちなさが嘘みてえだ。
「おい、そこの勾配が甘いぞ! 水糸を確認しろ!」
ガルドの怒鳴り声が現場に響いている。声がでかいのは相変わらずだが、中身が伴ってきた。
三週間で溝掘りが完了。コンクリートの水路を溝の中に敷設していく。
水道橋の方も、二週間でアーチが組み上がった。型枠を外した瞬間、作業員たちから歓声が上がった。谷を跨ぐ石のアーチ。四十メートルの空間を、石だけで橋渡しする光景は、何度見ても壮観だ。
橋の上にコンクリートの水路を載せて、全行程の接続が完了した。
あとは水を流すだけ。
「よし。水源の堰を開けろ!」
水源の取水口で、ルッカが作った鉄の水門を開いた。
清流の水が、コンクリートの水路に流れ込む。
さらさらと音を立てて、水が動き始めた。水路を伝って、緩やかな勾配に沿って南へ向かう。水道橋の上を渡り、丘を越え、下町の端を通って——
南区画に着いた。
市場の広場に設けた水受け——石造りの大きな水盤に、透き通った水が流れ込む。
「水だ! 山の水が来たぞ!」
市場にいた人間が集まってきた。水盤に手を入れて、水を掬って飲んで、目を見開いた。
「冷てえ、うめえ!」
「井戸水と全然違う。澄んでるぞ!」
「これが毎日流れてくるのか!?」
「ああ、止めない限りずっと流れてくる。山の水だから、枯れることもない」
どよめき。歓声。子供たちが水盤の水をばしゃばしゃ触って遊んでる。
フェルマンが水を一口飲んで言った。
「棟方殿。この水だけで、南区画の地価がまた上がりますよ!」
「また金の話か?」
「へへっ……なにせ商人ですから」
にやりと笑いやがった。
カーラが水盤に顔を突っ込んで水を飲んでいた。ダンジョン帰りか。もうちょっと行儀よく飲め。
「ぷはっ、うまい。——ねえ親方、この水を浴場に引けないの?」
「引ける。明日繋ぐ」
「最高! 山の水で風呂……贅沢ねえ」
贅沢だな。
だが、日本じゃ水道の水で風呂に入るのは当たり前のことだ。
当たり前を作る、それが土方の仕事だ。
ともあれ、よし。水は通った。
次は——何をやるかな。
仕事は、当分尽きそうにない。




