親方、市場を開く
南区画の再開発を始めて四ヶ月。
市場が完成した。
メインストリートのコンクリート道路が東西に走り、その交差点に広場。広場の正面に商人ギルドの取引所兼集会棟。二階建て、木とコンクリートの混構造。この街で一番まともな建物だと自負してる。
広場の東に公衆浴場。連日百人以上が押しかける稼ぎ頭。
通りの両側に店舗が二十四軒。石灰岩の壁にコンクリートの基礎。間口と奥行きは全て統一してある。まだ空きはあるが、半分以上にはテナントが入った。八百屋、肉屋、パン屋、布屋、鍛冶屋、道具屋、薬屋。生活に必要なもんが一通り揃う。
排水路は全域に行き渡っていて、雨が降っても道はぬかるまない。下町の他の区画とは別世界だ。
「……やったな」
広場の中心に立って、ぐるっと見回した。
四ヶ月前、ここは雑草と瓦礫だらけの荒れ地だった。ドラゴン災害で焼けてから三年間、誰にも見向きもされなかった場所。
それが今、市場になってる。
感傷に浸ってる暇はない。今日は開場式だ。
* * *
朝から人が集まり始めた。
下町の住民はもちろん、上町からも見物人が来てる。噂が広まってたんだろう。「南区画に変な市場ができたらしいぞ!」「道路が石みたいに硬い!」「湯に浸かれる浴場がある!」。
開場式はフェルマンが仕切った。商人ギルドの理事たちが並んで、挨拶やら何やら。俺はそういうのは苦手だから、端っこに立っていた。
ヴェルトール伯も来た。伯の隣に、見かけない男が立っている。上等な服を着た中年。目つきが鋭い。
「棟方殿、紹介する。王都商務局の局長、レンハルト卿だ」
「初めまして。棟方鉄です」
「レンハルトだ。ヴェルトール伯から報告は受けている。自分の目で確かめに来た」
王都商務局、つまり王国の役人だ。伯より上の、国の偉い人。こういうのが出てくると話がどでかくなる。
レンハルト卿が市場を歩いて回った。道路を踏み、壁を触り、排水路を覗き込み、店舗に入り、浴場も見学した。
一時間ほどして戻ってきた。
「棟方殿。いくつか質問がある」
「どうぞ」
「この道路の材料は何か?」
「コンクリートです。石灰と火山灰と砂と砂利を——」
「それは聞いた。聞きたいのは、これを他の場所にも作れるかどうかだ」
「材料があれば、どこにでも」
「王都の他の区画にも?」
「できます」
「……王都以外の都市にも?」
「材料さえ手に入れば」
レンハルト卿が顎に手を当てて考え込んだ。
「棟方殿。この市場の建設費用と工期を教えてもらえるか?」
「総工費は金貨約八十枚。工期は四ヶ月。作業員は最大三十名体制」
「金貨八十枚で、この規模の市場が四ヶ月か。——ヴェルトール伯、従来の工法で同規模の市場を建てた場合、どのくらいかかる」
伯が答えた。
「石工の試算では、最低でも二年……費用は、金貨三百枚以上」
「つまり四分の一の費用で、六分の一の工期……」
レンハルト卿が俺を見た。
「棟方殿! 近いうちに、王宮から正式な依頼が行くかもしれん。心づもりをしておいてほしい!」
「……何の依頼ですか」
「まだ言えん。だが、この技術は一つの市場に収めておくにはあまりに惜しい」
「まあ……分かりました」
それだけ言って、レンハルト卿は護衛と共に去っていった。
……王宮から正式な依頼、だってぇ?
やれやれ……勘弁してくれよ、俺はただの土方だぜ。
* * *
開場式が終わって、市場が正式にオープンした。
人の波が押し寄せてきた。
広場は朝市みてえな賑わいだ。店舗から威勢のいい声が飛ぶ。子供が走り回る。荷馬車がコンクリートの道路を滑るように走る。
浴場には朝から行列。もう慣れた光景だ。
ガルドが広場の端で焼き鳥みてえなもんを買い食いしていた。
「親方、この市場すげえな。人がわんさかいるぞ」
「お前は働け」
「今日は開場式だから休みだって言ったのは親方だろ」
「……言ったか」
「言った」
まあいい……今日くらいは。
リルが精霊と一緒に排水路を点検して回っている。人が大勢来ると排水路にゴミが入りやすい。沈砂桝の掃除も必要だ。こういう地道な管理作業を嫌がらないのは偉い。
ルッカは店舗の扉の蝶番を調整していた。開閉がスムーズにいかない店があったらしく、呼ばれて直している。小さな仕事だが、テナントには大事なことだ。
「旦那、この蝶番、鉄の質が悪いです。あとで全部作り直していいですか」
「頼む。だが、今日のところは少し休め」
「でも……あと、ちょっとだけ」
職人気質だな。ドワーフの血ってやつか。
カーラは浴場に入っていた。開場式に顔を出す気はなかったらしい。この姐さんのブレなさはある意味すごい。
夕方。人の波が引いた広場に立った。
フェルマンが帳簿を持ってきた。
「初日の市場全体の売り上げ、集計が出ました!」
「いくらだぁ?」
「店舗のテナント料と浴場の売り上げを合わせて、銀貨四十二枚です!!」
銀貨四十二枚……一日で。日本円に換算すると、四十二万円。
一日の売り上げとしちゃ大した額じゃないが、毎日続けば口コミでもっと集客が増え、月に銀貨千二百枚――金貨十二枚。建設費の金貨八十枚は、七ヶ月弱で回収できる計算だ。客が増えれば、もっと早い。
「上々だな」
「はい、商人ギルドの理事会でも『大成功だ』との評価です! そこで——棟方殿、理事会からの伝言が一つ」
「何だ?」
「次の依頼のご相談を、と。南区画の拡張案です」
「……もう次の話か」
「商人は欲張りなんです」
フェルマンが涼しい顔で言った。はっ、こいつもなかなかくえねえ野郎だ。
* * *
夜。作業場に戻った。
全員が飯を食い終わって、それぞれくつろいでいる。ガルドは食い過ぎて腹を抱えてる。リルは精霊に子守唄みてえなのを歌ってる。ルッカは蝶番の設計図を描いてる。カーラは寝てる。
俺は窓辺に座って、外を見ていた。
南区画の方角に、ぽつぽつと灯りが見える。市場の店舗で、夜遅くまで仕込みをしてる店主たちの灯りだ。
四ヶ月前は真っ暗だった。ドラゴンに焼かれてから三年間、灯りの一つもなかった場所に、今は人が集まって、飯を食って、風呂に入って、商売をしてる。
俺がやったのは、地面を整えて、水を流して、石を積んだことだ。人を集めたのは商人で、飯を作ったのは料理人で、店を開いたのは店主たちだ。
建築ってのはそういうもんだ。舞台を作る仕事。舞台の上で踊るのは別の人間。だが、いい舞台がなけりゃ誰も踊れねえ。
……柄にもなく格好いいこと言っちまった。疲れてるんだな、きっと。
「おーい親方ー、風呂沸いてるぞー」
ガルドの声が聞こえた。
よし、風呂入って寝よう。明日も仕事だ。
市場は完成した。だがやることはまだ山ほどある。南区画の拡張。上下水道。もしかしたら王宮からの依頼。
そして、いつか——この街全体を、ドラゴンが来ても壊れない街にする。
それが俺の仕事だ。棟方鉄、四三歳、異世界土方のな。




