親方、浴場を建てる
市場建設と並行して、浴場の工事を始めた。
場所は南区画の東端。排水路の本流に近い位置を選んだ。浴場は大量の水を使って大量に排水する。排水路が近けりゃ配管が短くて済む。
まず設計を固める。
浴場の構造は三つのエリアに分ける。脱衣所、浴室、機械室。機械室って言っても機械はねえが、湯を沸かす竈と床下暖房の火床を収めるスペースだ。
浴室には湯船を二つ。熱い方と温い方。カーラの注文通り、湯船の縁は幅広にして腰掛けられるようにする。毎日入る客の意見は聞いとくもんだ。
壁と床は全部コンクリート。防水性が高くて掃除しやすい。湯船もコンクリートで一体成型する。型枠を湯船の形に組んで、コンクリートを流し込むだけ。レンガを積む手間がまるごと消える。
最大の見せ場は——床下暖房だ。
* * *
「床の下に空間を作るって……何でだ?」
ガルドが首をかしげている。まあ、分からんよな。
「いいか。普通に湯を沸かすと、竈の熱は釜にしか伝わらない。湯船の湯は温まるが、床は冷たいまま。冬場に裸足で石の床を歩くと、それだけで湯冷めする」
「そうか、確かに……!」
「だから床の下に空間を作って、そこに竈の熱い空気を通す。床全体が温まる。浴室に入った瞬間から、足元がぽかぽかだ」
ガルドの目がきらきらしてきた。こいつ、風呂の話になると急に理解が早くなる。
床下暖房の構造はこうだ。まず地面にコンクリートの土台を作る。その上にレンガの柱を等間隔に並べる。高さは三十センチ。その上に薄いコンクリートの床板を載せる。
レンガの柱と柱の間が空間になる。ここに竈の熱い空気が流れ込む。空気は床下を巡って、壁に設けた煙道から外に抜ける。
床全体がじんわり温まる仕組みだ。古代ローマ人が二千年前に考えた技術。あいつらは本当に風呂が好きだったんだな。俺たち日本人も、人のことは言えねえが。
レンガの柱はルッカが焼いたレンガを使った。サイズが揃ってるから並べやすい。床板のコンクリートは薄く打って、熱が通りやすくする。
「リル、火の精霊に頼みてえんだが。竈の熱気を床下に均一に回してくれるか」
「はい、やってみます。あと——サラマンダーが、面白そうって言ってます!」
火の精霊が竈に入って、熱気の流れを調整してくれた。床下暖房の最大の問題は、竈に近い場所は熱くなりすぎて、遠い場所は温まらないことだ。元の世界じゃ空気の流れを計算して煙道の配置を工夫するんだが、火の精霊がいりゃそんな計算は要らない。熱を感じ取って、均一に回してくれる。
反則みてえな話だが、使えるもんは使う。現場主義だ。
* * *
浴場の工事は二週間で終わった。
正直、予想より早かった。コンクリートと精霊の組み合わせが強すぎる。土の精霊が基礎を固め、水の精霊が養生を管理し、火の精霊がレンガ焼きと床下暖房を担当する。ルッカが排水栓と湯量調整の弁を鉄で作ってくれた。ガルドは湯船の型枠を組むのに丸太を何本も担いで走り回っていた。
石工チームも浴場の壁のコンクリート打設を手伝ってくれた。ハインツが「浴場なら俺も入りたいからな。気合が入る」と笑っていた。動機は不純だが、仕事は丁寧だ。
さてと、完成した浴場を見て回るか。
脱衣所。広い。棚を並べて、服と荷物を置けるようにした。床はコンクリートの上に木のすのこを敷いた。素足でも冷たくならないようにな。
浴室。天井が高い。湯気が抜けるように換気用の窓を上部に設けた。壁はコンクリートの上に石灰モルタルを塗って、滑らかに仕上げてある。
湯船は二つ。大きい方は大人が十人は入れる。小さい方は五人。どっちもコンクリートの一体成型で、継ぎ目がない。水漏れの心配がゼロだ。湯船の縁は幅広で、腰掛けられる。カーラの注文通りにな。
排水は湯船の底の栓を抜けば、排水路に直結。使った後の掃除も楽だ。
水の供給は水の精霊が地下水を引き上げる。加熱は竈と火の精霊。湯加減の調整はリルが精霊と話しながらやる。
試運転をやった。
竈に火を入れる。火の精霊が熱気を床下に回す。五分もすると、床がじんわり温かくなってきた。
「おお……足が温かいぞ!」
ガルドが裸足で床を踏んで感動している。
湯船に湯が溜まっていく。水の精霊が地下水を引き上げ、火の精霊が温める。ちょうどいい温度になったところで、リルが「いけます」と合図。
「よし。誰が一番風呂だ」
「あたし!」
カーラが脱衣所に突っ込んでいった。早え。
五分後。浴室から声が聞こえた。
「っはぁぁぁぁ……」
作業場の小さい風呂の時より、さらにでかい溜息だ。十人分の湯船にひとりで浸かってるんだから、そりゃ気持ちいいだろう。
「なにこれ……床が温かい……足元からじわじわ来る……最高……」
床下暖房の効果を一番最初に体感したのが、この姐さんだった。なんか悔しいな。
続いてガルド、リル、ルッカ。作業員たちも順番に入った。全員、同じ顔になる。とろけた顔。人種も年齢も関係ない。あの顔は万国共通だ。
最後に、俺が入った。
……くぅーーっ。
やっぱり風呂はでかい方がいい。手足を伸ばして、天井を見上げる。湯気がゆっくり立ち上って、換気窓から抜けていく。床が温かい。腰掛けの縁がちょうどいい高さだ。
よし。合格。
* * *
翌日、浴場を一般開放した。
入浴料は銅貨三枚。作業場の風呂より一枚高いが、広さと設備が段違いだ。
朝から行列ができた。
最初に入った客が出てきた瞬間の顔を見て、並んでた次の客の期待が跳ね上がる。で、その客が出てきた時も同じ顔をしてる。とろけた顔の連鎖だ。
「なんだあの床……歩いてるだけで温かいぞ……」
「湯船がでかい、手足が伸ばせる!」
「水が澄んでる。下町の井戸水より綺麗じゃねえか!?」
「なあ、毎日来てもいいか!」
いいぞ。銅貨三枚持って来い。
午後にはヴェルトール伯が視察に来た。お忍びだったが、連れてる護衛を見れば丸わかりだ。
伯が浴室を見て回った。湯船を触り、床を踏み、壁を叩いた。
「棟方殿。これは……」
「浴場です。市場の集客施設として——」
「いや、そういうことではない。この建物の造り。壁に継ぎ目がない。床が温かい。水が自動で溜まる。排水も自動。——これは、建築の常識を根底から覆すものだ」
伯の目が真剣だった。商人気質のこの男が、金勘定じゃなく技術に感心してるのか。
「棟方殿! この技術を、王都全体に広められないか!」
「おいおい……こりゃまた、どでかい話だな」
「南区画だけに留めておくのは惜しい! 上町にも、市庁舎にも、城壁にも——この技術が使えるなら、この街は生まれ変わる!!」
城壁。
ドラゴンが来ても壊れない、城壁。
帰りの馬車で砦の城壁の話をしてた時に考えたことが、ちらっと頭をよぎった。まだ早いが、いずれ——
「一つずつやりますよ。まず市場を完成させて、結果を見せる。それから次を考えましょう」
「……そうだな。少し焦ってしまい、大変失礼した」
伯が珍しく笑った。
夕方。浴場の一日目が終わった。
入浴客は百十二人。売り上げは銅貨三百三十六枚。銀貨三枚と銅貨三十六枚。一日の売り上げとしちゃ上出来だ。薪代と水代を引いても、十分に利益が出る。
フェルマンが帳簿を見て「このペースなら建設費は三ヶ月で回収できます」と目を輝かせていた。商人はこの顔をする時が一番生き生きしてやがる。
作業場に戻った。疲れてるが、いい疲れだ。
ガルドが飯を作っていた。ルッカが工具の手入れをしていた。リルが精霊と明日の湯加減の打ち合わせをしていた。カーラが——もう寝ていた。浴場に一番に入って、一番に飯を食って、一番に寝る。自由な姐さんだ。
「親方」
「なんだ、ガルド」
「今日、風呂に入ってたお客さんが言ってた。『こんな場所がある街に住めて幸せだ』って」
「……そうか」
「俺も、そう思った」
「何がだ?」
「こういうもんを作れる親方の弟子で、幸せだなって」
「……」
急に何を言い出すんだ、このでかいの。
「メシが焦げてるぞ」
「うわっ!」
ガルドが慌てて鍋に飛びついた。
ああ……悪くねえ。
全然悪くねえよ。




