親方、職人ギルドに乗り込む
コンクリートの噂は、三日で王都中に広がった。
「泥を流したら石になる」。嘘みてえな話だが、南区画に行けば実物がある。見に来る奴が日に日に増えて、コンクリートの道路の上を歩いて、叩いて、蹴って、「本当に石だ!」と目を丸くして帰っていく。
噂ってのは勝手に大きくなるもんで、三日目にはもう「あの親方は泥から城壁を作れるらしい」みてえな話になっていた。作れるかもしれねえが、まだ作ってねえよ。
で、いい噂が広がれば、面倒ごともセットで来る。世の中そういうもんだ。
四日目の朝。作業場の前に見慣れない顔が五人ほど立っていた。革エプロンに分厚い手袋。石工だ。
先頭にいるのはグリュンドだった。
「棟方、話があるんだが」
「朝飯の前にか。手短に頼む」
「職人ギルドとして正式に申し入れる。あの『人工石』とやらの使用を、直ちに中止しろ」
……来たか。
「理由を聞こうか」
「あの材料が広まれば、石工の仕事がなくなる。石を切り出す必要がないと、あんた自身が言ったそうだな。つまり我々は用済みだと」
グリュンドの後ろにいる石工たちの顔を見た。怒ってる奴もいるが、半分くらいは不安そうな顔だ。怒りじゃなく恐怖。仕事を失うかもしれないっていう、食い扶持の恐怖。
これは、ちゃんと向き合わなきゃいけねえ話だ。
「分かった。職人ギルドに行く。全員の前で話をさせてくれ」
グリュンドが目を細めた。
「……いいだろう。逃げないのは褒めてやる」
「馬鹿野郎、逃げる理由なんざねえよ」
* * *
職人ギルドの集会所。
でかい石造りの建物だ。中に入ると、百人以上の職人が集まっていた。石工だけじゃない。大工、木工、左官、瓦職人。建築に関わる職種が勢揃いだ。
全員の視線が俺に集中してる。友好的な空気じゃねえ。当たり前だ。コンクリートは彼らの仕事を脅かしかねない材料だ。
壇上に上がった。ガルドが後ろに立ってくれてる。頼もしいが、こういう場で必要なのは腕力じゃなく言葉だ。
「棟方鉄だ。コンクリートを作った男だ。言いたいことがある奴は聞く。だが、まず俺の話を聞いてくれ」
ざわめきが少し収まった。
「コンクリートが石工の仕事を奪う、って話が出てるな。はっきり言う。——半分は正しい」
ざわっと空気が動いた。グリュンドがにやりと笑った。「認めたな」って顔だ。
「石を切り出して積む仕事は、確かに減る。コンクリートで代替できる部分があるからだ。嘘をついても仕方ねえ」
石工たちの顔が険しくなった。だが、話はまだ終わりじゃねえ。
「だがな……コンクリートは万能じゃねえ。弱点がある」
ざわめきが止まった。
「コンクリートは押す力には強いが、引っ張る力に弱い。つまり、柱や梁みたいに曲がる力がかかる場所には向かない。基礎や壁や道路には最適だが、石の加工技術は、これからも絶対に要る」
石工の何人かが、少し表情を緩めた。
「もう一つ。コンクリートを扱うには、石の知識がいる。砂利の選び方、砂の粒度、水の量。全部、石と水を知ってる職人じゃなきゃ判断できねえ。要するに——コンクリートを一番うまく使えるのは、石工職人の、お前らだ」
しん、と場が静まった。
「俺は石工の仕事を奪いに来たんじゃねえ。石工にもう一つ武器を渡しに来たんだ。石を切る技術に加えて、石を練る技術を覚えろ。そうすりゃ仕事は減るどころか倍になる」
グリュンドが口を開いた。
「口がうまいな、棟方。だが言葉だけなら何とでも言える。具体的にはどうする。我々にコンクリートの作り方を教えるとでも?」
「そうだ」
グリュンドの顔が固まった。冗談だと思ったのが、本気だと分かったからだ。
「教える。材料の配合も、練り方も、型枠の組み方も。覚えたい奴は南区画に来い。現場で教える。ただし、俺の指示には従ってもらう」
ざわめきが広がった。今度は怒りじゃない。困惑と、ちょっとした期待が混じった声だ。
「それと、南区画の市場建設に人手が要る。石工の腕を持った奴が入ってくれるなら、こっちも大助かりだ。日当は銅貨五十枚。今の相場より上だ」
銅貨五十枚。職人ギルドの標準日当が銅貨三十~四十枚だから、かなりいい条件だ。フェルマンの予算増額のおかげで出せる額になった。
石工たちが顔を見合わせている。
ダグが——あのワイバーンの後に一緒に修繕を回った大工のダグが、隅の方にいた。大工も集会に来ていたのか。
「おい、棟方の言うことは信用できるぞ。俺はあいつにほぞ組みと水糸を教わった。隠さずに全部教えてくれた。技術を出し惜しみする男じゃねえ」
ダグの声が集会所に響いた。大工仲間の何人かが頷いている。
一人の石工が手を上げた。若い奴だ。
「俺、行ってみたい。コンクリートの作り方を覚えたい!」
もう一人。
「俺も!」
「私も興味がある!」
ぽつぽつと手が上がり始めた。五人、八人、十人。
グリュンドの顔が赤くなっていた。
「お前ら、正気か!? こんな余所者の口車に乗せられて——!」
「グリュンド」
集会所の奥から声がかかった。ギルド長だ。白髪の老人が、静かに立ち上がった。
「棟方殿の提案は理に適っている。技術は独占するものではなく、広めるものだ。希望者は、南区画での研修に参加することを許可する」
「ギルド長!?」
「グリュンド。お前の懸念も分かる。だが、ワイバーンの一件で壊れた家を直したのは誰だった。この街の建物を良くしているのは誰だ。——お前も見に行くといい」
「……っ!」
グリュンドは何も言わずに、集会所を出ていった。足音が荒い。
……まあ、あいつが素直に来ることはねえだろうな。だが、他の石工たちは来てくれそうだ。
集会所を出ると、ガルドが「はーっ」と大きく息を吐いた。
「緊張した……。親方、あの場で殴り合いにならなくてよかったぜ」
「殴り合いで何か解決したことがあるか」
「ない」
「だろ? 言葉で負けたら腕を出すのは最悪の手だ。職人なら、言葉で勝て」
「俺、言葉は苦手なんだが……」
「じゃあ、仕事で見せろ。お前はそっちの方が得意だろ」
「ああ……そうする」
ガルドがへへっと笑った。
* * *
翌日から、石工が七人、南区画の現場に来た。
コンクリートの配合と練り方を教えた。さすがに石を扱い慣れてる連中だけあって、砂利の選別が早い。粒の大きさや形を手触りで判断できるのは、石工ならではの技術だ。
二日目にはもう、一人で練れるようになった奴がいた。
「なるほど、砂利の粒が揃ってる方がきれいに固まるのか」
「そうだ。でかいのと小さいのが混在してると、隙間ができて強度が落ちる」
「石を積む時と同じだな。目の揃った石を選ぶのと」
「その通り。お前ら、石の目利きができるだろ。それがそのままコンクリートに使える」
石工たちの目が変わり始めた。最初は半信半疑だったのが、自分の手で練って、固まったのを見て、「これはいける」と感じたんだろう。職人ってのは、手で触って納得する生き物だ。口で言っても駄目で、実物を見せて、触らせて、自分でやらせて、初めて動く。
一週間後。南区画の道路工事は、二倍の速さで進み始めた。石工たちが加わったおかげだ。
フェルマンがにこにこしながら現場を見ている。商人ギルドの理事たちも見学に来て、コンクリートの道路を見て「これは儲かる」って顔をしていた。まあ、儲けてくれりゃ俺の仕事も続く。お互い様だ。
作業場に戻ると、ルッカが新しい道具を作っていた。コンクリートを練る専用の大きなヘラだ。
「旦那、これ使ってみてください。柄の角度を変えて、腰に負担がかからないようにしました」
「お、いいな。軽いし、取り回しやすい」
「石工さんたちにも配ります。一人一本ずつ」
いい子だ。道具を通じて人の役に立つってのは、鍛冶師の本懐だろう。ルッカの目が生き生きしてる。
リルが精霊と話しながら、排水路の点検を上がってきた。
「親方さん、排水路は問題ないです。コンクリートで補強した部分、精霊が『すごく安定してる』って言ってます」
「そうか。上々だ」
カーラが風呂から出てきた。
「ねえ親方。あたしもコンクリート練ってみたいんだけど」
「好きにしろ。ただし型枠から溢れさせたら掃除はお前がやれよ」
「やだ」
「じゃあやるな」
「けち」
……まあいい。
南区画の市場は、着実に形になり始めている。排水路があり、コンクリートの道路があり、石灰岩の資材がある。石工の応援も得た。
次はいよいよ、建物だ。市場の本体。この街で初めてのコンクリート建築が始まる。
「ガルド、明日から建物の基礎を打つ。でかい型枠が要る。丸太を切ってこい」
「何本だ」
「三十本」
「三十……おう、任せろ」
ガルドの返事がでかい。相変わらずだ。
明日から、また忙しくなる。




