親方、コンクリートを練る
南区画の道路工事を再開して三日。
割栗石を敷き詰めて突き固めて、その上に石灰モルタルを塗った路面を作っている。まあまあの出来だ。馬車も通れるし、雨が降っても泥だらけにならない。
だが、俺は満足してなかった。
石灰モルタルの路面は、しょせん応急的なもんだ。荷馬車が何百回も通れば削れるし、霜が降りれば割れる。石を敷き詰める方法もあるが、手間がかかりすぎる。市場の敷地全部を石畳にしてたら、半年じゃ終わらない。
もっと早く、もっと硬く、もっと自由な形に作れる材料が欲しい。
……ある。
俺の頭の中には、最初からその答えがある。この世界に来てからずっと、いつか作れないかと考えてた材料。
コンクリートだ。
* * *
コンクリートってのは、簡単に言えば人工の石だ。
セメントと砂と砂利を水で混ぜて、型に流し込む。数日で固まって、石より硬くなる。形は型枠次第で自由自在。平らな道路にもなるし、分厚い壁にもなるし、橋の土台にもなる。
二十世紀以降の建築は、ほぼ全部これでできてる。コンクリートがなけりゃビルもダムもトンネルも作れねえ。現代建築の心臓みてえなもんだ。
で、コンクリートの要はセメントだ。
セメントの材料は——石灰石と粘土だ。これを高温で焼いて粉にしたのがセメント。正確に言うと「ポルトランドセメント」ってやつだが、元の世界の工業用窯みたいな設備はここにはない。
だが——もっと原始的なやり方がある。
古代ローマ人がやってた方法だ。あいつらはポルトランドセメントなんか知らなかったが、石灰と火山灰を混ぜて水を加えると硬化する、ってことは知ってた。ローマン・コンクリートってやつだ。パンテオンの円蓋は二千年前に作られて、今でも立ってる。
石灰なら、南区画で掘り出した石灰岩を焼けば作れる。
火山灰に相当するもの——アシャイトが、この世界にはある。モルタルの材料として使ってたあれだ。
つまり、材料は揃ってる。
「ルッカ」
「はい、旦那」
「鍛冶場の窯、今日一日借りるぞ」
「何を焼くんです?」
「石灰岩。粉にしてから焼く。できるだけ高温で」
ルッカが首を傾げたが、窯を空けてくれた。
石灰岩を砕いて粉にする。これが地味にきつい作業だ。金槌で叩いて、すり鉢で磨り潰す。ガルドに手伝わせたが、こいつの力だと石灰岩が粉を通り越して消し飛ぶ。加減しろ。
「すまん、親方。力の調整が……」
「もうちょっと優しくな。赤ん坊の頭を撫でるくらいの気持ちでいけ」
「赤ん坊の頭を撫でたことがねえ」
「じゃあ、卵を割らないように握れ」
「卵はいつも握り潰してる」
……お前、普段どうやって飯作ってんだ??
どうにかこうにか石灰の粉ができた。これを窯で焼く。火の精霊に温度を上げてもらって、できるだけ高温で。白い粉が焼けて、灰色の塊になる。焼成石灰。生石灰だ。
こいつに水をかけると発熱して崩れる。消石灰になる。この消石灰がセメントの代わりだ。
消石灰にアシャイトを混ぜる。比率は消石灰一に対してアシャイト二。ここに砂を加える。砂は川原から持ってきた粗い砂。さらに小さめの砂利を加える。
最後に水を少しずつ入れて、練る。
練る。練る。練る。
ねっとりした灰色の泥ができた。見た目は最悪だ。灰色のどろどろした泥。こいつが何になるか、周りの連中には想像もつかないだろう。
「親方、何だそれ。泥か?」
ガルドが怪訝な顔で覗き込んでる。
「泥じゃねえ。見てろ」
作業場の裏手に、木の板で小さな型枠を組んでおいた。三十センチ四方の箱だ。ここに灰色の泥を流し込む。
どろどろと型枠に収まっていく。表面を均して、平らにする。
「これで終わりだ」
「……え? これで?」
「明日の朝、見に来い」
* * *
翌朝。
作業場の裏に行くと、ガルド、リル、ルッカが既に集まっていた。カーラまでいる。全員、昨日の泥が気になって早起きしたらしい。
型枠を外した。
中から出てきたのは、灰色の塊だった。表面はざらついているが、しっかりした形を保っている。
「触ってみろ」
ガルドが指で押した。
「……硬い」
「叩いてみろ」
コンコン、と拳で叩いた。石を叩いた時みたいな、硬い音が返ってきた。
「石……か? いや、昨日は泥だったぞ。泥が石になったのか?」
「そうだ、こいつがコンクリートだ。石灰と火山灰と砂と砂利を水で練って固めた、『人工の石』」
全員が黙った。
リルが恐る恐る触った。
「これ……本当に石ですか? 昨日のあの灰色のどろどろが?」
「本当に石だ。しかもこっからもっと硬くなる。完全に固まるには一ヶ月くらいかかるが、一週間でもう普通の石より硬い」
ルッカが顔を近づけて、じっと観察している。
「旦那。これ、型枠の形にきれいに固まってますね。ってことは——」
「型枠の形を変えれば、どんな形の石でも作れる。丸でも四角でも、薄い板でも分厚い塊でも。石を切り出す必要がねえ。泥を流し込むだけだ」
ルッカの目が見開いた。鍛冶師の発想で理解したんだろう。鋳造と同じだ。溶けた金属を型に流して固める。それを石でやれる。
「これ、大量に作れますか」
「材料さえあれば、いくらでも。石灰岩は南区画の地下にたっぷりある。アシャイトも砂も砂利も、この辺じゃいくらでも手に入る」
カーラが腕を組んで言った。
「つまり、石を切り出す手間なしに、好きな形の石が無限に作れるってこと?」
「大雑把に言えば、そうだ」
「それって、ちょっとした革命じゃないの……!?」
「革命なんて大げさなもんじゃねえよ。元の世界……俺の故郷じゃ当たり前の技術だ」
当たり前。そう、コンクリートなんてのは、日本じゃ空気みてえに当たり前の材料だ。道路にも壁にも基礎にも使われてて、誰も特別だとは思わない。
だがこの世界じゃ、こいつは『魔法』に近い。
液体を流し込んだら石になる。しかも型枠次第で形が自由。量産もできる。石工が何日もかけて切り出す石材が、半日で同じ量作れる。
……いや、正直に言う。ちょっとにやけてる。やっぱりこの瞬間を待ってたんだ。この世界に来てから、ずっと。
コンクリートが使えるようになったら、何もかもが変わる。
* * *
まずは道路で試した。
南区画のメインストリート。割栗石の基礎の上に、コンクリートを流し込む。型枠を路面の幅に合わせて組んで、練ったコンクリートをどばどばと投入。表面をコテで均す。
左官の経験が活きた。コテさばきは二十五年やってきた仕事だ。手が勝手に動く。表面がすーっと滑らかに整っていく。
リルに頼んで、水の精霊にコンクリートの水分管理をしてもらった。乾燥が早すぎるとひび割れる。適度に湿気を保ちながらゆっくり固まらせるのが大事だ。これを養生って言う。水の精霊はこの加減が抜群にうまかった。水分を感じ取れるから、乾きすぎたら水を足し、湿りすぎたら引く。完璧な養生だ。
三日後。型枠を外した。
灰色の、滑らかな路面が現れた。
荷馬車が通ってみた。ゴトゴトという振動が消えて、すーっと滑るように走る。車輪の跡もつかない。
「何だこの道……全っ然、揺れねえぞ!?」
御者が目を丸くしている。
作業員たちが路面を踏んで、叩いて、蹴って、信じられないって顔をしていた。
「昨日まで泥だったのが道になった……!?」
「石の道だ。石を敷いたんじゃなくて、泥を流して石にした」
「何だそりゃ、魔法かよ!?」
「魔法じゃねえ。コンクリートだ」
トビーが興奮した声で叫んだ。
「親方! これ、すげえですよ! この道、市場の全部に敷けるんですか!?」
「敷ける。材料は足りる。人手があれば、一ヶ月で全部の道路をコンクリートにできる」
作業員たちがどよめいた。
フェルマンが夕方に見に来て、コンクリートの道路を歩いた。何度も足踏みして、しゃがんで路面を触って、立ち上がって俺を見た。
「棟方殿」
「なんだ」
「予算を――倍にします!」
「……はぁ?」
「金貨百枚出します!! この技術で、南区画全体を作り直してください!! 道路だけでなく、建物の基礎も、壁も、全部!!」
金貨百枚ったぁ……さすがに目が点になった。
「商人ギルドの理事会を明日招集します! この道路を見せれば、反対する者はいないでしょう!!」
フェルマンの目が本気だった。商人の嗅覚で、コンクリートの価値を一瞬で嗅ぎ取りやがった。
……まあ、金はありがてえ。だが急ぎすぎたら失敗する。
「金は受け取るが、工期は俺が決める。急かすなよ」
「承知しております!」
フェルマンが去った後、作業場に戻った。
ガルドが飯を作っていた。リルが精霊と話していた。ルッカが鍛冶場でコテの刃を研いでいた。カーラが風呂に入っていた。
いつもの夕方だ。
だが、明日から何もかもが変わる。コンクリートが使えるようになった今、この街でできることの幅が桁違いに広がった。道路、基礎、壁、水路の補強、橋の拡幅、いずれは——城壁だって作れる。
ドラゴンが来ても壊れない城壁を。




