親方、下町を直す
ワイバーンが通った翌朝。
作業場の前に行列ができていた。
修繕依頼だ。壁が崩れた、屋根が飛んだ、柱が折れた。下町中から集まってきてる。数えたら四十人以上並んでた。勘弁してくれ。
「親方、全部は無理だぞ」
ガルドが行列を見て顔を引きつらせてる。そりゃそうだ。うちは親方一人に弟子二人。四十軒も修繕してたら年が明ける。
「分かってる。だから順番を決める」
行列の先頭から一人ずつ話を聞いて、被害の状態を三つに分けた。
一つ目。すぐ直さないと危ねえやつ。柱が折れて倒壊しかけてるとか、壁が崩れて隣の家に寄りかかってるとか。これは今日中に手を入れないと二次災害になる。
二つ目。壊れてるけど今すぐは危なくないやつ。屋根の一部が飛んだとか、窓枠が歪んだとか。雨が降る前に直せばいい。
三つ目。見た目は派手だけど構造に問題がないやつ。壁の表面が剥がれたとか、戸が外れたとか。後回しでいい。
「一番を先にやる。二番は今週中。三番は来週以降。文句がある奴はいるか」
文句は出なかった。命に関わるもんが先だってのは、誰でも分かる。
問題は人手だ。
南区画の作業員二十人を一時的にこっちに回す。フェルマンには事情を話して了承を得た。「下町の復旧が先です。市場は待ちます」と言ってくれた。あの商人、話が分かる。
だが二十人でも足りない。四十軒を回るには、もっと手が要る。
……仕方ねえか。
「ガルド、下町の大工をかき集めてこい。修繕の仕事を手伝ってくれる奴を探せ」
「大工? でも親方の工法を知らねえ奴らだぞ」
「教える。やりながらな」
* * *
集まった大工は八人。
正直に言うと、あんまり乗り気じゃない顔が半分以上だった。そりゃそうだ。よそ者の俺に指図されるのは面白くねえだろう。自分たちだって長年この街で仕事をしてきた職人だ。プライドがある。
だが仕事は山ほどある。プライドで壊れた家は直らない。
「まず確認する。お前ら、壁が崩れた家の修繕をどうやってた」
大工の親玉っぽいおっさんが答えた。ダグって名前らしい。
「崩れた壁を取り除いて、新しい壁を立てる。当たり前だろ」
「基礎は見るか」
「基礎? 壁が壊れたんだから壁を直すんだろう」
やっぱりそうか。
「ダグさん、ちょっと来てくれ」
一番被害がひどい家に連れて行った。壁が丸ごと一面倒れている。中の家財が丸見えだ。
「この壁が倒れた原因、分かるか」
「ワイバーンの風だろう」
「風は全部の壁に当たった。でも倒れたのはこの面だけだ。なんでだ」
ダグが口を開きかけて、止まった。考えてる。
「見てくれ。この壁の下、土台の木が腐ってる。ここだけ水が溜まりやすい地形になってて、土台がずっと湿気にやられてたんだ。壁は上に載ってるだけだったから、横風一発で倒れた」
ダグが壁の下を覗き込んだ。確かに土台がぼろぼろだ。
「……言われてみりゃ、そうだな」
「壁だけ直しても、土台が腐ったままじゃまた倒れる。まず土台を交換して、水が溜まらないように排水の道を作る。それから壁を立てる」
ダグが黙って聞いていた。
「もう一つ。新しい壁を立てる時、柱を壁の中に通してくれ。柱と土台をほぞで噛ませる。そうすりゃ壁が吹っ飛んでも柱が残るから、屋根は落ちない」
「ほぞ? あんたの作業場でやってたやつか」
「ああ、やり方は教える。慣れれば難しくねえ」
ダグは腕を組んでしばらく考えていた。それから、不愛想に頷いた。
「……教えてくれ」
よし。
* * *
それから三日間、下町中を走り回った。
俺が一番の危険物件を見て回って、作業の優先順位と手順を決める。ガルドが力仕事チームを率いて瓦礫を片付ける。ダグたち地元の大工が修繕の実作業をやる。リルの精霊が地盤や木材の状態を調べてくれる。ルッカは作業場に残って、修繕に使うノミや釘を片っ端から作ってる。
カーラは——依頼でダンジョンに潜ってた。たまには本業をやるらしい。
俺がやったのは、修繕そのものよりも「やり方を教えること」だった。
基礎の確認方法。土台の交換手順。ほぞの切り方。壁と柱を分離する考え方。一軒ごとに大工たちの横について、実際に手を動かしながら教えた。
最初は「面倒くせえ工法だな」とぼやいてた大工たちが、二日目くらいから変わり始めた。
「おい棟方、このほぞ、やってみたら確かにがっちり噛むな。釘より強えじゃねえか!」
「だろ。木が痩せると余計きつくなるからな」
「水糸ってのも便利だな。目分量でやってた自分が恥ずかしくなるぜ」
嫌みじゃない。純粋に感心してる声だ。職人ってのは、いい技術を見たら素直に認める生き物だ。頭が固いのは最初だけで、理屈が通ればちゃんと動く。
ダグが三日目の夕方に、ぼそっと言った。
「棟方、あんた。なんでこんなに教えてくれるんだ。技術ってのは飯の種だろう。普通は隠すもんだ」
「隠してどうする。俺一人で下町全部は直せねえよ。お前らが覚えてくれなきゃ、次にワイバーンが来た時にまた同じことの繰り返しだ」
「……」
「それにな、いい仕事する奴が増えりゃ、俺はもっとでかい仕事に専念できる。お前らが下町を守ってくれりゃ、俺はその先をやれる」
ダグが鼻で笑った。馬鹿にしたんじゃなく、呆れた笑いだ。
「でけえこと言うな、あんた」
「土方ってのはでかいもんを作るのが仕事だからな」
* * *
一週間で、一番と二番の物件は全部片付いた。
四十軒中、二十八軒の修繕が完了。残りは三番——急ぎじゃないやつだ。地元の大工たちが引き続きやってくれるらしい。ダグが「任せろ」と言ったから、任せる。
ほぞ組みと水糸の使い方を覚えた大工が八人。こいつらが弟子を取れば、さらに広がる。一人で百軒直すより、八人に教えた方が早い。当たり前の話だ。
ただし、職人ギルドのグリュンドがこの動きをどう見てるかは気になる。大工たちが俺の工法を使い始めたら、あいつの立場はますます悪くなるからな。
まあ、今は考えても仕方ねえ。目の前の仕事をやるだけだ。
南区画に戻った。
作業員たちが待っていた。一週間のブランクの間、フェルマンが資材の調達を進めてくれていたらしい。石灰岩の山が区画の端に積み上がっている。
「親方、お帰りなさい! 道路の基礎、続きやりましょう!」
作業員の一人が声をかけてきた。名前は……トビーだったか。最初に雇った二十人の中で、一番よく動く若い奴。
「ああ。始めるぞ。——ガルド、号令かけろ」
「よし、お前ら! 持ち場に付け! 親方が戻ったぞ!」
がやがやと作業員たちが動き出す。
俺は排水路の縁に立って、南区画を見渡した。
排水路は完成してる。次は道路。その次は建物。半年後にはここに市場が建つ。
その頃にはきっと、この街はもう少しだけ、まともになってるだろう。
——と思った矢先に、カーラがダンジョンから帰ってきた。全身血まみれ。
「風呂、入る。早く」
「……お帰り」
「ただいま。あと飯」
いつも通りだった。




