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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第四部 礎の親方

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親方、入学式に出ない


 三期生が来た。


 各国から二十五人。二期までより五人多い。帝国からの希望者が増えたらしい。ヴァルターの推薦もある。エルフが三人、ドワーフが三人、獣人が四人、アルヴェインが二人、残りは人間。年齢は十代から三十代まで。


 朝。講堂に三期生が並んでる。全員そわそわしてる。初日の緊張だ。


 俺は講堂に入らなかった。


 校舎の裏手、自分の家の前でコーヒーを飲んでる。窓から講堂が見える。声が聞こえる。


「皆さん、おはようございます。棟方建築学院へようこそ。——僕はユーリ。この学院の教官です」


 ユーリが前に立ってる。首巻きを巻いて、背筋を伸ばして。


「ここは教室で講義をする学校じゃありません。現場で一緒に建てる場所です。——まず、一つ配ります」


 一人一枚、ユーリは首巻きを配ってる。


「首に巻いてください。汗を拭いて、日射しを防いで、埃を吸わないようにする。現場に出る人間はこれを巻きます。——今日から皆さんは現場の人間です」


 三期生が首巻きを巻いてる。ぎこちねえ奴、うまく巻く奴。頭に巻こうとしてる奴がいる。——首だっつうの。隣の学生が直してやってる。


「次に、朝の体操をします。毎朝やります。体を動かして、怪我を防ぐための準備運動です」


 ユーリが手本を見せた。腕を回す。腰を伸ばす。屈伸。深呼吸。動きが丁寧だ。俺より丁寧かもしれねえ。俺は体操を二割くらい手抜きするが、ユーリは一つ一つの動作を全力でやってる。


「——ご安全に」


「……?」


「朝の挨拶です。『今日も怪我なく帰ろう』という意味です。——全員、復唱してください」


「「ご安全に!」」


 二十五人の声は講堂に響いた。


 ——悪くねえ声だ。


 ユーリは続けてる。


「皆さんの最初の仕事を発表します。——学院の増築棟を、皆さんの手で建ててもらいます」


「「え!? 自分たちで!?」」


「設計は僕がやります。材料は裏の資材置き場にあります。皆さんは僕の指示通りに手を動かしてください。——まず、突き棒を配ります。一人一本」


 突き棒を配ってる。あの突き棒、ルッカが柄を調整してくれたやつだ。一期生の時と同じ突き棒。何十人もの手を経た道具が、また新しい手に渡ってる。


「この棒で地面を突きます。突いて固めます。それだけです」


「それだけ……ですか?」


「それだけです。——やってみれば分かりますが、『それだけ』が一番きついです」


 ユーリが笑ってる。ありゃ経験者の笑いだな。


「基礎の深さは八十センチ。掘って、石を入れて、突き固める。突く回数は一箇所につき百回。腕で振るんじゃなく、腰で落とす。——ガルドさん、手本をお願いします」


「おう!」


 ガルドが突き棒を振った。ドンッ。講堂の床が揺れた。三期生が一歩下がった。


「す、すごい音……!!」


「あの音を出せるようになれ。——じゃあ全員外に出ろ。掘るぞ」


 三期生がぞろぞろ講堂から出ていった。ユーリが先頭で歩いてる。ガルドが最後尾。トルテが途中で「大丈夫ですよー」と声をかけてる。


 ——俺が初日にやったのと同じ流れだ。首巻き、体操、ご安全に、突き棒。順番も同じ。だがユーリの声、ユーリの間、ユーリの雰囲気で進んでる。俺のコピーじゃねえ。ユーリの学院になってる。



    * * *



 俺はずっと自分の家の前にいた。コーヒーを飲みながら。


 ガルドが来た。


「親方。行かなくていいのか」


「いい。ユーリが仕切ってる」


「……寂しくねえか」


「寂しくねえ。——あいつがやるのを見てる方がいい」


「何でだ」


「俺が前に立つと、学生は俺を見る。俺の真似をする。——ユーリが前に立てば、学生はユーリのやり方を学ぶ。ユーリのやり方で覚えた奴が、次に自分のやり方で教える。——そうやって広がっていくんだ」


「……分かったような分かんねえような」


「分かんなくていい。お前は自分のやり方で教えろ。殴って手で直すやつ」


「おう。それなら得意だ」


 ガルドが走っていった。講堂の方に。三期生の突き棒指導に入るんだろう。ガルドが「腰で落とせ! 腕で振るな!」と叫んでる声が聞こえる。


 トルテが「ガルドさん怖くないですよー! 見た目だけですー!」とフォローしてる。フォローになってねえ。


 午前中ずっと突き棒の音が聞こえてた。ドンドンドン。ぺちぺちぺち。ドンとぺちが混ざってる。ドンは上手い奴。ぺちは下手な奴。そのうち全員がドンになる。ならなかったら教え方が悪い。


 ユーリの声が飛んでくる。「腰。腰で落とす。——そう、その感じ」。穏やかだが通る声だ。怒鳴らねえ。俺は怒鳴ることもあったが、ユーリは怒鳴らねえ。それでも伝わってる。


 ガルドの声も飛んでくる。「違う! もっと下だ! 腰を落とせ!」。こっちは怒鳴ってる。いつも通りだ。だがすぐ後に「そうだ、いいぞ」って声が続く。褒めるようになったな。


 仕様書の改訂作業をしながら聞いてた。ユーリの免震支承の設計図をエルノが検証した結果を反映する。計算は合ってた。寸法も正しい。仕様書に「住宅用小型免震支承(ユーリ式)」として正式追加した。


 俺の仕様書に、俺以外の名前が入った。初めてだ。だが最初で最後じゃねえだろう。そのうちメルダの名前も入るし、ルッカの名前も入る。仕様書は一人で書くもんじゃねえ。


 昼過ぎ。三期生の一人が学院の裏手に迷い込んできた。小柄な人間の女の子。十代半ば。手にマメができて赤くなってる。


「あの……ここは?」


「俺の家だ」


「え、ここに住んでるんですか。——あの、お名前は」


「棟方鉄」


「棟方——え。棟方って。棟方の親方って——えっ!?」


「騒ぐな」


「す、すみません! あの、親方さんって今日いらっしゃらないって聞いてたんですけど——」


「いるぞ。ここにいる」


「な、なんでこんなところに!? 入学式は!?」


「入学式はユーリがやった。俺の出番じゃねえ」


 女の子が困った顔をしてる。親方に会えると思ってなかったんだろう。


「あの……握手してもらえますか」


「握手?」


「お母さんが、棟方の親方に家を直してもらったんです。あたしが小さい時に。壁がひび割れてて、雨漏りがして。——親方が直してくれてから、雨漏りが止まったって。ずっと感謝してるって」


「……どこの家だ」


「王都の下町です。——マルタさんの長屋の隣の」


 マルタさんの隣か。覚えてる。あの並びの長屋は全部壁を直した。最初の仕事だ。


「握手はしねえが、手を見せてやる」


 手を出した。マメだらけの手。爪が欠けてて、関節が太くて、指が曲がってる。


「……すごい手ですね」


「すごくねえ。土方の手だ。——お前の手もそのうちこうなる。突き棒をサボらなければな」


「サボりません!!」


「よし。——講堂に戻れ。午後は壁積みだろ」


「はい!! ——ありがとうございました!!」


 走っていった。元気なガキだ。


 カーラが家から顔を出した。いつの間にいたんだ。


「テツ。今の子、マルタさんの隣の……」


「そうだ」


「お母さんの壁を直した子が、学院に来たのね」


「来ただけだ。卒業できるかは別の話だ」


「できるわよ。——あの子、目がいい。あんたの手を見て『すごい手ですね』って言える子は伸びるわ」


「お前の判断基準は何なんだ」


「勘よ」


 ……カーラの勘は風呂と人材に関しては外れねえからな。


 午後。講堂から声が聞こえてくる。突き棒の音。ユーリの指導。ガルドの怒鳴り声。トルテのフォロー。二期生が三期生に教えてる声。


 全部、俺の家の窓から聞こえる。


 夕方。現場汁の匂いがしてきた。セオが三期生の人数分の食材を手配して、二期生が鍋を仕切ってる。差し入れも来てるらしい。マルタさんがパンを焼いて持ってきたって声が聞こえた。あの人は学院ができてからずっと差し入れを続けてる。


 コーヒーを飲んだ。自分のかまどで淹れた二杯目。うまい。


 窓の外で三期生がメルダに「首巻き洗っていいんですか?」と訊いてる。メルダが「毎日洗ってください。衛生管理です」と答えてる。メルダの帝国出発は来週だ。最後まで管理してやがる。


 明日も同じ音が聞こえるだろう。明後日も。来月も。来年も。——突き棒の音が鳴り続ける限り、この学院は生きてる。


 それでいい。


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