親方、入学式に出ない
三期生が来た。
各国から二十五人。二期までより五人多い。帝国からの希望者が増えたらしい。ヴァルターの推薦もある。エルフが三人、ドワーフが三人、獣人が四人、アルヴェインが二人、残りは人間。年齢は十代から三十代まで。
朝。講堂に三期生が並んでる。全員そわそわしてる。初日の緊張だ。
俺は講堂に入らなかった。
校舎の裏手、自分の家の前でコーヒーを飲んでる。窓から講堂が見える。声が聞こえる。
「皆さん、おはようございます。棟方建築学院へようこそ。——僕はユーリ。この学院の教官です」
ユーリが前に立ってる。首巻きを巻いて、背筋を伸ばして。
「ここは教室で講義をする学校じゃありません。現場で一緒に建てる場所です。——まず、一つ配ります」
一人一枚、ユーリは首巻きを配ってる。
「首に巻いてください。汗を拭いて、日射しを防いで、埃を吸わないようにする。現場に出る人間はこれを巻きます。——今日から皆さんは現場の人間です」
三期生が首巻きを巻いてる。ぎこちねえ奴、うまく巻く奴。頭に巻こうとしてる奴がいる。——首だっつうの。隣の学生が直してやってる。
「次に、朝の体操をします。毎朝やります。体を動かして、怪我を防ぐための準備運動です」
ユーリが手本を見せた。腕を回す。腰を伸ばす。屈伸。深呼吸。動きが丁寧だ。俺より丁寧かもしれねえ。俺は体操を二割くらい手抜きするが、ユーリは一つ一つの動作を全力でやってる。
「——ご安全に」
「……?」
「朝の挨拶です。『今日も怪我なく帰ろう』という意味です。——全員、復唱してください」
「「ご安全に!」」
二十五人の声は講堂に響いた。
——悪くねえ声だ。
ユーリは続けてる。
「皆さんの最初の仕事を発表します。——学院の増築棟を、皆さんの手で建ててもらいます」
「「え!? 自分たちで!?」」
「設計は僕がやります。材料は裏の資材置き場にあります。皆さんは僕の指示通りに手を動かしてください。——まず、突き棒を配ります。一人一本」
突き棒を配ってる。あの突き棒、ルッカが柄を調整してくれたやつだ。一期生の時と同じ突き棒。何十人もの手を経た道具が、また新しい手に渡ってる。
「この棒で地面を突きます。突いて固めます。それだけです」
「それだけ……ですか?」
「それだけです。——やってみれば分かりますが、『それだけ』が一番きついです」
ユーリが笑ってる。ありゃ経験者の笑いだな。
「基礎の深さは八十センチ。掘って、石を入れて、突き固める。突く回数は一箇所につき百回。腕で振るんじゃなく、腰で落とす。——ガルドさん、手本をお願いします」
「おう!」
ガルドが突き棒を振った。ドンッ。講堂の床が揺れた。三期生が一歩下がった。
「す、すごい音……!!」
「あの音を出せるようになれ。——じゃあ全員外に出ろ。掘るぞ」
三期生がぞろぞろ講堂から出ていった。ユーリが先頭で歩いてる。ガルドが最後尾。トルテが途中で「大丈夫ですよー」と声をかけてる。
——俺が初日にやったのと同じ流れだ。首巻き、体操、ご安全に、突き棒。順番も同じ。だがユーリの声、ユーリの間、ユーリの雰囲気で進んでる。俺のコピーじゃねえ。ユーリの学院になってる。
* * *
俺はずっと自分の家の前にいた。コーヒーを飲みながら。
ガルドが来た。
「親方。行かなくていいのか」
「いい。ユーリが仕切ってる」
「……寂しくねえか」
「寂しくねえ。——あいつがやるのを見てる方がいい」
「何でだ」
「俺が前に立つと、学生は俺を見る。俺の真似をする。——ユーリが前に立てば、学生はユーリのやり方を学ぶ。ユーリのやり方で覚えた奴が、次に自分のやり方で教える。——そうやって広がっていくんだ」
「……分かったような分かんねえような」
「分かんなくていい。お前は自分のやり方で教えろ。殴って手で直すやつ」
「おう。それなら得意だ」
ガルドが走っていった。講堂の方に。三期生の突き棒指導に入るんだろう。ガルドが「腰で落とせ! 腕で振るな!」と叫んでる声が聞こえる。
トルテが「ガルドさん怖くないですよー! 見た目だけですー!」とフォローしてる。フォローになってねえ。
午前中ずっと突き棒の音が聞こえてた。ドンドンドン。ぺちぺちぺち。ドンとぺちが混ざってる。ドンは上手い奴。ぺちは下手な奴。そのうち全員がドンになる。ならなかったら教え方が悪い。
ユーリの声が飛んでくる。「腰。腰で落とす。——そう、その感じ」。穏やかだが通る声だ。怒鳴らねえ。俺は怒鳴ることもあったが、ユーリは怒鳴らねえ。それでも伝わってる。
ガルドの声も飛んでくる。「違う! もっと下だ! 腰を落とせ!」。こっちは怒鳴ってる。いつも通りだ。だがすぐ後に「そうだ、いいぞ」って声が続く。褒めるようになったな。
仕様書の改訂作業をしながら聞いてた。ユーリの免震支承の設計図をエルノが検証した結果を反映する。計算は合ってた。寸法も正しい。仕様書に「住宅用小型免震支承(ユーリ式)」として正式追加した。
俺の仕様書に、俺以外の名前が入った。初めてだ。だが最初で最後じゃねえだろう。そのうちメルダの名前も入るし、ルッカの名前も入る。仕様書は一人で書くもんじゃねえ。
昼過ぎ。三期生の一人が学院の裏手に迷い込んできた。小柄な人間の女の子。十代半ば。手にマメができて赤くなってる。
「あの……ここは?」
「俺の家だ」
「え、ここに住んでるんですか。——あの、お名前は」
「棟方鉄」
「棟方——え。棟方って。棟方の親方って——えっ!?」
「騒ぐな」
「す、すみません! あの、親方さんって今日いらっしゃらないって聞いてたんですけど——」
「いるぞ。ここにいる」
「な、なんでこんなところに!? 入学式は!?」
「入学式はユーリがやった。俺の出番じゃねえ」
女の子が困った顔をしてる。親方に会えると思ってなかったんだろう。
「あの……握手してもらえますか」
「握手?」
「お母さんが、棟方の親方に家を直してもらったんです。あたしが小さい時に。壁がひび割れてて、雨漏りがして。——親方が直してくれてから、雨漏りが止まったって。ずっと感謝してるって」
「……どこの家だ」
「王都の下町です。——マルタさんの長屋の隣の」
マルタさんの隣か。覚えてる。あの並びの長屋は全部壁を直した。最初の仕事だ。
「握手はしねえが、手を見せてやる」
手を出した。マメだらけの手。爪が欠けてて、関節が太くて、指が曲がってる。
「……すごい手ですね」
「すごくねえ。土方の手だ。——お前の手もそのうちこうなる。突き棒をサボらなければな」
「サボりません!!」
「よし。——講堂に戻れ。午後は壁積みだろ」
「はい!! ——ありがとうございました!!」
走っていった。元気なガキだ。
カーラが家から顔を出した。いつの間にいたんだ。
「テツ。今の子、マルタさんの隣の……」
「そうだ」
「お母さんの壁を直した子が、学院に来たのね」
「来ただけだ。卒業できるかは別の話だ」
「できるわよ。——あの子、目がいい。あんたの手を見て『すごい手ですね』って言える子は伸びるわ」
「お前の判断基準は何なんだ」
「勘よ」
……カーラの勘は風呂と人材に関しては外れねえからな。
午後。講堂から声が聞こえてくる。突き棒の音。ユーリの指導。ガルドの怒鳴り声。トルテのフォロー。二期生が三期生に教えてる声。
全部、俺の家の窓から聞こえる。
夕方。現場汁の匂いがしてきた。セオが三期生の人数分の食材を手配して、二期生が鍋を仕切ってる。差し入れも来てるらしい。マルタさんがパンを焼いて持ってきたって声が聞こえた。あの人は学院ができてからずっと差し入れを続けてる。
コーヒーを飲んだ。自分のかまどで淹れた二杯目。うまい。
窓の外で三期生がメルダに「首巻き洗っていいんですか?」と訊いてる。メルダが「毎日洗ってください。衛生管理です」と答えてる。メルダの帝国出発は来週だ。最後まで管理してやがる。
明日も同じ音が聞こえるだろう。明後日も。来月も。来年も。——突き棒の音が鳴り続ける限り、この学院は生きてる。
それでいい。




