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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第四部 礎の親方

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親方、弟子に驚かされる


 エルフの森を訪ねた。


 フィーアが出迎えてくれた。吊り橋は全部健全だ。学院の卒業生が交換した接合金具が効いてて、地震の時も揺れなかったらしい。


「テツ殿。橋の下を見ていただけますか」


「何かあるのか」


「いえ。——いいものがあります」


 橋の下に降りた。吊り橋のロープを固定してる岩盤の表面に、苔除けのモルタルが薄く塗ってある。


「これ、誰が塗った」


「うちの卒業生です。岩盤に苔が生えるとロープの固定部が滑るから、予防で塗ったと」


 仕様書にはない対策だ。卒業生が自分の頭で考えてやった。しかも理屈が正しい。苔が生えれば摩擦が減って、ロープがずれる。そうなる前に防いだ。


「この塗り方、丁寧だな。薄くて均一だ。誰に教わった」


「誰にも教わってないそうです。必要だと思って、やったと」


「……いい判断だ。仕様書に追加する」


「嬉しそうですね、テツ殿」


「嬉しくねえ。——普通だ」


 嬉しくねえわけねえだろ。だが顔には出さねえ。


 フィーアが世界樹の繊維で編んだ首巻きを見せてくれた。エルフ仕様の首巻き。薄くて丈夫で、汗をよく吸う。


「学院の首巻き文化がこちらにも広まりまして。——森の職人たちが巻いてます」


「エルフが首巻きを……」


「似合うでしょう?」


 長い耳から首巻きが垂れてる。似合うかどうかは分からねえが、巻いてるってだけでいい。現場の人間だって意味だから。



    * * *



 ドワーフの地下都市。


 ドルクが迎えてくれた。ロックボルトの追加打ちが完了してて、地下大広間は安定してる。壁を叩いた。いい音だ。


「ルッカの鍛造したボルトは一級品だ。——あいつによろしく言ってくれ、親方」


「自分で言え。精霊の交信で言えるだろ」


「直接会った時に言いたいんだ。——じいさんの気持ちってもんを分かれ」


 分かるかそんなもん。だが伯父と姪の仲は悪くねえらしいから、まあいい。


 ドルクが鍛冶場に連れていってくれた。古代の歯車式ふいごの再現品が置いてある。ミーナが地下都市で見つけた古代の設計を元に、ドワーフの鍛冶師が復元したそうだ。


「これ、効率がいいんだ。従来のふいごの三倍の風量が出る。——あの嬢ちゃんの記憶のおかげだ」


 ミーナが横で黙って見てる。自分の記憶が役に立ってるのを見てる。


「棟方。使われています。建ノ民の技術が」


「使われてるな」


「……嬉しい、です。たぶん」


「たぶんかよ」


「記録体なので、感情が正しいか自信がないんです」


「嬉しいと思ったなら嬉しいんだよ。難しく考えんな」



    * * *



 帝国に入った。街道を馬車で走る。路面は安定してる。宿場も全部稼働してる。管理人が首巻きを巻いて「ご安全に」と挨拶してくる。


 ヴァルゲンでヴァルターに会った。帝国の建築研修を視察した。帝国の弟子たちが壁を積んでる。目地を指で押して確認してる。学院式が定着してやがる。


「儂の弟子たちが、お前の学院から帰ってきてから目地にうるさくなった。——いいことだ」


「うるさいくらいでちょうどいい」


「それと、壁を叩いて音を聴く癖がついた。街を歩いてると勝手に壁を叩きよる。住民に不審がられとる」


「職業病だな。俺もだ」


「親方もか。——やっぱり師匠に似るんだな」


「俺が師匠じゃねえ。ガルドが殴って教えただけだ」


「殴って教えるのもお前の流儀だろう。——まあいい。茶を飲め」


 帝国の茶を飲んだ。甘い。合わねえ。だがヴァルターと向かい合って茶を飲む時間は悪くねえ。こういうのも巡回の一部だ。壁を叩くだけが仕事じゃねえ。


 ヴァルターが茶碗を置いた。


「親方。帝国にも学院を作りたい。——お前のところの卒業生を一人、こっちに寄越してくれんか。教える側として」


「誰がいい」


「メルダ。あの女の段取りは化け物だ。あれがいれば帝国の学院も回る」


「本人に訊け。俺が決めることじゃねえ」


「分かっとる。——だが、親方の許しがあった方がメルダも動きやすかろう」


「許すも何もねえ。卒業生がどこで何をしようが自由だ。——メルダが行きたいなら行け。行かせる」


「ありがたい。——お前は本当に、手放すのが上手いな」


「上手くねえ。握ってねえだけだ」


 カイザに向かった。



    * * *



 カイザ。ユーリが建てた住宅がある町。


 着いて、最初に目に入ったのは——見覚えのない建物だった。


 ユーリの住宅の隣。新しい二階建て。コンクリートブロック造り。屋根は木造トラス。——ユーリの住宅と同じ設計だが、何かが違う。


「ユーリ。あれは何だ」


「あ、棟方さん。——あれは、僕が卒業試験の後に追加で建てた集合住宅です。カイザの住宅が足りなかったので」


「追加で建てた? 俺に報告してねえぞ」


「すみません。——報告する前に見ていただきたくて」


 近づいた。壁を叩いた。コン。いい音だ。目地に空洞はねえ。


 基礎を確認した。深さ百センチ。割栗石の突き固めは完璧。排水溝が周囲を囲んでる。


 ——ここまでは俺が教えた通りだ。だが、一階と二階の間に何か変なものが挟まってる。


「ユーリ。この層は何だ」


「免震層です」


「……免震?」


「一階の壁の上に革と鉄板の支承を入れて、その上に二階を載せました。——地震の時に二階だけが滑るようにしてあります」


 見た。確かに。一階と二階の間に、小型の免震支承が六基入ってる。鉄板と革の構造。方舟の支承と同じ——いや、違う。もっと小さくて、もっとシンプルだ。


「この支承、誰が鍛造した」


「カイザの鍛冶屋に頼みました。仕様はルッカさんに精霊の交信で確認しましたが、設計は僕がやりました。——方舟の支承だと大きすぎるので、二階建て住宅用に小型化しました」


 小型化した。住宅用に。


 方舟は巨大な建物だから免震支承もでかい。だが普通の二階建て住宅なら荷重が軽い。小さい支承で十分だ。——俺はそれをやってなかった。大きい建物にしか免震を入れてなかった。住宅に入れるって発想がなかった。


「……この支承の耐荷重はいくつだ」


「計算しました。二階部分の自重と積載荷重を合わせて、一基あたり三百キログラム。安全率は二倍を確保してます」


「計算は合ってるのか」


「エルノさんに確認してもらいました」


 壁を叩いた。もう一回。支承の上下で音を聴き比べた。一階の壁と二階の壁で振動の伝わり方が違う。免震が効いてる。


「この建物、地震の時にどうなった」


「本震の時、一階は揺れましたが二階はほとんど揺れませんでした。——二階に住んでた家族が『下は揺れてたのに上は静かだった』と言ってました」


 住宅用の小型免震。コストが低い。鍛冶屋が一軒あれば作れる。特殊な材料もいらねえ。革と鉄板だけだ。——これが普及したら、一般の住宅に免震が入る。金持ちの城や公共施設だけじゃなく、農家の家にも、下町の長屋にも。


 なんで俺はこれを思いつかなかったんだ。でかい建物ばっかり見てて、足元の住宅を見てなかった。ユーリはカイザの住民と暮らして、住民が何を怖がってるかを知ってた。だから住宅に免震を入れた。——現場を見ろ。俺がいつも言ってることだ。こいつはそれを俺より忠実にやった。


「ユーリ」


「はい」


「……これ、仕様書に入れていいか」


「え?」


「お前が設計した住宅用免震支承。棟方学院の仕様書に正式に追加する。お前の名前入りで」


 ユーリが固まった。


「僕の名前……ですか」


「お前が考えて、お前が設計して、お前が建てた。——お前の仕事だ。名前を入れるのは当然だろ」


「……はい。——はい!」


 声が震えてる。泣きそうな顔だ。泣くなよ。壁が湿る。——いや、ここは外だった。湿んねえ。泣いていい。


 カーラが横で鼻をすすってる。お前まで泣くな。


「親方……ちょっとだけ感動してるわよ、あたし……」


「うるせえ。——帰るぞ。仕様書の改訂作業がある」


 リルが精霊に「ユーリさんの支承が仕様書に入りますー!」と報告してる。全大陸に伝わるぞそれ。まあいいか。いい知らせだ。


 帰りの馬車でコーヒーを飲んだ。カイザの帰り道。前にここを通った時は、崩壊した瓦礫を見てコーヒーの味が分からなくなってた。今は——うまい。普通にうまい。


 ミーナが馬車の隅に座ってる。


「棟方。弟子に追い抜かれた気分はどうですか」


「追い抜かれてねえ。——追いつかれただけだ」


「それは——嬉しいことですか」


「当たり前だ。追いつかれなきゃ教えた意味がねえだろ」


「……建ノ民の長は、追いつかれることを恐れました」


「馬鹿だな」


「はい。馬鹿でした」


 ミーナが笑った。記録体の笑顔はぎこちねえが、嫌いじゃねえ。


 王都が見えてきた。


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