親方、全部確かめに行く
西門を出た。街道を歩く。自分が敷いた道を。
足の裏に砂利の感触がある。踏み固められて安定してる。かまぼこ断面の排水勾配も効いてて、路面に水は溜まってねえ。
五キロ歩いたところで、最初の補修箇所を見つけた。
路面の端、排水溝との境目に小さな亀裂が走ってる。幅一ミリ。まだ問題にはならねえが、放っておくと雨水が入って路盤を傷める。
「リル、モルタルくれ」
「はい!」
亀裂にモルタルを詰めた。コテで押さえて平らにする。三分で終わる仕事だ。だが管理人は気づいてなかった。一ミリの亀裂は目視じゃ見つけにくい。足の裏で踏んで初めて分かる。
この感覚は管理人に教えとかなきゃいけねえ。——第一宿場に着いたらメモを渡す。「路面の端を足の裏で確認しろ。靴を脱いで裸足で歩け。足の裏は目より正確だ」と。
「テツ、裸足で道を歩けって正気?」
カーラが呆れてる。
「正気だ。足の裏は〇・一ミリの段差を感じ取れる。目じゃ見えねえ亀裂が足なら分かる」
「あんただけよそんなの」
「俺だけじゃねえ。慣れりゃ誰でもできる。——まあ、慣れるまでに千キロくらい歩く必要があるが」
「千キロ歩かせるの……」
第一宿場に着いた。管理人が出迎えてくれた。首巻きを巻いてる。朝の体操をやってるらしく、腰を痛めた報告は来てねえ。
「棟方殿! 巡回ですか!?」
「定期点検だ。宿場の状態を見せてくれ」
宿舎、馬小屋、井戸、風呂。全部確認した。壁を叩いた。音はいい。ヒビもねえ。排水も流れてる。風呂の竈も煤が溜まってねえ。
「よし。合格だ。——一個だけ。宿舎の入口の敷居が二ミリ浮いてる。踏むとカタカタ鳴る。下に砂を噛ませて固定しろ」
「二ミリ……! 分かりました!」
二ミリだ。二ミリが転倒事故を起こす。夜中に暗い中で歩いて、敷居に足を取られて転ぶ。骨を折る。——安全ってのはそういうもんだ。
* * *
丘の切り通しに着いた。岩壁が両側にそびえてる。ルッカが層理面に沿って割ったきれいな断面がそのまま残ってる。
壁面を叩いた。硬い音。岩は生きてる。
だが排水溝に枯れ葉が溜まってた。掃除した。ここにも格子を付けるべきだな。帰ったらルッカに鍛造を頼む。
切り通しの中を歩いてたら、旅人の一団とすれ違った。馬車二台。商人だ。
「おっ、あんた棟方の親方じゃねえか!! この切り通し、あんたが掘ったんだろ!?」
「掘った」
「毎週通ってるぜ!! 迂回しなくて済むようになって、帝国との取引が倍に増えたんだ!! ありがてえ!!」
「使ってくれ。道は使われてなんぼだ」
商人が手を振って去っていった。馬車の車輪が砂利を噛んでゴロゴロ鳴る。いい音だ。路面が安定してる証拠。
十二の橋を渡った。一本ずつ壁を叩いて、橋台の根元を確認して、洗掘がないか見た。
七本目の橋。前回の巡回で捨て石を入れた箇所。石が効いてて追加の洗掘は起きてねえ。
九本目の橋で新しい問題を見つけた。欄干(橋からの落下を防ぐ手すりとなるところ)の石が一個ゆるんでる。目地のモルタルが風化して崩れかけてた。
「欄干は構造には関係ねえが、人が寄りかかって落ちたら死ぬ。——直すぞ」
モルタルを詰め直した。十分の仕事。
ミーナが橋の上を歩いてる。軽い、体重がねえのかこいつ。足音がしねえ。
「棟方。この橋は健全です。石が鳴ってます」
「分かるのか」
「建ノ民の長も壁を叩いてました。——わたしには音は分かりませんが、石の振動は感じます。体で」
記録体だけあって、建物との親和性が高えのか。不思議な奴だ。
* * *
トンネルに入った。古代と現代が繋がった三百メートルの坑道。
壁を叩きながら歩いた。コン、コン、コン。古い区間も新しい区間も、音はいい。ロックボルトが効いてて天井も安定してる。
五層舗装の路面を足で確認した。靴を脱いで裸足で歩いた。カーラが「やっぱり脱ぐのね」と呆れてる。脱ぐんだよ。足の裏が一番正確なんだ。
路面は安定してる。古代の防水層が生きてて、地下水の浸入を防いでる。このまま百年は持つだろう。
トンネルの出口で靴を履き直した。足の裏が冷てえ。石の床を裸足で歩くもんじゃねえ。いや歩くんだが。
大河の五連アーチ橋。ここが一番心配だった。五十メートルの大橋。水流にさらされてる。
橋脚の根元を一本ずつ確認した。捨て石は安定してる。洗掘もねえ。コンクリートの劣化も見当たらねえ。
「……持ってるな」
五連のアーチを渡りながら壁を叩いた。全部いい音だ。迫石が噛み合ってる。
橋の上で立ち止まった。川が下を流れてる。でかい川だ。この上を馬車が行き来してる。商人が荷物を積んで帝国に向かってる。反対側から帝国の商人が来てる。すれ違う時に互いに手を挙げてる。人と物が動いてる。
橋の袂に小さな茶屋ができてた。橋を渡る旅人に茶を売ってる婆さんがいる。
「あんた、この橋を建てた人かい?」
「そうだ」
「ありがとうよ。この橋ができてから、あたしゃここで商売始めたんだ。渡し舟の時は誰も立ち止まらなかったけど、橋なら歩いて渡るから、途中で茶を飲んでくれるんだよ」
「……橋の上で商売か。考えもしなかった」
「建物を建てると、その周りに人の暮らしができるもんさ。あんたが建てなきゃ、あたしはここにいなかった」
婆さんの茶を一杯もらった。甘い。帝国の茶だ。俺はコーヒー派だが、まあ悪くねえ。
——道を敷いた時、「道を使ってくれることが一番の礼だ」って言った。使われてる。道が使われて、橋が使われて、その上で人が暮らしを始めてる。建物の周りに暮らしができる。当たり前のことだが、自分の目で見ると——なんつうか、腹の底がじんわりする。コーヒーの後味みてえな。
ダムを確認した。アーチダムの壁面にヒビはねえ。水門も正常に動いてる。管理人が水位を毎日記録してくれてる。セオが作った記録用紙に、几帳面な字で数字が並んでた。
「棟方殿! ダムは毎日見てます! 異常なしです!」
「ご苦労さん。——水門のヒンジに油を差しとけ。動きがちょっと重くなってる」
「はい! すぐやります!」
「あと、ダムの下流の堆砂を確認しろ。雨の後は土砂が溜まりやすい。排砂ゲートを定期的に開けて流せ」
「排砂ゲート……! それはセオさんのマニュアルに——」
「書いてあるだろ。読め」
「はい!! 読みます!!」
マニュアルを読んでねえのか。メルダが聞いたら怒るぞ。
水道橋も確認した。アーチが谷を跨いでる。水が流れてる。ケルンの町に水を届け続けてる。防水モルタルに劣化はねえ。ルッカの仕事は丈夫だ。
ケルンの広場の水槽に水が落ちてる。ぴちゃん、ぴちゃん。あの日と同じ音だ。子供が水槽で遊んでる。
——動いてる。全部動いてる。俺が建てたもんが、全部ちゃんと動いてる。
コーヒーを淹れた。宿場で飲んだ。足が痛え。三日で六十キロ歩いた。膝が鳴る。腰も張ってる。四七歳の脚は三日連続の徒歩に悲鳴を上げてやがる。
だが——悪くねえ気分だ。
「テツ。明日はエルフの森?」
「寄る。フィーアに挨拶してく。——カーラ、足は大丈夫か」
「あたしは平気。あんたの方が辛そうよ」
「うるせえ。四七歳を舐めるな」
「四七歳だから心配してるの」
……言い返せねえ。
宿場の風呂に入った。自分が建てた五右衛門風呂。湯がちゃんと沸いてる。管理人がきちんと薪を足してる。排水も詰まってねえ。
湯に浸かったら膝が楽になった。腰も伸びた。ありがてえ。風呂は偉大だ。
カーラが仕切りの向こうで「はーーーっ」と声を出してる。どこの風呂でも同じ声を出すなこいつ。
リルが風呂の外で精霊と話してる。「宿場のノームさんたちが『道がきれいに保たれてて嬉しい』って言ってます!」。精霊も道の状態を見てるのか。そりゃ地面に住んでるんだから分かるわな。
ミーナは風呂に入らねえ。記録体だから温度を感じねえらしい。風呂の縁に座って足だけ湯につけてる。
「棟方。建ノ民の都市にも浴場がありました。でも、崩れた最初の施設が浴場でした」
「何でだ」
「水を使う建物は劣化が早いんです。防水が切れたら一気に崩れる」
「だろうな。——だからうちの風呂は防水を三重にしてある」
「三重……。建ノ民は一重でした。——足りなかったんですね」
「足りねえ。水は容赦ねえからな。——お前、足は感じるのか」
「少しだけ。——温かい気がします」
「気がするならいいじゃねえか」
明日はエルフの森。明後日はドワーフの地下都市。来週には帝国まで足を伸ばす。全部確かめる。全部叩く。全部の壁の音を聴く。
——それが親方の仕事だ。




