親方、弟子同士を戦わせる
ヴァルターが帝国から弟子を連れてきた。
十人。全員石工。帝国の建築研修を受けた奴らで、ヴァルターが直接鍛えた精鋭だそうだ。精鋭ってほどでもねえだろうと思ったが、顔つきは悪くねえ。目が据わってる。手がごつい。
「親方。儂の弟子をお前の学院で修行させたい。——ついでに、腕試しをさせてくれんか」
「腕試し?」
「お前のところの学生と、儂の弟子。どっちが壁を上手く積めるか」
じいさんの目がギラッとしてる。こいつ、勝負事が好きだ。見た目は温厚な老石工だが、中身は負けず嫌いの塊だ。
「……いいぜ。うちの二期生とやらせてみるか」
ガルドが即座に食いついた。
「やるぞ!! うちの二期生が帝国に負けるわけねえ!!」
トルテが「あたしも審判やりたい!」と叫んでる。お前は審判向きじゃねえ。贔屓するだろ。
* * *
学院の広場に二つの作業台を並べた。レグニカチーム十人と帝国チーム十人が向かい合う。
ルールは単純だ。
「同じ材料で、一メートル四方の壁を一枚積め。制限時間は二時間。——終わったらガルドが殴る。壊れなかった方が勝ち。両方壊れなかったら、俺が壁を叩いて音で判定する」
「「はい!!」」
二十人が同時に返事した。声のでかさは互角だ。
「——始め」
レンガが積まれ始めた。
帝国チームは速い。石工の本場だ。手が速くて、レンガの扱いが丁寧だ。一段積むのに学院の二期生より三割は速い。
だが学院チームには別の強みがある。目地を詰める時に、一個ずつ指で押して空洞を確認してる。壊す授業で叩き込まれた癖だ。帝国の弟子はそれをやってねえ。速いが確認してねえ。
コーヒーを飲みながら見てた。カーラが隣にいる。
「帝国の方が速いわね」
「速さで勝負が決まるなら建築じゃねえ。——見とけ」
ヴァルターが俺の隣に来た。茶を飲んでる。帝国の茶は甘くて俺には合わねえ。
「ほう。儂の弟子の方が速いな、親方」
「速けりゃいいってもんじゃねえ」
「負け惜しみか」
「結果を見てから言え、じいさん」
ユーリが横で両チームの手元を観察してた。
「棟方さん。帝国チームの三番目の人、レンガの角を合わせる時に左手で位置を微調整してます。あの技、うちの学生に見せたいです」
「目がいいな。——後で声かけてみろ」
一時間経過。帝国チームは八割完成。学院チームは六割。速度差がある。帝国の弟子がニヤッとしてる。
二時間。完成。
二十枚の壁が並んだ。帝国チームの壁は見た目がきれいだ。レンガの配列が揃ってて、目地が真っ直ぐ通ってる。美しい。これは認める。石工の国の底力だ。
学院チームの壁は見た目がちょっと荒い。配列は揃ってるが、帝国ほど美しくない。ただし——中身の話はこれからだ。
「ガルド。帝国チームの壁から殴れ。五割で」
「おう! ——悪いな帝国の兄ちゃんたち! 恨むなよ!」
「え、殴るんですか!? 壁を!?」
帝国の弟子が目を丸くしてる。壊す授業を知らねえんだ。
ガルドが帝国チームの一枚目に掌底を入れた。
バキッ。
壊れた。目地の真ん中から亀裂が走って、壁が二つに割れた。
「「え!? 嘘だろ!?」」
帝国チームが声を上げた。ヴァルターの眉がぴくっと動いた。
二枚目。バキッ。壊れた。三枚目。バキッ。壊れた。
帝国の弟子が顔を青くしてる。自分たちの壁が次々に壊されていく。
十枚中、五割で壊れなかったのは三枚。七枚が壊れた。
「な、七枚も……!?」
「次。学院チーム」
ガルドが学院の壁を殴った。五割。
コン。
壊れねえ。ガルドが手を振った。「硬え!」
二枚目。コン。壊れねえ。三枚目。コン。壊れねえ。
帝国の弟子が唖然としてる。見た目は自分たちの壁の方がきれいなのに、壊れるのは自分たちの方だ。
十枚中、壊れたのは一枚だけ。九枚が耐えた。
「九枚!! 十枚中九枚!!」
「うちの壁は三枚しか残らなかったのに……!?」
「何が違うんだ!? 同じレンガで同じモルタルだろ!?」
「……空洞がある。目地の奥に空気が残っておる」
「速く積んだからだ。速さに集中して、目地を奥まで押し込む手間を省いた。——表面はきれいだが、中はスカスカだ」
帝国の弟子の一人が壊れた自分の壁を拾い上げてる。断面を見てる。確かに、目地に親指が入るほどの空洞がある。
「俺たち、こんなに空洞が……」
「速く積める腕はある。だが確認する癖がない。——うちの学生は一個積むたびに指で目地を押して空洞を潰してる。だから遅い。だが壊れねえ」
ヴァルターが黙って壁を見てた。しばらくして、俺の方を向いた。
「……親方。儂の弟子に、その『確認する癖』を叩き込んでくれんか」
「叩き込む。——ガルドが殴って教える。うちのやり方でいいか」
「構わん」
帝国の弟子たちが顔を見合わせた。「殴って教える」って何だって顔だ。まあ、やれば分かる。
* * *
午後。合同実習が始まった。
レグニカの学生と帝国の弟子が混ざって壁を積んでる。帝国の弟子に学院式の確認作業を教えてる。
「一個積んだら、目地を指で押す。こうやって。奥まで押し込む」。
帝国の弟子が最初は面倒くさそうにしてたが、ガルドに一枚壊されてからは真剣になった。壊されりゃ分かる。自分の壁の弱点が見えるからだ。
「五枚目! 押してみろ! ——まだ空洞がある! ここ!」
「ああっ、本当だ! 奥に指が入る!」
「もう一回詰め直せ! モルタルを奥まで——そうだ、そこだ」
学院の学生が帝国の弟子の目地を直してる。
逆に、帝国の弟子のレンガの配列技術を学院の学生が見て唸ってる。
「すげえ……! レンガの角が全部ぴったり揃ってる! どうやるんですか!?」
「目で見て揃える。石工はまず目を鍛える。——こうやって、一段下の角に合わせて置く」
「なるほど……! 目の使い方が違うんだ!」
教え合ってる。うちの学生が帝国に確認の癖を教えて、帝国の弟子がうちの学生に配列の技を教えてる。勝ち負けじゃなくなってる。こういう空気が一番いい。
「親方。見てくださいこれ!」
学院の学生が壁を一枚積んだ。配列が帝国式で、確認が学院式。速い。きれい。そして中も詰まってる。
「ガルドさん! 殴ってください! 六割で!!」
「おう! ——おらっ!」
コン。壊れねえ。
「やった!! 六割耐えた!!」
「うおおっ!! すげえ!!」
帝国の弟子も拍手してる。敵じゃなくて仲間になってやがる。
「……悪くねえ」
ヴァルターが隣で見てた。
「親方。——お前の学院は、教え方を教える場所だな」
「どういう意味だ」
「儂は弟子に石の積み方を教えた。お前は学生に確認の仕方を教えた。——だが今、弟子と学生が互いに教え合っておる。お前が教えたのは技術じゃなく、教え合う空気だ」
「大げさだ。壁を積めって言っただけだぞ」
「大げさなもんか。——儂の弟子たち、ここに置いてっていいか。一ヶ月くらい」
「飯代は帝国持ちだ」
「当然だ。——あとコーヒーを出してくれ。あれはうまい」
じいさんがコーヒーを褒めた。——まあ、分かる奴には分かるんだ。
夕飯はでかい鍋で現場汁を作った。イノシシの肉と野菜を煮込んだもの、三十人分。帝国の弟子が一口飲んで「何だこれうめえ!!」と叫んだ。だろうな。
風呂は順番待ちだ。三十人を学院の風呂に入れると二時間かかる。カーラが仕切ってるが、帝国の弟子が「こんなでかい風呂初めて見た!!」と騒いでて回転が悪い。浸かりすぎだ。出ろ。
まあいい。風呂は長く入ってもいい。疲れが取れるなら。
ガルドが帝国の弟子に囲まれてた。「ガルドさんの拳すげえ!!」「壁を壊す力ってどうやって鍛えるんだ!!」「腕相撲しようぜ!!」。ガルドの耳がぴんと立ってる。褒められて嬉しいんだろうが——お前の仕事は壁を壊すことじゃなくて建てることだぞ。
トルテは横で「ガルドさんに勝てる人いないよ」と自慢してる。お前が自慢することじゃねえだろ。
コーヒーを飲んだ。膝が痛え。今日は一日中立って見てただけなのに。見てるだけの方が疲れるのは何でだろうな。手を動かしてる方が楽だ。体質か年齢か——年齢のことは考えないことにした。




