親方、建物を持ち上げる
アルヴェインから帰ってきた。
五つの現場は全部完了。ユーリがカイザの橋脚を直し、メルダがエルフの堰堤を復旧し、ルッカがドワーフのボルトを打ち、セオが水路を引いた。俺がやったのはアルヴェインの支承交換だけ。
報告を全部聞いて、問題なし。——コーヒーがうまい。
だが一つ、引っかかってることがある。
地震で壊れなかったのはテツの建物——免震支承入りの新しい建物だけだ。古い建物は控え壁で何とか持たせたが、あれは応急処置でしかねえ。次にでかい地震が来たら、控え壁だけじゃ持たねえ建物がまだある。
根本的な対策は免震だ。だが、古い建物を全部壊して建て直すなんざ何年かかるか分からねえ。住んでる人間を追い出すわけにもいかねえ。
——建物を壊さずに、免震にする方法がある。
アルヴェインでナディアの支承を交換した時に思いついた。建物を持ち上げて、基礎と上部構造の間に免震支承を差し込む。免震改修だ。
* * *
アレクシス王子に提案した。
「王都の主要建物を、壊さずに免震化する」
「壊さずに? それは可能なのか」
「建物を持ち上げて、基礎の上に免震支承を入れる。——建物は生きたまま、免震構造に変わる」
「建物を持ち上げる……!?」
「でかい建物は無理だ。だが、下町の長屋や商店くらいのサイズなら持ち上がる。王都で免震が入ってない建物のうち、重要度が高いものから順にやっていく」
「棟方殿。それは——何棟できる」
「セオ、リストは」
セオが帳簿を開いた。
「王都の免震未導入の重要建物は四十三棟です。うち長屋が二十八棟、商店が九棟、公共施設が六棟。——優先度と構造から判断して、免震改修が可能なのは三十五棟です」
「三十五棟を、順にやる。一棟あたり二日。学院の学生と卒業生を総動員すれば、二ヶ月で全部終わる」
「二ヶ月で三十五棟!?」
「やる。——まず一棟目を実演する。場所はマルタさんの長屋だ」
* * *
マルタさんの長屋。三年前に壁を直した建物。基礎は八十センチ掘ってあるから地震で傾かなかったが、免震支承は入ってねえ。次の大地震では壁にヒビが入る可能性がある。
「マルタさん。あんたの長屋に免震を入れる。建物を持ち上げて、支承を差し込む」
「持ち上げる!? うちの長屋を!? 住んでるのに!?」
「住んだまま持ち上げる。荷物も出さなくていい。——ただし、持ち上げてる間は揺れるから、棚の上のもんは降ろしといてくれ」
「あんた本気かい!?」
「本気だ」
学生とガルドを集めた。ユーリ、メルダ、セオ、トルテ。卒業生と在校生の混成チーム。
「手順を説明する。一つ、建物の四隅と中央に穴を掘って基礎を露出させる。二つ、基礎と壁の間に楔とテコを仕込む。三つ、全箇所同時にテコを操作して、建物を一ミリずつ持ち上げる。四つ、持ち上がった隙間に免震支承を滑り込ませる。五つ、テコを外して建物を支承の上に降ろす。——以上」
「一ミリずつ……! ずれたらどうなるんですか!」
「壁にヒビが入る。だからずれさせない。——全箇所を同時に、同じ速さで持ち上げる。声を掛け合って合わせろ」
基礎を掘った。長屋の四隅と中央、計五箇所。基礎の石の上に壁がのっかってる。この間に楔を打って隙間を作り、テコの丸太を差し込む。
ルッカが免震支承を五基鍛造してきた。鉄板二枚の間に分厚い革を挟んだ構造だ。方舟の支承を長屋サイズに縮めたもんだ。
「全員、持ち場につけ。——ガルドとトルテは一番と二番。ユーリとメルダは三番と四番。五番は俺がやる。エルノが全体の高さを監視する。一ミリでもずれたら止めろ」
「はい!」
「リル。建物の中の壁の応力を精霊で監視してくれ。ヒビが入りそうだったら即報告だ」
「はい! ノームとウンディーネに頼みます!」
「行くぞ。——せーの、上げ!」
五本のテコが同時に動いた。
ぎ、ぎぎぎぎ……。
長屋が——持ち上がった。
「上がってるぞ!! 建物が上がってる!!」
マルタさんが目を丸くしてる。近所の住民が集まってきてる。下町の通り全体から人が出てきてる。
「嘘だろ!? 家が浮いてるぞ!?」
「棟方の親方が長屋を持ち上げてる!!」
「中に人が住んでるのに!?」
「マルタさーん! 大丈夫かーい!?」
「大丈夫だよ!! ちょっと揺れるだけだ!! ——あっ、棚の皿が!!」
「降ろしとけって言っただろ!!」
五ミリ上がった。十ミリ上がった。エルノが五箇所の高さを同時に監視してる。リルが壁の内部を精霊で診てる。
「壁の応力、異常なし! ヒビの兆候ありません!」
「全箇所均一です! 誤差〇・五ミリ以内! ——続けてください!」
二十ミリ。三十ミリ。免震支承の厚さ分——五十ミリまで上げる。
「五十ミリ! 停止!!」
全員が止めた。長屋が五センチ浮いてる。基礎と壁の間に五センチの隙間が見えてる。
「すげえ……!! 家が浮いてる……!! 五センチの隙間から向こう側が見える……!!」
「あの隙間に何を入れるんだ!?」
「支承を入れろ!」
ルッカが免震支承を五基、隙間に滑り込ませた。鉄と革の支承が基礎の上に座る。
「テコを抜け!」
テコを引き抜いた。建物がゆっくり降りて、免震支承の上に座った。
——完了。
マルタさんの長屋が、免震構造になった。建物を一度も壊さず、住人を追い出さず、中の荷物もそのまま。持ち上げて、支承を入れて、降ろした。それだけ。
「マルタさん。壁を押してみてくれ」
マルタさんが恐る恐る壁を押した。
長屋がすっ、と横に滑って、すっ、と戻った。
「動いた!! うちの家が!! 地震の時にこう動くのかい!?」
「そうだ。揺れを受け流す。壁に力が伝わらねえから、ヒビも入らねえ」
「すごいよ!! あんたすごいよ棟方さん!! うちの家が最新式になっちまった!!」
近所の住民が押し寄せてきた。
「うちもやってくれ!!」
「俺んとこも!!」
「順番だ!! セオ、リストの順にやる! スケジュールを組め!」
「はい! ——二棟目は明後日です! 三棟目は——」
* * *
初日で一棟完了。手順が確立できた。
二棟目からはユーリのチームに任せた。手順は全部見せた。楔の位置、テコの角度、持ち上げ速度の合わせ方。全部伝えた。
「ユーリ。二棟目からお前がやれ」
「……はい。——やります」
「一ミリずれたら止めろ。止めて確認して、原因を直してから再開。急ぐな」
「分かりました」
二棟目。ユーリのチームが持ち上げた。俺は見てるだけだ。
——持ち上がった。支承が入った。降りた。完了。
壁にヒビなし。全箇所の高さの誤差は〇・八ミリ。合格だ。
「よし。——三棟目はメルダのチーム。四棟目はセオのチーム。五棟目は二期生だけでやらせてみろ。ガルド、お前は各チームを回って安全を確認しろ」
「おう!! 任せろ!!」
「セオ。三十五棟分のスケジュールと支承の発注を管理しろ。ルッカの鍛造ペースに合わせて工程を組め」
「はい。——一日おきに一棟。支承は五基ずつ。ルッカ殿、鍛造は間に合いますか」
「二日で五基なら余裕です。——十基まで行けますけど」
「念のため予備を含めて七基でお願いします。余った分はストックに」
セオとルッカが勝手に段取りを組み始めた。こいつらに任せとけば止まらねえ。
二ヶ月で三十五棟。一日おきに一棟ずつ。王都の下町が、一棟ずつ免震に変わっていく。
住民が自分の家に住んだまま。荷物もそのまま。生活を止めずに建物だけが強くなる。
ミーナが長屋の前に立ってた。
「棟方。建ノ民は古い建物を壊して新しく建てました。——あなたは古い建物を活かしたまま強くしている」
「壊すのは最後の手段だ。建物にはそこに住んでた奴の時間が詰まってる。壊していいもんじゃねえ」
「……建ノ民の長に、あなたの言葉を聞かせたかった」
マルタさんが茶を持ってきた。
「棟方さん、お弟子さんたちにも。——ありがとうね。うちの家、あんたに会ってからずっと守ってもらってるよ」
「壁を直しただけだ。今回は持ち上げただけだ。——大したことじゃねえ」
「大したことだよ。——あんた、最初に来た時もそう言ったね。『壁を直しただけだ』って。あの時はあんた一人だったのに、今はこんなに仲間がいる」
「仲間っていうか弟子っていうか——」
「どっちでもいいよ。あんたが連れてきたんだから、みんないい顔してるよ」
……覚えてやがるのか。全部。
ユーリたちが茶菓子を食いながら笑ってる。マルタさんが追加のパンを焼きに戻っていった。差し入れだ。いい仕事をすると飯が来る。
コーヒーを飲んだ。マルタさんの茶菓子がうまい。




