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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第四部 礎の親方

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親方、休みを取らされる


 カーラに怒られた。


「あんた、最後に丸一日休んだのいつさ?」


「……覚えてねえ」


「覚えてないくらい前ってことでしょ。——今日は休み。現場に出るの禁止」


「お、おい!」


「ダメ、禁止。ガルドにも言ってある。親方が現場に来たら追い返せって」


「俺の現場で俺を追い返すのか?」


「そうよ」


 朝のコーヒーを飲みながら、空を見た。よく晴れてやがる。現場日和だ。こんな日に休むなんざ勿体ねえ。コンクリートの乾きが最高にいい天気なのに。


 だが、カーラの目が本気だった。あの目で「駄目」って言われると、ドラゴンより怖え。



    * * *



 仕方がねえから市場をぶらつくことにした。


 買い物なんざ普段しねえ。資材の調達はセオがやってくれるし、食い物はカーラが仕切ってる。俺が市場に来るのは、下手すりゃ半年ぶりだ。


 歩いてすぐ気づいた。市場の通路の敷石が一枚浮いてる。歩くたびにカタカタ鳴る。下の砂が流れて空洞ができてるんだ。いずれ石がひっくり返って誰か転ぶ。


 ……直してえ。


 だが今日は休みだ。我慢しろ。


 八百屋の前を通った。店の柱が微妙に傾いてる。二度。いや三度。仕口が甘いんだ。ほぞ穴が緩くて、荷重で広がってる。楔を一本打ちゃ直るんだが。


 ……我慢しろ。


 魚屋の排水溝を見た。勾配が逆だ。水が溜まってる。臭え。排水口の位置を五センチずらすだけで——


 我慢できなかった。


「おっちゃん。この排水、勾配が逆だぞ。水が流れてねえ」


「ああ!? 誰だお前——って、棟方の親方!? 何でこんなとこに!?」


「休みだ」


「休みの日に排水溝見るのか!?」


「まあ……癖みてえなもんだ」


 排水口の石を一個動かした。五センチ下げただけだ。溜まってた水がさーっと流れ出した。魚の臭いが引いていく。


「おおっ!! 流れた!! 石を一個動かしただけで!?」


「水は高い方から低い方に流れる。出口が入口より高かったら溜まるに決まってるだろ」


「すげえ! 親方、うちの店もうちょい見てくんねえか!?」


「休みなんだが……」


「頼むよ! カウンターの柱がぐらぐらするんだ!」


 見た。仕口が緩い。ほぞ穴に楔を一本叩き込んだ。ぐらつきが消えた。三十秒の仕事。


「直った!! 半年ぐらぐらしてたのが!!」


 楔一本だぞ。半年も放置すんなよ。



    * * *



 市場を歩くたびに捕まった。


 パン屋の(かまど)の煙突が詰まってた。煤が溜まって吸いが悪い。棒で突いて落とした。黒い塊がぼとぼと落ちてきて、竈の火がぼうっと勢いを増した。パン屋のおばちゃんが「火の通りが全然違う!!」と叫んでた。煤掃除しろ、定期的に。半年に一回でいいから。煙突ってのは放っておくと煤が溜まって、最悪火事になる。あんたのパンがうまいのは知ってるが、煙突の面倒くらい見てくれ。


 鍛冶屋の床が傾いてた。金床がずれて打ちにくいらしい。入った瞬間に分かった。金床の脚が床に均等に接地してねえ。鍛冶師が毎日ここでハンマーを振ってるのに、足元のずれに気づいてねえってのは逆にすげえ。基礎石の下に薄い石板を一枚噛ませて水平を出した。「打ちやすくなった!!」。だろうな。水平じゃない床で鍛冶やるの、腰にも悪いぞ。


 仕立屋の雨漏り。屋根に登ったら瓦が三枚ずれてた。瓦の下に枯れ葉が詰まって、瓦を押し上げてた。葉っぱを掻き出して瓦を戻した。「三年漏ってたの!!」。梯子があれば五分で直せたのに三年放置すんなよ。雨漏りは放っておくと壁の中に水が入って、柱を腐らせる。


 靴屋の壁にヒビ。地震のやつだ。幅二ミリくらい。構造に影響はねえが、ここから雨水が入る。モルタルを練って詰めた。靴屋のおやじが「地震からずっと怖かったんだ!!」と涙ぐんでた。怖かったら連絡くれよ。何のためにご安全にって挨拶を広めたと思ってんだ。


 気がつくと昼過ぎだった。七軒直した。腹が減った。腰も痛え。休みの日に腰が痛くなるってどういうことだ。


 飯屋に入った。


 席について、天井を見た。


 (はり)が一本、反ってる。荷重が偏ってるんだ。上に重いもんが乗ってるか、仕口が片方だけ効いてないか。放置すると梁が折れる。


「……」


「お客さん、何にします」


「飯。あと、あの(はり)な」


(はり)?」


「反ってる。上に何か重いもん置いてねえか」


「あー……二階に本棚があるんだけど。嫁が本好きで、山ほど積んでて——」


「本棚を南側に動かせ。今は北の壁際に寄ってるだろ。梁の真ん中に荷重が集中してるから反るんだ。南側に動かせば壁が荷重を受けるから、(はり)が楽になる」


「……動かすだけでいいんですか?」


「動かすだけでいい。——ちなみに本棚は何冊くらい入ってる」


「二百冊くらい。嫁が集めてて——」


「二百冊はでかいな。本ってのは見た目より重い。木の棚に二百冊載せたら、大人三人分くらいの重さになる。それが梁の真ん中に乗ってりゃ、そりゃ反る」


「大人三人分!? 本ってそんなに重いのか!?」


「紙と革の塊だからな。——まあ、南側に動かしときゃ当面は大丈夫だ。心配なら(はり)の下に柱を一本足してもいい。学院の学生に頼みゃやってくれるぞ」


「頼みます!! ——あ、お代いらないですよ親方!」


「いらねえわけねえだろ。飯の代金と修繕は別だ。——ちゃんと払う」


 飯が来た。穀物飯と汁物と焼き魚。魚の焼き加減がいい。皮がぱりっとしてて身はふわっとしてる。——竈の火加減が上手い証拠だ。飯を作る腕はあるのに(はり)の修理は三年放置ってのは、まあそういうもんだろう。自分の専門外のことは後回しになる。だから専門家がいる。


 マルタさんの顔が浮かんだ。あの人も最初は壁のヒビを何ヶ月も放置してた。俺が来て「直すぞ」って言うまで、どうしていいか分からなかった。——小さい困りごとこそ、声に出してもらう仕組みがいる。


 飯屋を出たら、外にマルタさんがいた。噂をすれば何とやらだ。


「ムナカタさん、今日は休みじゃなかったのかい」


「休みだ」


「市場中であんたが直して回ってるって噂になってるよ。——休めてないじゃないか」


「……俺も困ってる」


「困ってるって。自分で直しに行ってるくせに」


 何も言えねえ。



    * * *



 学院に帰ったら、カーラが腕を組んで待ってた。


「テツ。今日何してた」


「休んでた」


「嘘つかないで。市場で七軒直して回ったって、ガルドが報告してきたわよ」


「直したんじゃねえ。散歩してたら目についただけだ」


「それを『直した』って言うの。——あんた、ほんっとに休めない人ね」


 カーラがため息をついた。だが怒ってる顔じゃねえ。呆れてるが笑ってる。


「明日も休みにしようか」


「勘弁してくれ。休みの方が疲れる」


「なんでよ」


「気になるもんを直さないでいるのが辛えんだ。傾いた柱を見て知らんぷりできるか。水が溜まった排水溝を素通りできるか。——できねえよ。土方だからな」


「……あんたらしいわね」


 ガルドがコーヒーを持ってきた。


「親方。休みの日にこんだけ働くなら、普通の日と何が違うんだ」


「普通の日はでかい仕事をする。休みの日は小さい仕事をする。——それだけだ」


「それ休みじゃねえだろ」


「いいんだよ。小さい仕事の方が楽しいこともある。排水溝の石を五センチ動かすだけで、魚屋の前が臭くなくなる。楔を一本打つだけで、柱が真っ直ぐになる。でかい仕事にはでかい達成感があるが、小さい仕事には——なんつうか、手触りがある」


「手触りか。——分かる気がする」


「お前も休みの日に街を歩いてみろ。気づくことがある」


「……今度やってみるわ」


 風呂に入った。今日一日で七軒直した。全部小さい仕事だ。石を動かす、楔を打つ、煤を落とす、瓦を直す。どれも三十分もかからねえ。


 だが市場の住民は半年も三年も困ってた。プロが三十秒で終わることを、素人は何年も放置する。「連絡くれりゃ直すのに」と思うが、連絡するほどのことじゃないと思ってるんだ。小さすぎて。


 ——学院の二期生に、市場の巡回をやらせるか。月に一回、学生が市場を歩いて、小さい困りごとを見つけて直す。実習にもなるし、街との繋がりにもなる。差し入れも増えるだろう。住民も「こんなことで頼んでいいのか」と悩まなくて済む。向こうから見に来るんだから。


 ガルドが風呂の順番待ちしてた。


「親方。休みの日の方が楽しそうだったぞ」


「楽しくはねえ。——いや、ちょっと楽しかったかもな」


「素直じゃん」


「うるせえ。湯加減はどうだ」


「最高」


 コーヒーを飲んだ。休みの日のコーヒーは、いつもよりちょっとだけ苦い。——いや、ちょっとだけ甘いか。分からねえ。疲れてるんだ。


 明日からまた仕事だ。腰が痛え。四七歳の腰は、休みの日でも容赦しねえ。


 朝の体操、もうちょい念入りにやるか。


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