親方、五つの現場を同時に回す
ある朝、精霊の交信が五件同時に来た。
リルが目を回してる。
「親方さん、全部同時です! どれから——」
「全部聞け。順番に」
一件目。帝国南部カイザ。地震の余震で街道の橋脚にヒビ。ヴァルターから。「補修が要る。石工だけじゃ判断がつかん」
二件目。エルフの森。砂防堰堤の排水口に土砂が溜まって機能低下。フィーアから。「水が溢れそうです」
三件目。ドワーフの地下都市。地震で新たなロックボルトの追加が必要な区画が見つかった。ドルクから。「ルッカの鍛造技術がいる」
四件目。王都東部の村。井戸が枯れた。ケルンと同じ症状。村長から。「棟方殿のところの水路を引いてほしい」
五件目。アルヴェインのナディア。方舟の免震支承の一つに劣化が見つかった。「交換の手順が分からない」
五件。全部同時。全部緊急。
「……勘弁してくれ」
だが——全部に俺が行く必要があるか。
答えは、ない。
* * *
学院の大講堂に全員を集めた。棟方組、卒業生、セオ、ミーナ。
「今から五つの現場に人を出す。俺は一つしか行けねえ。残りの四つは、お前らが行く」
静まり返った。
「ユーリ。カイザの橋脚補修。お前はカイザの地盤を知ってる。ヴァルターと組んでヒビの原因を特定して、補修しろ」
「——はい」
迷いなく頷いた。
「メルダ。エルフの森の砂防堰堤。排水口の土砂除去と再設計。フィーアと連携しろ。段取りはお前の得意だろう」
「任せてください。——資材リストは移動中に作ります」
「ルッカ。ドワーフの地下都市。ロックボルトの追加鍛造と打ち込み。ドルク殿と組め」
「はい。——伯父さんのところですね。腕は鳴ります」
「セオ。王都東部の井戸枯れ。ケルンで俺がやった水路をお前が設計しろ。測量はエルノに頼め。施工は学院の二期生に実習としてやらせろ」
「わ、私がですか!? 現場の指揮は——」
「お前にはエルノがつく。判断に迷ったらエルノに訊け。——だが段取りはお前の仕事だ。数字を活かせ」
セオが唾を飲んだ。それから背筋を伸ばした。
「やります」
「よし。——で、俺はアルヴェインに行く。免震支承の交換は俺しかできねえ」
ガルドが訊いた。
「親方。俺はどこに行く」
「お前はここに残れ。学院の留守番だ」
「また留守番かよ!!」
「学院に親方が一人もいなくなったらまずいだろ。——トルテと二期生の面倒を見ろ」
「……おう」
ガルドの耳が垂れた。だがこいつは留守番の時に自分の教え方を見つけた。二回目の留守番は、もっとうまくやるだろう。
「全員、出発は明日の朝。——今日中に準備しろ。それぞれの現場に必要な資材と道具をリストアップして、セオに報告。セオが全体を調整する」
「「はい!!」」
全員が行った。メルダは即座にメモを書き始めて、ルッカは工具箱を開けて、ユーリはカイザの地盤データをエルノに確認してる。セオは全員のリストを集めて重複を削ってる。
勝手に動いてる。指示待ちの奴が一人もいねえ。
ガルドが隣に来た。
「親方。あいつら、もう一人前だな」
「一人前かどうかは、現場が終わってから判断する」
「……でも嬉しそうだぞ、親方」
「うるせえ。準備を手伝え」
ミーナが学院の柱に寄りかかってこっちを見てた。
「棟方。一人の体を五つに分けることはできません。でも一人の技術を五人に渡すことはできる。——あなたがやったのは、そういうことですね」
「大げさだ。仕事を振っただけだ」
「仕事を振れる人間がいなかったから、建ノ民は滅んだんです。——大げさではありません」
* * *
翌朝。朝の体操。ご安全に。
五方向にそれぞれ行った。
俺はカーラとリルを連れてアルヴェインに向かった。船で二週間——いや、街道のおかげで港まで三日。そっからは船だ。
移動中も精霊の交信で各現場の状況が入ってくる。リルが中継してくれる。
三日目。ユーリから。
『カイザの橋脚、確認しました。ヒビは表面だけです。構造には影響していません。モルタルで埋めて、橋脚の根元に根固めブロックを追加しました。——ヴァルターさんが「お前は筋がいい」って言ってくれました』
ヴァルターに褒められたか。あの爺さんが褒めるのは滅多にねえ。
四日目。メルダから。
『砂防堰堤の排水口、土砂を除去しました。原因は上流の斜面から流れてきた枝と葉っぱです。排水口に格子を付けて、今後は詰まらないようにしました。——フィーアさんが「テツ殿の弟子は段取りが早い」って褒めてくれました』
格子を付けた。街道の排水口にルッカが付けたのと同じ対策を、自分で思いついてる。
五日目。ルッカから。
『ロックボルト三十二本、追加鍛造完了。打ち込みも完了しました。——伯父さんと一緒に鉄を打てて嬉しかったです』
ルッカが嬉しいって言うのは珍しい。ドルクとの時間が大事なんだろう。
六日目。セオから。
『水路の測量が完了しました。エルノ殿の指導で二期生が測量を実施。勾配は千分の三。——施工は明日から開始します。二期生の手つきがまだ荒いですが、突き棒の音は悪くないです。あと、村長さんが差し入れにパンを持ってきてくれました』
「音は悪くない」。セオが突き棒の音で品質を判断してやがる。現場を見ろと言い続けた甲斐がある。差し入れが来たってことは、村に受け入れられてるってことだ。
七日目。全四現場の第一報が出揃った。全部問題なく進んでる。死者ゼロ。追加の事故もなし。
カーラが横で聞いてた。
「テツ。全部うまくいってるじゃない」
「うまくいくように教えたんだ」
「あんたがいなくても回るって、ちょっと寂しくない?」
「寂しいわけねえだろ。——楽になるだけだ」
「嘘つき」
うるせえ。
* * *
アルヴェインに着いた。ナディアが港で待ってた。
「テツ先生!! 来てくれたんですね!!」
「先生じゃねえ。——免震支承はどこだ」
「方舟の北棟です。支承の三番が劣化してて——」
「見せろ」
方舟のシェルター都市。二年前に全員で建てた巨大な免震構造物だ。百二十四基の免震支承が建物を支えてる。
三番支承を確認した。革の層がすり減って、鉄板が直接接触してる。このままだと免震が効かなくなる。
「革を交換する。——ナディア、こっちの革で代用品を作れるか」
「アルヴェイン産の厚革があります。前に使ったのと同じ品質です」
「よし。やり方を見せる。一回見たら、次から自分でやれ」
「はい!!」
支承の交換を実演した。建物をジャッキで一ミリ持ち上げて、古い支承を引き抜いて、新しい支承を滑り込ませる。繊細な作業だが、手順さえ覚えれば一人でできる。
ナディアが食い入るように見てる。手順をメモしてる。ユーリと同じタイプだ。
「ジャッキの位置は支承の真上。ずれると建物が傾く。——エルノがいれば水準器で確認できるが、いない場合は糸を垂らして鉛直を見ろ」
「糸で鉛直……! それなら道具がなくてもできますね!!」
「そういうことだ。特殊な道具がなくても、原理を知ってりゃ代用できる」
支承が入った。ジャッキを降ろす。建物が新しい支承の上に座った。
「ナディア、建物を揺すってみろ」
「揺する!? こ、この建物をですか!?」
「壁を押せ。滑るかどうか確認する」
ナディアが壁を押した。建物がわずかに滑って、戻った。免震が効いてる。
「動いた!! 新しい支承、ちゃんと動いてます!!」
「合格だ。——この手順を仕様書に追加しろ。支承の点検は年に一回。革がすり減ってたら交換。次からお前がやれ」
「はい!! ——テツ先生、ありがとうございます!!」
「先生じゃねえっつってるだろ」
方舟の周りにアルヴェインの住民が集まってた。
「棟方の親方が来てくれたぞ!!」
「支承の交換!? あの免震装置を直してくれたのか!!」
「これでまた安心だ!! 大陸竜が来ても方舟が守ってくれる!!」
「親方ーーーっ!! ありがとうーーーっ!!」
……ここでも「親方」って呼ばれてる。名乗った覚えはねえんだが、もう大陸中に広まってるらしい。勘弁してくれ。
帰りの船の上でコーヒーを飲んだ。
五つの現場が、五人の手で回った。俺がやったのはアルヴェインの一つだけ。残りの四つは、俺がいなくても完了した。
ミーナが船の舳先に座ってた。
「棟方。建ノ民の長は、全てを一人でやろうとしました」
「一人じゃ五つは回せねえ」
「はい。だから、一つしか守れなくて、残りの四つが壊れました。——あなたは五つ全部守りました」
「俺が守ったんじゃねえ。あいつらが守ったんだ」
「あいつらを育てたのは、あなたです」
「……うるせえぞ、嬢ちゃん」
ミーナが気さくに小さく笑ってる。千年待った記録体のくせに、笑い方だけはガキだ。
王都に帰ったら、五つの現場報告を全部聞く。問題があれば修正する。問題がなけりゃ——
コーヒーを飲んで、次の仕事に取りかかるだけだ。




