親方、土だけで壁を建てる
地震の復興が一段落して、新しい依頼が増えてきた。
今度はレグニカ西部の山村ラウフ。村の集会所が老朽化で倒壊寸前だって話だ。地震の被害じゃねえ、元々ボロかったのが限界に来たらしい。
問題は——この村には石がねえ。
平野部の真ん中にある農村で、周囲に採石場がない。コンクリートの材料になる砕石も砂利もない。レンガを焼く窯もねえ。あるのは畑と、土と、木だけ。
「石がない場合はどうするんですか?」
ユーリが訊いてきた。ラウフに向かう馬車の中だ。
「石がなけりゃ、土で建てる」
「土で……壁を?」
「版築って工法がある。型枠の中に土を入れて、突き棒で叩いて固める。層にして積み上げていくと、石みてえに硬い壁ができる」
「突き棒で土を……。基礎の突き固めと同じですか」
「同じだ。突いて固める。土方の基本中の基本だ。——ただし、土の配合が鍵だ。何でもいいわけじゃねえ」
ミーナが馬車の隅に座ってた。小さい体で揺れに耐えてる。
「棟方。版築は建ノ民も使っていました。乾燥地帯の都市は全て版築でした」
「配合は?」
「砂七、粘土三。水はほんの少し。握って固まるけれど、指で押すと崩れる程度の湿り気だ」
砂七、粘土三。日本の版築のセオリーとほぼ同じだ。千年前の連中も同じ答えにたどり着いてる。
* * *
ラウフ村。百五十人の農村。村長が出迎えてくれた。
「棟方殿! ようこそ! ——ただ、うちには石も煉瓦もございませんで……。建て直すと言っても材料が……」
「材料はそこにある」
畑の横の土手を指した。
「あの土を使う。石はいらねえ」
「土で……家を!?」
「見てろ」
まず土を調べた。掘って、握って、指で潰す。砂と粘土の混ざり具合。水の含み方。
「ルッカ、この土はどうだ」
ルッカが土を舐めた。村人がぎょっとしてる。
「砂が六割。粘土が三割。残りは小石です。——砂をもう少し足せば、版築に使えます」
「川砂を混ぜる。川はどこだ」
「村の南に小川があります!」
「よし。——川砂を運んでこい」
村人を動員した。川から砂を運ぶ。畑の土と混ぜて、配合を調整する。ミーナが言った砂七粘土三に近づける。
型枠を組んだ。木の板を向かい合わせに立てて、間に土を入れる。幅が壁の厚さになる。三十センチ。
「全員見ろ。これから土を突く。一回に入れる土の量は十センチ。入れたら突き棒で五十回突く。突いたら次の十センチ。これを繰り返す」
土を入れた。突いた。ドンドンドン。
五十回突くと、十センチの土が七センチに縮む。三割も圧縮される。ふかふかだった土が、硬い層になる。
「触ってみろ」
ユーリが突き固めた層を触った。
「……硬い!! 石みたいだ!!」
「これが版築だ。土を突いて石にする。——もう一層」
十センチ入れる。突く。また七センチに縮む。前の層の上に新しい層が重なっていく。地層みてえな縞模様ができる。
「型枠を上に伸ばせ。壁の高さまで繰り返す」
村人も手伝い始めた。突き棒は木の棒があれば作れる。特殊な道具はいらねえ。
「俺たちにもできるぞ!! 突くだけだ!!」
「力仕事なら任せろ!! 毎日畑を耕してるんだ!!」
農民の突き棒さばきが意外とうまい。毎日土を耕してる腕だ。突き固めと耕作は動きが似てる。
ガルドが農民に手本を見せてる。「腰で落とせ。腕で振るな」。学院と同じ台詞だ。トルテが型枠の板を支えてる。メルダが突く回数を数えてる。「四十八、四十九、五十! 次の層!」。
セオが土の配合を管理してた。
「砂が足りません。川砂をもう二十杯追加してください」
「了解! おーい、川砂もう二十杯だ!!」
村の男たちが桶を持って川に走っていく。全員が動いてる。建てる人間と資材を運ぶ人間と配合を管理する人間。小さな村が一つの現場になってる。
「棟方殿! この土は配合が違いませんか? 赤っぽいんですが!」
村長が訊いてきた。目がいい。
「場所によって土の色が変わる。赤いのは鉄分が多い土だ。——混ぜていい。色の違いが壁の模様になる」
「模様!? 壁に模様が出るのか!?」
「出る。天然の縞模様だ。——世界に一つだけの壁になる」
「すげえ……!!」
ミーナが横から口を出した。
「棟方。各層の間に石灰を薄く撒くと、層同士の接着が強くなります」
「石灰はあるか」
「この辺の土手に白い石が混じってる。あれは石灰岩」
ルッカが確認した。「石灰岩です。焼けば生石灰になります」
「焼け。——ミーナ、千年前の知恵が役に立つな」
「役に立たなかったら千年待った意味がありません」
石灰を各層に薄く撒きながら突き固めた。層と層が化学的に結合して、壁全体が一枚岩みてえになっていく。
* * *
三日で壁が立ち上がった。
高さ三メートル。厚さ三十センチ。四面の壁が組み上がってる。最後に型枠を外す。
「外すぞ」
板を一枚ずつ剥がした。
——縞模様が出た。
土の層が一段ずつ色が違う。上の方は砂が多くて薄い茶色。下の方は粘土が多くて赤みがかってる。鉄分の多い土を混ぜた層が焦げ茶色の帯になってる。天然の縞模様が壁の表面に浮かんでる。
「きれい……!!」
村の女が声を上げた。
「土の壁がこんなにきれいなの!?」
「うちの畑の土がこんな模様になるなんて……!!」
「しかも硬い!! 叩いても全然響かない!!」
「これが……土だけ……? 信じられねえ……!」
「石より頑丈じゃないか!?」
ガルドが壁を殴った。五割。
——びくともしねえ。
「っっっ!! 硬え!! 石のブロック壁並みだぞこれ!!」
「ガルドさんの拳に耐えた!! 土なのに!!」
「土を突いて石にする。——石がない場所でも、足元の土で建物が建てられる。これが版築だ」
「すげえ!! うちの村でもできるのか!?」
「突き棒と型枠の板があればどこでもできる。特殊な材料はいらねえ。——土と腕だけだ」
「土と腕だけ!!」
村長が壁を撫でてた。
「こんな立派な壁が……うちの畑の土から……」
「土は万能だ。足元にある。掘れば出てくる。金も要らねえ。——金がない村でも、腕があれば家が建つ」
集会所を版築の壁+木造トラス屋根で仕上げた。柱も梁も地元の木。基礎だけは石灰パイルで地盤改良した。コンクリートは一切使ってねえ。
村にあるもの——だけで、建物を一棟建てた。
「親方」
カーラが来てた。いつの間に。
「あんた何してるの」
「見てれば分かるだろ。集会所を建てた」
「集会所に風呂は——」
「ねえよ」
「じゃあ作って」
「……集会所の裏に五右衛門風呂を一つ据えるか」
「やった」
勘弁してくれ。——だが、版築の壁に囲まれた風呂ってのは悪くねえかもしれねえ。土の壁は蓄熱性が高い。冬でも壁がじんわり温かくなる。風呂との相性は——
「……意外と合うかもな」
「でしょ?」
カーラ、お前の風呂に対する勘は何なんだ。
ミーナが版築の壁を触ってた。
「この壁は千年持ちますか」
「持つかどうかは、直す奴がいるかどうかだ。——村長、この壁の手入れの仕方を教えとく。ヒビが入ったら同じ配合の土を詰めて突け。それだけでいい」
「それだけでいいんですか!?」
「それだけだ。土の壁は土で直す。——簡単だろ」
「簡単だ!! うちの村でもできる!!」
ミーナが小さく笑った。
「直す方法を教えるんですね。——建ノ民は、直す方法を教えませんでした」
「教えなきゃ伝わらねえ。伝わらなきゃ廃れる。お前の先輩たちが証明しただろ」
「……はい。証明しました。——痛いほど」
帰り道。ユーリがメモしてた。
「棟方さん。版築なら、どんな貧しい村でも建物が建てられるってことですよね」
「金も石もいらねえ。土と腕だけだ。——お前、学院の授業に版築を入れろ。二期生に教える。金のない場所でも使える技術を、全員に叩き込む」
「はい!」
ユーリがメモ帳を閉じた。
「版築、コンクリート、レンガ、木造。全部使える場所が違う。石がある場所はコンクリート。粘土がある場所はレンガ。木がある場所は木造。土しかない場所は版築。——素材に合わせて工法を選ぶ。選べるようになるには、全部知ってなきゃいけねえ」
「だから学院で全部教えるんですね」
「そういうことだ」
メルダが横から「仕様書に版築の配合比率を追加します。セオさん、データを」と言ってる。セオが「砂七粘土三、石灰層は五ミリごと、突き回数は十センチあたり五十回」と数字を読み上げてる。仕組みが回り始めてる。
土方の仕事は、でかいダムや長い街道だけじゃねえ。足元の土を突いて、目の前の一軒を建てる。——それが原点だ。




