親方、山が滑るのを止める
ミーナを連れて学院に戻った翌日、緊急の連絡が入った。
王都の北、ヴァイス村。地震で山の斜面が緩んで、じわじわと滑り始めてる。村の裏山だ。このまま放っておくと、山の斜面がごっそり崩れて村を埋める。
「リル、どのくらいの速さで動いてる」
「ノームが言ってます。一日に三センチくらい。でも雨が降ったら一気に来るかもしれないって……」
一日三センチ。猶予はあるが、次の雨で終わる。
「行くぞ。全員」
* * *
ヴァイス村。裏山の斜面に亀裂が走ってた。幅二センチ。地面がゆっくり下にずれてる。滑り面は——
「リル、滑ってる層の深さは」
「地表から二メートルくらいです。粘土の層があって、そこが水を含んで滑ってるって」
粘土層が滑り面になってる。雨水が染み込んで粘土がぬるぬるになると、その上の土が丸ごとずり落ちる。砂防堰堤で止められる規模じゃねえ。斜面の幅が百メートル、長さが五十メートル。でかすぎる。
「コンクリートの壁で止めるか?」と、ガルドが訊いた。
「無理だ。この規模の土圧を正面から受けたら、どんな壁でも持たねえ。——止めるんじゃなく、滑らなくするしかねえ」
「滑らなくする? 山を?」
考えてる時に、ミーナが俺の横に来た。地面を見てる。
「棟方。建ノ民も同じ問題を抱えていました」
「同じ?」
「丘の上に都市を作った時、斜面が滑って建物ごと落ちたことがあります。——わたしたちは、土を編みました」
「土を編む?」
「繊維を土の中に挟みます。薄い布のように。層にして積むと、土が繊維を握って離さなくなる。繊維が入った土は、滑りません」
——補強土だ。ジオグリッド工法。日本でも高速道路の盛土に使う技術だ。知識としては知ってるが、この世界で実際にやったことはねえ。
「繊維って何を使った」
「草を編んだ網です。でも百年くらいで腐ります」
「百年で腐るんじゃ千年は持たねえな。——もっと強い繊維がいる」
エルフの森。フィーアが送ってくれる世界樹の繊維ロープ。あれは腐らねえ。強靭で柔軟で、引っ張り強度は鉄に匹敵する。
「リル! フィーアに精霊の交信を飛ばしてくれ! 世界樹の繊維を至急で! 幅一メートル、長さ五十メートルのシートを十枚!」
「はい!!」
* * *
三日後。エルフの森から繊維シートが届いた。フィーアが直接持ってきてくれた。
「テツ殿。十枚、予備を入れて十二枚持ってきました。——何に使うんですか」
「山を止める」
「山を……?」
「見てろ」
工法を説明した。全員を集めて、斜面の断面図を地面に描いた。
「斜面を階段状に掘り下げる。一段の高さは五十センチ。掘ったらそこに繊維シートを敷く。シートの上に土を戻して突き固める。次の段を掘ってシートを敷く。これを繰り返す。——すると、繊維と土が交互に層になった壁ができる」
「……繊維を挟むだけで山が止まるんですか?」
ユーリが首を傾げた。
「実演する。——ユーリ、土を山盛りにしろ。メルダ、繊維を三十センチ四方に切れ」
土を三十センチの高さに盛った。横から押すと、ずるっと崩れた。
「繊維なしだと崩れる。——次」
繊維シートを十センチ間隔で三枚挟んで、同じ高さに土を盛った。横から押した。
——動かねえ。
「えっ!?」
「押しても崩れない!? 同じ土なのに!?」
「繊維が土の粒子を掴んでる。土が横に動こうとすると、繊維が引っ張り返す。——コンクリートに鉄筋を入れるのと同じだ。弱い素材に強い素材を組み合わせると、両方の長所が出る」
「鉄筋コンクリートの土版……!!」
メルダが目を見開いた。セオが横で計算を始めてる。「繊維一枚あたりの引張強度が分かれば、必要枚数が計算できます……」。こいつは放っとくとすぐ数字に行くな。
「セオ、計算はあとでいい。まず手で触れ。繊維が入った土と入ってない土、手で押した感触の違いを覚えろ」
「は、はい! ——全然違います!! 繊維が入ってる方は手で押しても指が沈まない!!」
「それだ。その違いを手で覚えろ。数字はあとからついてくる」
「親方、これ——いろんな場所に使えませんか!? 道路の盛土とか、堤防とか——」
メルダが食いついてきた。
「使える。だが今はこの山だ。——全員取りかかれ!」
斜面を階段状に掘り始めた。幅百メートル、深さ二メートルの斜面を、五十センチ刻みで四段に分ける。
ガルドとトルテが掘削。でかい二人が斜面を横一直線に掘っていく。掘った面にエルフの繊維シートを敷く。フィーアが繊維の配置を確認してくれてる。
「テツ殿、繊維の端を岩盤に固定した方がいいですね。——ルッカ殿、金具をお願いできますか」
「はい。固定用の鉄杭を打ちます」
ルッカが鉄杭を鍛造して、繊維シートの端を岩盤にピン止めした。シートが引っ張られても抜けねえように。
繊維の上に土を戻す。突き固める。学生とガルドが突き棒を振る。ドンドンドン。石が締まる音。
「突きが甘いぞ! 繊維の上の土は普通の地面より丁寧に突け! 繊維と土が密着しなきゃ意味がねえ!」
トルテが突き棒を振るたびに地面が揺れる。力は十分だが——
「トルテ! 力入れすぎだ! 繊維を突き破るな!」
「ごめんなさい!!」
ガルドが横から手を出して、トルテの突き棒の角度を直した。手で教える。ガルドの教え方だ。
「こう。真下に落とす。斜めに突くとシートが破れる」
「こう……?」
「そうだ。いいぞ」
一段目完了。繊維と土の層がきれいに重なってる。斜面を手で押してみた。固い。繊維が土を掴んでるのが手に伝わる。
二段目。フィーアが繊維シートの重ね方を工夫し始めた。
「テツ殿、シートの端を十センチ重ねて敷いた方がいいです。継ぎ目から土が抜けるのを防げます」
「やれ。お前の判断でいい」
「はい!」
フィーアの繊維加工技術が現場で活きてる。エルフの知恵、ドワーフの金具、テツのコンクリート、古代の工法。四つが重なって一つの壁になる。
三段目。四段目。日が暮れる前に最後の段まで突き固めた。
ミーナが斜面の横で見てた。
「建ノ民は草で編みました。あなたは世界樹の繊維を使い、金具で固定し、突き固めている。——わたしたちより三手多い」
「三手多い分だけ強い。草の網じゃ百年で腐るが、世界樹の繊維と鉄の金具なら——」
「千年持ちますか」
「持たせる」
* * *
五日で補強土壁が完成した。
斜面に四段の階段。各段にエルフの繊維が埋め込まれてる。表面にはコンクリートの薄い保護層を塗って、雨水の浸入を防いだ。排水溝も掘った。
翌日、雨が降った。
村人が裏山を見上げて震えてた。この雨で滑ったら終わりだ。
雨が一日降り続いた。土砂降り。斜面に水が流れてる。——だが排水溝が水を左右に逃がして、斜面の下に溜まらねえ。繊維シートが土を掴んでる。土が動かねえ。
亀裂の幅を確認した。——二センチのまま。広がってねえ。動いてねえ。
「止まってるぞ!! 山が動いてない!!」
ガルドが叫んだ。村人が斜面に駆け寄ってきた。
「雨が降ってるのに!? いつもならこの雨で地面がずるずる動くのに!?」
「嘘だろ!? あの亀裂が広がってないぞ!?」
「繊維が効いてる!! 土を掴んでる!!」
「触ってみろ!! 斜面が固い!! 昨日までぐずぐずだったのに!!」
村の子供が斜面を走り回ってる。「滑らない! 滑らないよ!」と叫んでる。昨日まで近づくなって言われてた裏山を、走り回れてる。
「棟方の親方!! 山を止めやがった!!」
「山を止めたんじゃねえ。土を編んだだけだ」
「同じだろ!!」
「全然違う」
フィーアが繊維の端を確認してた。
「テツ殿。世界樹の繊維がこんな使い方をされるとは思いませんでした。——森の恵みが山を守ってる。長老に報告したら喜ぶと思います」
「シルヴァナ殿に伝えといてくれ。いい繊維だったとな」
ミーナが雨の中に立ってた。金色の目が斜面を見てる。
「……止まりましたね」
「止まった。——お前の先輩のおかげだ」
「わたしたちの技術は草でした。あなたの仲間は世界樹の繊維を持ってきてくれた。——こういうのを、何と言いますか」
「チームワークだ」
「チームワーク。——いい言葉ですね。建ノ民には、なかった言葉です」
……そこが一番の問題だったのかもしれねえ。一人で建てて、一人で抱えて、一人で消えた。チームがなかった。だから伝わらなかった。
雨が上がった。ヴァイス村の屋根から湯気が立ってる。
帰ったら風呂に入る。泥だらけだ。




