親方、弟子たちの壁を叩く
地震から一ヶ月後。
復興は順調に進んでた。王都の壁のヒビは全て補修が終わって、崩壊した三軒も建て直しに入ってる。街道も点検が完了して、大河の橋も古代のトンネルも無事だった。宿場の管理人たちが毎日歩いて路面を確認してくれてる。首巻きを巻いて、朝の体操をして、「ご安全に」と言って出ていく。
学生たちが帰ってきた。一人、二人と学院に戻ってくる。全員、出発した時より日に焼けて、手がごつくなってる。
俺は全員の顔を見て、一言ずつ訊いた。
「建てたか」
全員が「建てました」と答えた。
「よし。——見に行く」
* * *
各地を回った。
街道があるから移動が速え。馬車で三日あれば帝国まで着く。自分が敷いた道の上を走って、自分の弟子の建物を見に行く。不思議な感覚だ。
帝国ヴァルゲン。メルダが改修した兵舎の床暖房。配管の勾配を見直して、熱の循環が三割改善した。ヴァルターが「儂の弟子より出来がいい」と唸ってた。メルダは「当然です」と涼しい顔をしてた。肝が据わってやがる。
ドワーフの地下都市。学生が直した排気ダクト。詰まりの原因だった鍾乳石の成長を防ぐコーティングをルッカの技術で応用してた。ドルクが「こいつは使える」と太鼓判を押した。
エルフの森。吊り橋の接合金具を全て交換した学生の仕事を見た。フィーアが「地震の時、この橋だけ揺れなかった」と教えてくれた。金具の精度が振動を吸収してたんだ。
レグニカ各地の学生の仕事も回った。井戸の掘り直し。農家の壁の補強。共同浴場の建設——風呂を建てた奴がいた。学院の風呂の縮小版だ。村人が「生まれて初めて湯に浸かった」と泣いてた。カーラが嬉しそうだった。
全ての学生の建物を壁を叩いて確認した。一軒ずつ。拳の裏で壁を叩いて、音を聴く。
ほとんどの壁が、いい音を出した。中が詰まってる音。ブロックと目地が噛み合ってる音。
一人だけ、壁の中に空洞が見つかった学生がいた。顔が青くなってたが、空洞の位置と大きさを俺が特定して、補修の方法を教えた。
「穴を開けて、コンクリートを流し込め。これで直る。——原因は分かるか」
「コンクリートの打設が速すぎました。振動をかける時間が足りなくて、空気が抜けなかった……」
「分かってるなら次は大丈夫だ」
失敗した奴の顔を覚えておく。こいつは次から二度と空洞を作らねえだろう。失敗を知ってる奴は強い。
* * *
最後に、カイザに行った。
帝国南部の小さな町。半年前、ブロック造りの集合住宅が崩壊した町。俺が崩れた壁の前にしゃがみ込んで、このまま動けなくなるかと思った町。
崩壊した跡地に、建物が建ってた。
二階建て。コンクリートブロック造り。屋根は木造トラス。——ユーリが建てた住宅だ。
ユーリが前に立ってた。首巻きを巻いてる。手はマメだらけで、爪が欠けてて、日に焼けて真っ黒だ。土方の手になってる。
「棟方さん。——建てました」
壁の前に立った。
拳の裏で叩いた。
コン。
硬くて重い音。指に返ってくる振動がしっかりしてる。中が詰まってる。ブロックと目地が完全に噛み合ってる。空洞がねえ。
二歩横にずれて、もう一回叩いた。
コン。
同じ音。
壁の端から端まで叩いた。全部同じ音。一箇所も違わねえ。
基礎を確認した。百センチ掘ってある。割栗石の突き固めは完璧だ。石同士が噛み合ってて、手で引っ張っても抜けねえ。粘土質の地盤に合わせて、排水溝が建物の周囲を囲んでる。液状化対策済みだ。防水層には粘土が塗ってある。古代トンネルで学んだ五層目だ。
壁が真っ直ぐ立ってる。傾きもヒビもねえ。地震を二回食らって、びくともしてねえ。
半年前に崩れた家と同じ場所に建ってる。同じブロック工法。同じモルタル。だが中身が全然違う。基礎の深さが違う。突き固めの回数が違う。目地の精度が違う。——「なぜそうするか」を理解してる奴が建てた壁は、音が違う。
ユーリの母親が建物の中から出てきた。足を引きずってるが、歩けてる。
「あんたが棟方さんかい。——息子がお世話になりました。この家、息子が一人で建てたんだよ。地震が来た時はこの中にいたけど、びくともしなかった。——ありがとう。息子を育ててくれて」
「俺は何もしてねえ。建てたのはそいつです」
「そうだね。——この子、あんたの話ばっかりしてたんだよ。親方さんがこう言った、親方さんがこうやった、って」
ユーリが「母さん、やめて」と赤くなってる。
俺はもう一度壁を叩いた。コン。——いい音だ。
ユーリが俺の顔を見てる。
「どうですか」
「——悪くねえ」
ユーリの目が潤んだ。
「泣くな」
「泣いてません」
こいつら全員、同じこと言いやがる。
* * *
学院に戻った。
ドームの大講堂に全員を集めた。二十人の学生。棟方組。ヴァルターとトルテ。エルノが招待状を出したらしく、アレクシス王子とヴェルトール伯も来てた。マルタさんまでいる。下町の住民がぞろぞろついてきてる。
テツは全員の前に立った。何を言うか——
「お前らの壁を全部叩いてきた」
二十人が背筋を伸ばした。
「空洞が一人。それ以外は全部、いい音がした」
静まり返ってる。
「——合格だ。今日からお前らは土方だ」
一秒の沈黙。
「「「やったーーーーっ!!!」」」
爆発した。二十人が叫んでる。跳ねてる。泣いてる。抱き合ってる。獣人の学生が遠吠えしてる。ドワーフの学生がその場で三回転してる。エルフの学生が静かに涙を流してる。帝国の学生同士が肩を組んでる。メルダだけ涼しい顔——いや、口の端が震えてる。こいつも泣きそうだ。
アルヴェインの学生が「ナディアさんに報告します!! 合格しました!!」と叫んでリルに精霊の交信を頼んでる。
ユーリがメモ帳を握りしめてる。何も書いてねえ。初めてペンを持たずにこの場に立ってる。
「親方さん。——僕、土方になれましたか」
「なれた。お前は土方だ」
「……ありがとうございます」
「礼はいらねえ。お前の手が建てた壁が、一番の証拠だ」
ガルドが泣いてた。
「泣いてねえぞ!!」
「泣いてるだろ」
「泣いてねえ!!」
トルテも泣いてた。エルノの耳が真っ赤だ。ルッカが静かに微笑んでる。カーラが「風呂入る?」って言ってる。リルが精霊に「みんな合格ですよー!」って報告してる。
ヴァルターが腕を組んで頷いてた。マルタさんが「ムナカタさん、あんたすごい先生だねえ!」と叫んでる。先生じゃねえ。親方だ。
「——全員、手を出せ」
全員が手を上げた。
「よぉーーーっ!」
パパパン! パパパン! パパパン! パン!
手締めがドームに反響した。石の天井が音を集めて、増幅して、返す。五十人分の拍手が百人分になって講堂を満たした。校舎が完成した時と同じ音。だが今日の方がでかい。人が増えたからだ。
仲間が増えたからだ。
拍手が止んだ後、エルノが講堂の入口に歩いていった。アーチ門の上に、石板を嵌め込んだ。
「棟方殿。——碑文を刻みました」
「……何だこれ」
「千年後の誰かが見つけた時に、ここに学校があったと分かるように」
石板を見上げた。
『建ノ技、ここに始まる』
「大げさなんだよ」
「大げさくらいがちょうどいいですよ。——千年前の先輩は『千年の後も途絶えることなかれ』と書いたんですから」
千年前の碑文。古代のトンネルの中で見つけた言葉。「途絶えることなかれ」——途絶えたんだ、あの時は。人を育てなかったから。
今度は違う。二十人育てた。二十人がそれぞれの場所で建てて、守って、次の誰かに伝える。その誰かがまた伝える。途絶えなきゃいい。百年でも、千年でも。
夕方。学院の風呂に全員で入った。五十人が順番待ちで、入れ替わりで三時間かかった。カーラが仕切ってた。
風呂上がりにコーヒーを飲んだ。隣にガルドがいる。カーラが飯の支度をしてる。ルッカが工具を磨いてる。リルが精霊に「今日もお疲れさまです」と言ってる。エルノが卒業生の名簿を整理してる。ユーリがメモを書いてる。トルテが壁を叩いてる。——壊すなよ。
明日も仕事がある。壁のヒビの補修。街道の定期点検。学院の増築。第二期生の募集。やることは山ほどある。一生かかっても終わらねえ。
だが——仲間は増えた。
棟方鉄。四七歳。異世界土方。
加護なし。スキルなし。レベル1。
持ってるものは全部ある。
そして今は、託せる奴がいる。
仕事は——まだまだ続く。
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