親方、本震を迎え撃つ
前震から二日後の明け方。
最後の四軒に控え壁を付け終わって、コーヒーを淹れた直後だった。
リルが叫んだ。
「来ます!! ——ノームたちが全力で逃げてます!! 前のより——ずっと大きい!!」
椀を置いた。
「全員建物から出ろ!! 広場に集まれ!!」
アレクシス王子の手配で、市民は二日前から建物の外で寝泊まりしてた。広場にテントを張って、食事は炊き出し。万全じゃねえが、建物の中にいるよりましだ。
地鳴りが来た。前震とは比べ物にならねえ。地面が生き物みてえに波打ってる。
ドドドドドドドドドドドッ!!!!
立てねえ。ガルドが俺を支えた。トルテがカーラを抱え上げた。リルが地面に座り込んで精霊を抱きしめてる。
横揺れ。前震の三倍。長い。十秒。二十秒。三十秒。まだ続いてる。広場で寝泊まりしてた市民が悲鳴を上げてる。子供が泣いてる。馬が暴れてる。
俺の目は街を見てた。建物を見てた。
城壁が揺れてる——だが、免震支承の上で滑るように揺れてる。壁自体に力が伝わってねえ。市場の屋根が軋んでる——だがトラスが力を分散してる。崩れねえ。学院のドームが——石が互いを支え合って、揺れを吸収してる。崩れねえ。
街中から音が聞こえる。石が擦れる音。木が軋む音。——だが、崩壊音は少ねえ。
揺れが収まった。四十秒。長い地震だった。
「エルノ!! 被害確認!!」
「走ります!!」
エルノが飛び出した。俺も走った。
* * *
下町を走り回った。
控え壁を付けた三十二軒——全軒立ってる。丸太の支えが建物を抑えて、壁の倒壊を防いでた。何軒かは壁にヒビが入ったが、崩落はしてねえ。
「控え壁が効いてる!! 全部立ってるぞ!!」
住民が家の前に出てきて、壁を触ってる。まだ震えてる手で。壁が立ってる。自分の家が残ってる。
「うちの壁……立ってる……! あの丸太のおかげだ……!」
「棟方の親方が付けてくれた控え壁だぞ!! あれがなかったら潰れてた!!」
「親方ーーーっ!! ありがとう!! ありがとうよ!!」
マルタさんが長屋の前で腰を抜かしてた。
「ムナカタさん……! うちの壁、また真っ直ぐだよ……!」
「当たり前だ。八十センチ掘って割栗石を百回突いた基礎は伊達じゃねえ」
市場の倉庫。学生と一緒に修繕した建物。——立ってる。漏水を直して基礎を補強した甲斐があった。フェルマンが倉庫の前で商品の無事を確認して、へたり込んでた。「三百万セント、無事だ……!」。金の話かよ。まあいい。建物が仕事をしてくれた。
王宮。城壁。浴場。全部無事。免震支承が完全に仕事をしてくれた。
学院の校舎に駆けつけた。ドームの天井。——無傷。三百四十二個の石が、一個も落ちてねえ。あいつらが積んだドームは、本震にも耐えた。
ガルドがドームの中に入って天井を見上げた。
「……こいつ、びくともしてねえ。あの揺れで」
「アーチ構造は地震に強い。力が曲面に沿って分散する。——だが、あいつらの目地が正確だったからだ。空洞が一個でもあったら、そこから崩れてた」
「壊す授業の成果だな」
「……そうだな」
被害状況がまとまった。
崩壊した建物:ゼロ。前震で崩れた三軒は既に住人を避難させてたから追加被害なし。壁のヒビは多数あるが、倒壊に至ったものはなし。怪我人は転倒による打撲が十二名。骨折一名。
死者ゼロ。
「死者ゼロ!! 本震でも死者ゼロだ!!」
ガルドが叫んだ。
「この規模の地震で……! 王都の歴史で前例がないぞ……!」
アレクシス王子が駆けつけてきた。目が潤んでる。
「棟方殿。——あなたの建物が、この街を守った」
「俺の建物だけじゃねえ。控え壁を付けてくれたガルドと、地盤を診てくれたリルと、測量したエルノと、金具を鍛造したルッカと、——市民を避難させたあんたの判断が、全部合わさった結果だ」
「……ありがとう。心から」
「礼は復興が終わってからにしてくれ。まだ仕事は残ってる」
壁のヒビの補修。傾いた建物の矯正。水道管の点検。——やることは山ほどある。だが命が失われなかった。それが全てだ。
* * *
本震から三時間後。
各国からの報告が揃った。帝国は軽微な被害のみ。エルフの森は無事。ドワーフの地下都市はロックボルトの追加打ちで対処済み。アルヴェインのナディアは潮位変動を警戒して住民を高台に避難させたが、津波は来なかった。判断は正しい。来なくてよかった。
学生の報告も追加で来てた。
レグニカ北部の学生。『井戸の水が濁りましたが、浅井戸を臨時で掘って対処しました! 住民は全員無事です!』
帝国西部の学生。『倉庫の壁にヒビが入ったので、応急でモルタルを詰めて控え壁を付けました! 倉庫の中の穀物は無事です!』
——全部、学院で教えたことを使ってる。基礎の突き固め。控え壁。応急の井戸掘り。壁のヒビの補修。教科書通りじゃねえ、現場に合わせて応用してる。
十九人が報告を終えた。
ユーリだけが、まだ来ねえ。もう六時間経ってる。
「リル」
「……繋いでます。ずっと繋いでます。——ノームを三匹カイザに送りました。向こうに届いてるはずなんですけど……」
カーラが俺の横に立った。何も言わねえ。だがいてくれるだけでいい。
ガルドが壁に背中をつけて腕を組んでる。尻尾が垂れてる。心配してるんだ。あのガキのことを。
「——あ」
リルの目が開いた。
「来ました!! ユーリさんから——来ました!!」
全員が振り向いた。
『棟方さん。——遅くなってすみません。報告します』
ユーリの声だ。精霊を通して聞こえるユーリの声が、いつもより太い。疲れてるんだろう。だが落ち着いてる。
『カイザで二日前の地震の後、地盤が液状化しました。地面が水を含んで泥みたいになって、建物が何軒か傾きました。——自分の卒業制作の住宅は基礎を百センチ掘ったので無事でした』
「百センチ。——効いたか」
『はい。周囲の古い家が四軒傾いたので、まず住民を全員外に出しました。それから応急で控え壁を付けました』
「控え壁は何本だ」
『一軒あたり三本。全部で十二本です。——街道の宿場で管理人用に作ってあった丸太の予備を使わせてもらいました。すみません』
「使っていい。それは正しい判断だ。——液状化への対処は」
『排水用の溝を掘って、地下水を逃がしました。街道の泥沼を直した時と同じ要領です。溝の勾配は千分の五。地面が締まるまでに二日かかると判断して、住民には仮設住宅に入ってもらいました。棟方さんが建てた仮設は全部無事だったので、そこに収容しました』
泥沼の工法を応用して液状化を止めた。仮設住宅を避難所として使った。——全部、一緒に見てきたことの応用だ。
『今朝の本震では追加の被害はありませんでした。排水が効いて、二度目の液状化が起きなかったからです。——あと、近くの村でも井戸が壊れたって聞いたので、明日見に行きます』
「怪我人は」
『打撲が五人。骨折はありません。死者はゼロです。——全員助けました』
「報告が遅れた理由は」
『すみません。控え壁を立ててる最中は手が離せなくて、精霊の交信に応答する余裕がありませんでした。——メモを取る余裕もなかったです。初めてです、メモを取らなかったの』
「……」
「棟方さん?」
「——よくやった」
それだけ言った。それ以上言葉が出てこなかった。
リルが泣いてる。声を殺して泣いてる。ガルドが鼻を鳴らしてる。尻尾が忙しなく揺れてる。泣いてるのか笑ってるのか分からねえ顔をしてる。トルテが「よかったぁ……!」と叫んで、なぜかガルドに抱きついた。ガルドが「離れろ!」と言いつつ離してねえ。カーラが黙って俺の隣に立ってる。エルノの耳が赤い。ルッカが静かに工具を磨いてる。いつもの癖だ。感情が動いた時にこいつは工具を磨く。
二十人全員の無事を確認した。二十人全員が、自分の持ち場で動いた。誰一人、助けを求めてこなかった。全員が自分の判断で、自分の手で、目の前の人間を守った。
教えた通りにやった——じゃねえ。教えたことを土台にして、自分で考えて、自分で動いた。
カイザの崩壊事故で、俺が一番伝えたかったことは「なぜそうするかを理解しろ」だった。理解した奴は、仕様書にないことでも対処できる。——あいつらは、全員それをやった。
——それが、俺が一番教えたかったことだ。
コーヒーを淹れ直した。温かい。うまい。久しぶりにちゃんとうまいコーヒーだ。
ガルドが隣に来た。
「親方。泣いてねえか」
「泣いてねえ」
「目が赤いぞ」
「コーヒーの湯気だ」
「……嘘だろ」
「うるせえ」




