親方、卒業試験を出す
学院生活、三ヶ月目。
校舎の完成から二ヶ月が経った。学生は壁を積めるようになり、基礎を打てるようになり、排水を設計できるようになり、壁を叩いて音で健全性を判断できるようになった。石切りも、木組みも、コンクリートの打設も、一通りこなせる。
——そろそろだ。
朝の体操が終わって、「ご安全に」の復唱が終わった後に、全員を大講堂に集めた。ドームの下に二十人が並んでる。天窓から朝の光が落ちてきて、学生の首巻きが白く見えた。
「今日は実習はやらねえ。話がある」
空気が変わった。学生は俺が「話がある」って言う時は大事な時だって学んでる。
「卒業試験を出す」
ざわっ、となった。
「卒業……!?」
「もう卒業なんですか!?」
「課題を言う。——自分の故郷に帰れ。故郷で一番困ってる場所を一つ選べ。そこに、自分の手で建物を建てろ」
二十人が押し黙った。
「設計、資材の調達、施工。全部自分でやれ。俺は見にいかねえ。エルノも見にいかねえ。仕様書は持っていっていい。だが仕様書に書いてねえことは、自分の頭で考えろ」
ユーリが手を挙げた。
「期間は?」
「一ヶ月。一ヶ月後にここに戻ってこい。報告を聞く」
「一ヶ月で一棟……!」
「お前らなら建てられる。——三ヶ月前とは違うだろ」
メルダが訊いた。
「分からないことがあった場合は?」
「精霊の交信でリルに連絡しろ。リルが俺に繋ぐ。——ただし、助けを求める前に三回は自分で考えろ。三回考えてもダメなら訊け。それは何も、恥じゃねえ」
ユーリは俺を見た。
「棟方さん。僕の故郷はカイザです」
「知ってる」
「壊れた集合住宅の跡地に、住宅を建てます。今度は壊れないやつを」
「……いいだろう。基礎は何センチ掘る」
「百センチ。カイザの粘土質なら凍結深度八十に余裕を持たせて百。——割栗石は百五十回以上突きます」
百五十回。仕様書には百回と書いてある。ユーリは五十回足した。粘土質の地盤は凍上が激しいから、通常より多めに突いた方がいい。——仕様書の数字を鵜呑みにしないで、条件に合わせて判断してる。
「合格ラインだ。——行ってこい」
ドワーフの学生が立ち上がった。
「あたしはグルンダールに帰ります! 地下都市の排気ダクトが詰まるって問題、ドルク長老が困ってたんです。あたしが直します!」
「排気ダクトか。詰まりの原因を先に特定しろ。原因を潰さねえと、直してもまた詰まる」
「はい!!」
エルフの学生が静かに手を挙げた。
「私はフィーア長老の森に帰ります。吊り橋の接合部が劣化しているという報告があったので、新しい接合金具で補修します。ルッカ先輩に金具の設計を教わりました」
「吊り橋の接合部は命に関わる。慎重にやれ。——だが、お前なら大丈夫だ」
「はい……!」
帝国の学生——メルダが背筋を伸ばした。
「私はヴァルゲンに戻ります。帝国軍の兵舎で床暖房の改修依頼が来てます。効率が悪いって。——配管の勾配を見直して、熱の循環を改善します」
「メルダ、お前は段取りは完璧だが、一つだけ気をつけろ。計画が上手くいきすぎると、現場の確認が甘くなる。図面と現場は違う。——現場を見ろ」
「肝に銘じます」
獣人の学生がでかい声で宣言した。
「俺は故郷の集落の共同井戸を掘り直します!! 今の井戸は浅くて夏に枯れるんです!! リルさんに教わった精霊探査で水脈を見つけて、深井戸を掘ります!!」
「叫ばなくても聞こえてる。——水脈が見つかったら、井戸の壁をレンガで巻け。土のままだと崩れる」
「はい!!」
叫ぶのやめろ。
一人ずつ、課題を確認していく。二十人全員の故郷と課題と注意点。全部覚えた。こいつらの弱点も得意分野も、三ヶ月で全部見てきた。
* * *
翌日。学生が散っていった。
門の前で一人ずつ見送った。首巻きを巻いた二十人が、街道を東西南北に歩いていく。
最後に出発するユーリが振り向いた。
「親方さん」
「何だ?」
「——ありがとうございました。三ヶ月間」
「礼はまだ早え。建てて帰ってきてから言え」
「はい。——行ってきます」
「ご安全に」
ユーリが歩き出した。背中がまっすぐだ。三ヶ月前にカイザから靴底を擦り切らして走ってきたガキとは別人だ。
帝国に四人。エルフの森に二人。ドワーフの地下都市に二人。アルヴェインに一人。レグニカ各地に八人。カイザにユーリ。街道を使えば帝国まで三日で着く。エルフの森は東に五日。
トルテは学院に残った。「あたしの故郷はここです!」と言ってガルドの隣に居座ってる。卒業試験は?って訊いたら「学院の増築をやります!」と言い出した。まあいいか。やる気があるなら何でもいい。
急に静かになった。二十人がいなくなると、学院がでかく感じる。ドームの大講堂に一人で立つと、自分の足音が反響してやけに響く。
カーラが講堂の入口に寄りかかってた。
「親方、寂しい?」
「うるせえ、寂しくねえよ」
「素直じゃないわね」
「素直とか関係ねえ。——やることはまだある」
仕様書の改訂。街道の定期点検。各国から来てる補修依頼の対応。学院の増築計画。やることは山ほどある。
学生がいない間に、できることをやる。待ってるだけの親方なんざ親方じゃねえ。
* * *
学生たちが消えてから五日後。
異変に気づいたのはリルだった。
「親方さん……。ノームたちが、変です」
「変ってどう変だ」
「落ち着きがないんです。地面の下をうろうろしてて……何かを怖がってるみたいで……」
精霊が不安がってる。ノーム——土の精霊が。
学院の井戸を見にいった。水位を確認する。
——下がってる。
一週間前に確認した時より、水位が二十センチ低い。季節的に下がる時期じゃねえ。
嫌な予感がした。日本にいた時の知識が頭の隅で鳴ってる。井戸水の異常。動物の異変。地面の下の変動。
「リル。他の精霊も訊いてくれ。地面の奥で、何か動いてないか」
リルが目を閉じた。長い沈黙。
「——動いてます。すごく深いところで……岩が……きしんでる、って。ノームたちが怖がってます。何かが……溜まってるって」
岩がきしんでる。力が溜まってる。
地震だ。
いつ来るかは分からねえ。明日かもしれねえし、一ヶ月後かもしれねえ。だが来る。地面の下で力が溜まって、いつか一気に解放される。
「エルノ。王都の井戸を全部回って水位を記録しろ。毎日だ。変化を追う」
「はい。——地震の前兆ですか」
「かもしれねえ。確定じゃねえが、備えておいて損はねえ」
「棟方殿。もし大きな地震が来たら、王都の古い建物は——」
「免震の入ってねえ建物は危ねえ。特に石積みの古い家。——王都の建物を回って、危険度の高い順にリストを作る。アレクシス王子に報告して、応急補強の優先順位を決めなきゃいけねえ」
翌日から王都の建物を叩いて回った。カイザの時と同じだ。壁を叩いて音を聴いて、傾きを見て、基礎を確認する。
王都は俺が来てから三年で建て替えが進んでるから、新しい建物は問題ねえ。だが下町の古い石造りの長屋が何軒か危ねえ。壁が薄くて、基礎が浅い。大きく揺れたら崩れる。
リストを作った。応急補強が必要な建物、三十二軒。アレクシス王子に報告して、木製の控え壁の設置を始めた。ガルドとトルテが丸太を担いで下町を走り回ってる。
「親方!! 十四軒に控え壁を付けました!!」
「残り十八軒。急げ」
「おう!!」
ガルドが腕を組んでる。
「親方。学生たちが散ってるタイミングで、地震が来たら——」
「全員が自分の現場にいる。連絡は精霊の交信で取れる。——むしろ、各地に人がいるのは悪くねえ。何が起きても、それぞれの場所で動ける奴がいるってことだ」
「……親方、それ。卒業試験が本番の試験になるかもしれねえってことか」
「……かもな」
各国にも警告を出した。リルの精霊の交信で、帝国のイレーネ、エルフのフィーア、ドワーフのドルク、アルヴェインのナディアに「地震の前兆がある。建物の点検と補強を進めてくれ」と。
ドルクから即座に返事が来た。「地下都市のロックボルトを増し打ちする。任せろ」。さすが地下の民だ。地震の怖さを一番知ってる。
フィーアからは「吊り橋の点検を始めます。接合部を全て確認します」。
ナディアからは「方舟の免震装置を再点検しました。異常なし。——テツ先生、大丈夫です」。先生じゃねえ。
コーヒーを飲んだ。苦い。いつもの味だが、今日はやけに苦い。
井戸の水位は毎日下がり続けてる。リルの精霊はまだ不安がってる。地面の下で力が溜まり続けてる。
学生たちが無事に建物を完成させるのが先か。地面が動くのが先か。
——頼むぞ。お前ら。俺が教えたことを全部使え。




