親方、二十人が入れる風呂を建てる
校舎が完成した。
四面の壁、三種類の基礎、ドームの大講堂、鍛冶実習棟。全部、学生の手で建てた。初日に突き棒すら握ったことのなかった連中が、一ヶ月で建物を一棟仕上げた。
手締めを打って、校舎の完成を祝った。ドームに拍手が反響して、空に抜けていった。
——だが、何かが足りねえ。
カーラが腕を組んで校舎の前に立ってた。
「親方」
「何だ」
「足りないものがあるでしょ」
「……」
「風呂」
知ってた。
「学生二十人、棟方組を入れたら三十人近くが毎日使う大浴場が要る。今のままじゃ全員が井戸水を桶で浴びてるだけ。——あんた、それでいいの」
よくねえ。俺だって風呂に浸かりてえ。学生だって一日中石を運んで汗だくだ。井戸水の行水じゃあ、当然疲れなんか取れねえ。
「分かった。建てる」
「でしょうね」
カーラが即座に紙を出した。もう間取りを描いてある。用意がいい。
「脱衣所はここ。広めに。棚を付けて、一人ずつ荷物を置けるようにして。湯船は大きいの一つと小さいの一つ。大きい方は十人同時に入れるサイズ。洗い場はこっち。排水は——」
「……お前いつの間に設計してたんだ」
「校舎建ててる間ずっと」
こいつの風呂への執念は何なんだ。
* * *
「よし。——これは学院最後の実習課題だ。全員で風呂を建てる」
学生を集めて、カーラの間取り図をもとに設計を説明した。
「ポイントは三つ。一つ、防水。風呂は水を使う建物だ。壁と床から水が漏れたら基礎が腐る。防水の処理を完璧にやる。二つ、排水。使った湯を速やかに外に出す。排水勾配を間違えると湯が溜まって衛生的に最悪だ。三つ、加熱。湯を沸かす竈と湯船の配置。熱効率を上げて薪の消費を減らす」
メルダが手を挙げた。
「親方。男女で分けますよね」
「当然だ。仕切り壁で完全に分ける。出入口も別にする」
「よかった。それなら安心です」
カーラが「私が設計したんだから当たり前よ」と胸を張ってる。
まず地面を掘った。基礎は校舎と同じ八十センチ。もう学生は基礎の深さに文句を言わねえ。カイザの話を知ってるからだ。
床はコンクリートを打って、表面に粘土防水層を塗った。——古代のトンネルで見つけた、あの五層目の技術だ。テツの道路の仕様書に追加した防水層を、初めて建物に応用する。
「床にこの粘土を薄く塗る。二センチでいい。これで地下水の浸入を防ぐ。——千年前の先人に教わった技術だ」
「千年前……!? トンネルの時の!?」
「そうだ。古いもんから学ぶのは恥じゃねえ。使えるもんは全部使う」
粘土の上にさらにコンクリートを打って、仕上げに石を敷いた。防水の三重構造。絶対に漏らさねえ。
湯船は石積みだ。ルッカが鍛造した鉄板を底に敷いて、その下に竈を組んだ。薪を燃やすと鉄板が加熱されて、湯船全体を温める。王都で最初に作った風呂と同じ原理だが、規模が全然違う。十人が同時に浸かれるでかい湯船だ。
学生が湯船の石積みに挑んだ。風呂の石積みは壁より難しい。曲面があるし、水圧を受けるから目地が完璧じゃないと漏れる。
「目地に空洞があったら、そこから湯が漏れる。漏れた湯は基礎を濡らして、凍ったら——」
「基礎が壊れる!!」
全員が声を揃えた。カイザの教訓が骨まで染みてる。
「分かってるじゃねえか。——だから目地は一切の妥協なしだ。モルタルを奥まで押し込め。指で押して確認しろ。壊す授業を思い出せ」
学生の手つきが真剣だ。一個の石を置くのに、三回は確認してから次に行く。遅いが正確だ。一ヶ月前は突き棒の持ち方すら知らなかった連中が、目地の空洞を自分で見つけて修正してる。
獣人の学生が湯船の角の処理で悩んでた。二方向の壁がぶつかる角は力が集中する。
「親方! 角の目地、どう詰めたらいいですか!?」
「角は壁の中で一番壊れやすい場所だ。——市場の倉庫で教えたろ。窓の角から亀裂が入ったのと同じ理屈だ。角の目地だけは倍の厚さにしろ」
「倍……! はい!!」
現場で学んだことが、次の現場で使える。これが「考え方」を教えるってことだ。
排水は、俺が直接やった。ここだけは任せられねえ。
湯船の底に排水口を設けて、勾配をつけた排水管で外の排水溝に繋ぐ。千分の十の勾配。エルノが水準器で確認した。
「排水勾配、完璧です。一滴も残りません」
「カーラ、湯船の深さはこれでいいか」
「座った状態で肩まで浸かれる深さ。——完璧」
「腰掛けは」
「三段。入口側が浅くて、奥が深い。子供でも入れるように」
「子供は学院にいねえだろ」
「将来来るかもしれないでしょ」
将来のことまで考えてるのかこいつは。
* * *
三日で大浴場が完成した。
仕切り壁で男女完全分離。脱衣所には木の棚が並んでる。洗い場には石の台と木の桶。排水溝が床に刻んであって、水を流せば全部外に出ていく。
湯を沸かした。リルの火の精霊が竈を加熱して、水の精霊が井戸から水を引いてくる。湯船が満杯になるまで三十分。
湯気が立ち上ってきた。
「——入れ」
学生二十人が歓声を上げた。
男子が先に突入した。脱衣所で服を脱いで、洗い場で身体を流して、湯船に浸かる。
「ああぁぁぁぁぁ……!!」
十人が同時に声を上げた。一ヶ月ぶりの——いや、こいつらにとっては生まれて初めての大浴場だ。
「何だこれ……! 全身が溶ける……!」
「肩まで浸かるとか最高すぎる……!!」
「毎日石を運んだ腕が……ほぐれていく……!!」
「天国か!? ここは天国なのか!?」
「風呂ですよ。風呂。でも気持ちは分かります……!!」
帝国の学生が湯船の縁に腕を掛けて、天井を仰いでる。
「設計図もらっていいですか、親方……」
「帰る時に渡してやる」
「やった……!!」
ドワーフの学生が湯船の底を触ってる。
「この石の敷き方……滑らないようにわざと表面を荒く仕上げてありますね……!?」
「気づいたか。濡れた石は滑る。だから湯船の底だけ仕上げを変えてある。——風呂は安全第一だ」
「風呂にまで安全設計が入ってる……!! さすがです親方……!!」
ユーリが湯船の端に座って目を閉じてる。メモ帳は脱衣所に置いてきたらしい。さすがに湯の中では書けねえか。
女子側からも歓声が聞こえてきた。
「きゃあああああ!! あったかい!! 最高!!」
「肌がつるつるになる!! 何この水!?」
「石灰が微量に溶けてるからだと思います。——あ、これ親方に聞いたやつ……」
仕切り壁の向こうが騒がしい。カーラの声が混ざってる。「でしょ? 風呂ってすごいでしょ?」。風呂の伝道師が布教してる。
ガルドが隣で湯に浸かってる。
「っっっぷはーーーっ……。親方、やっぱ風呂だな」
「風呂だ」
「学院の仕事で一番大事な建物は、校舎でもドームでもなく——」
「風呂だ」
「だな」
二人で黙って天井を見てた。湯気が立ち昇ってる。石の壁が湯気で温まって、じんわりと熱を返してくる。
——ガルドが訊いてきた。
「なあ親方。カイザの事故から、もう三ヶ月くらい経つか」
「三ヶ月とちょっとだ」
「あの時は顔が死んでた。コーヒーも飲めなかった。——今は?」
「今は飲めてる。——あいつらのおかげだ」
湯船の向こうで、学生たちがはしゃいでる。獣人の学生が濡れた身体を振って水しぶきを飛ばして怒られてる。エルフの学生が「耳に水が入った」と騒いでる。ドワーフの学生が「もう出たくない」と湯船にしがみついてる。
「……悪くねえ学校だな」
「悪くねえ」
風呂上がりにコーヒーを飲んだ。うまい。風呂のあとのコーヒーは格別だ。
脱衣所から出てきたら、学院の入口にマルタさんが立ってた。籠を抱えてる。
「ムナカタさん、学生さんたちに。うちで焼いたパンだよ」
「マルタさん、いつもすまねえ」
「いいのいいの。毎日あの子たちが一生懸命働いてるの見てたら、何かしたくなっちゃってさ。——お風呂もできたんだって? あたしも入っていいかい?」
「……風呂は学院のもんだが、近所の人にも開放するか。カーラ、どう思う」
「賛成。——ただし順番は学生が先」
マルタさんが嬉しそうに帰っていった。翌日から、近所の住民がパンや果物や干し肉を持って学院に来るようになった。差し入れだ。学生たちが驚いてる。
「なんで、知らない人が飯をくれるんですか?」
「現場は街の一部だ。街の人間は現場を見てる。いい仕事をすりゃ飯が来る。——手抜き工事をすりゃ石が飛んでくる」
「石は嫌です」
「じゃあいい仕事をしろ」
差し入れの量が日に日に増えた。学院が街に受け入れられてる証拠だ。建物を建てることで、人と街が繋がっていく。
学院に風呂ができた。これで本当の完成だ。




