親方、石だけで空を支える
校舎の四面の壁が全て立ち上がった。
東のコンクリートブロック、西のレンガ、南の版築、北の木造。四種類の壁が一つの建物を囲んでる。継ぎ目の処理は俺が直接やった。違う素材同士を繋ぐのは、一番技術がいる部分だ。学生には継ぎ目の断面を見せて「ここが建物で一番壊れやすい場所だ」と教えた。
壁ができたら次は天井だ。
「中央の大講堂の天井は、ドームにする」
学生を集めて、地面に図を描いた。半円の断面図。
「アーチ橋は覚えてるな。石を半円に積んで、真ん中に迫石を嵌めたら自立する。ドームはそいつを三次元にしたもんだ。半円を三百六十度ぐるっと回した形——半球だ。石だけで天井を作る」
「石だけで……天井を?」
「柱も梁もいらねえ。石が互いに押し合って支え合う。アーチと同じ原理だ」
メルダが首を傾げた。
「橋は二次元のアーチですよね。ドームは三次元。——石の角度が全部違うんじゃないですか」
「その通りだ。アーチ橋の石は全部同じ角度で切ればよかったが、ドームは一段ごとに角度が変わる。下の段は立ち気味、上に行くほど寝ていく。——ルッカ、計算通りに石を切ってくれ」
「はい。角度のリストはエルノさんからもらってます。——全部で三百四十二個です」
「三百四十二個!!」
学生が叫んだ。そりゃそうだ。橋は二十四個で済んだ。ドームは桁が違う。
「ルッカ一人に切らせたら何日かかると思う。——お前らも手伝え。石切りの実習だ」
ルッカの指導で、学生が石を切り始めた。寸法と角度を一つずつ確認しながら。ルッカが切ったやつと学生が切ったやつを並べると精度の差は歴然だが、ルッカが「ここをもう二ミリ削って」と修正してくれる。厳しいが丁寧だ。鍛冶師の教え方は、こういうところに出る。
* * *
石が揃った。木の型枠を組む。
半球形の骨組み。橋のセントルの三次元版だ。ガルドとトルテが丸太を曲げて骨を作り、上から板を張って曲面を作った。講堂の床に据えると、でかい半球が天井の高さまで迫り上がってる。
「でけえ……! これが型枠か……!」
「この上に石を並べていく。下から螺旋状に。かたつむりの殻を積むみてえに、ぐるぐる回りながら上に登る。——全員で交代しながら積め」
石を積み始めた。一段目。型枠の曲面に沿って、石をモルタルで接着していく。石の内側の面が型枠にぴったり当たるように、角度を合わせる。
「石を置く前に、角度を目で確認しろ。型枠に隙間なく当たってるか。隙間があったら石の角度が合ってねえ」
学生が一個ずつ慎重に石を置いていく。遅い。だが丁寧だ。壊す授業の後から、全員の「丁寧さ」が別物になってる。
二段目。三段目。四段目。螺旋は上に伸びて、ドームの曲面が見えてきた。壁の上に石の半球がじわじわと育っていく。
学生が交代で足場に登って石を積んでいく。一段ごとに全員が一周する。全員の手がドームに入る。「自分が積んだ石はどれだ」って全員が言えるようにするためだ。
五段目で、エルフの学生が声を上げた。
「親方! 石と石の間の目地、下の段より薄くなってきてるんですが——これで合ってますか!?」
「合ってる。上に行くほど石の角度がきつくなるから、内側の目地が薄くなる。外側が厚い。——よく気づいた。お前、目がいいな」
「エルフですから!」
ちょっと得意そうだ。種族の特性が活きる場面を見つけると嬉しいんだろう。
七段目で、トルテが石を一個落としかけた。ガルドが空中で掴んだ。
「馬鹿! 上から石落としたら下の奴が死ぬぞ!!」
「ごめんなさい!!」
「石を運ぶ時は両手で抱えろ! 片手で持つな! 安全は手抜きするな!!」
ガルドが怒鳴ってる。俺が昔言ったことをそのまま言ってる。覚えてるんだなこいつ。
九段目。ドームが半分を超えた。ここから先は石が内側に傾いていくから、モルタルが固まるまで手で押さえてなきゃいけねえ。二人一組で、一人が石を支えてる間にもう一人がモルタルを詰める。
「重い……! この角度で石を支えるのきつい……!」
「支えてる間に固まる。三分だ。三分我慢しろ」
「三分が永遠に感じる……!!」
全員が汗だくだ。腕がぷるぷる震えてる。だが誰も手を離さねえ。手を離したら石が落ちる。それが分かってるから離さねえ。
* * *
六日かけて石を積んだ。螺旋は頂上に近づいて、開口部がどんどん狭くなっていく。
最後の一段。頂上に丸い穴が残ってる。直径六十センチ。ここに蓋はしない。このまま開口部として残す。天窓だ。光と換気のための穴。
——いや、最後の最後に、一つだけ嵌める石がある。
開口部の縁を整えるための冠石。ドームの頂上を締めくくる最後の石だ。
「ガルド。型枠を抜く準備をしろ」
「おう。——親方、いいのか。本当に」
「何がだ」
「型枠を抜いて、もし崩れたら——」
「崩れねえ」
「根拠は」
「三百四十二個の石を、全部確認した。角度も目地も全部合ってる。——ルッカの石を疑うな」
ルッカが小さく頷いた。
冠石を持って、足場を登った。ドームの頂上。下を見ると、講堂の床に二十人の学生が並んで上を見てる。全員の首が直角に曲がってる。
「嵌めるぞ」
冠石を開口部の縁に据えた。モルタルを塗って、位置を合わせて——ぐっと押し込んだ。
がちっ。石が噛み合った。
「型枠を抜け!!」
ガルドとトルテが型枠の支柱を外し始めた。木の骨組みが一本ずつ抜かれていく。支柱が抜けるたびに、ぎしっ、と石がわずかに沈む音がする。
学生が全員息を止めてる。
支柱が半分抜けた。まだ立ってる。
四分の三。まだ立ってる。石がほんのわずかに沈み込んで、目地が締まっていく。自分の重みで自分を固めてる。
最後の一本。ガルドが見た。
「親方」
「抜け」
ガルドが最後の支柱を引き抜いた。
ドームが——型枠なしで——石だけで——
立ってる。
しん、と静まり返った。
三百四十二個の石が互いを押し合って、空中で自分を支えてる。柱もない。梁もない。石だけの半球が、講堂の上に浮いてる。
「…………立っ……てる……」
ユーリの声が震えてた。
天窓から光が落ちてきた。ドームの内側を通り抜けて、講堂の床に円形の光が広がった。
「——全員が積んだ石だ。全員の手で空を支えてる」
俺の言葉に、全員がはっと我に返った。
「立ったぞ!!!」
「石だけで!! 天井が立ってる!!」
「すげえ!! すげえよ親方!!」
「柱がないのに落ちてこない!! 何で!? 何で落ちないの!?」
「アーチの三次元版だ!! 橋と同じ原理だって親方が——」
「原理は分かるけど見ると信じらんねえ!!」
「うおおおおおっ!!」
「あたしが積んだ石、あそこにある!! 七段目の左の方!!」
「俺のはあの辺だ!! 九段目の……あそこ!!」
全員が叫んでる。跳ねてる。泣いてる奴もいる。自分の手で積んだ石が、空を支えてる。自分の石がどこにあるか全員が指さしてる。全員の石で、この天井を支えてるんだ。
「——全員、手を出せ」
二十人が手を上げた。棟方組も。ガルドも、ルッカも、エルノも、リルも、カーラも。ヴァルターが帝国からいつの間にか見に来てて、あの爺さんも手を上げてる。
「よぉーーーっ!」
パパパン! パパパン! パパパン! パン!
手締めの音がドームに反響した。
石の天井が音を集めて、増幅して、返してきた。三十人分の拍手が百人分の音になって講堂を満たした。ドームの頂上の天窓に音が吸い込まれて、空に抜けていく。
「音が……音がすごい……!!」
「ドームの中で手を叩くと、こんなに響くのか……!!」
「鳥肌立った……!!」
「もう一回!! もう一回やりたい!!」
トルテが飛び跳ねてる。学生も口々に「もう一回!」と言ってる。
「完成は一回だ。手締めも一回。——次にこの音を聴くのは、次の建物が完成した時だ」
「次の建物……!! 早く建てたい!!」
こいつら、もう次を見てやがる。悪くねえ。
ヴァルターが腕を組んで天井を見上げてた。
「……儂には、建てられんかった」
「あんたの石工がなけりゃ、この石の精度は出なかった。——ヴァルター、あんたの技術もこのドームに入ってる」
「……ふん。口がうまくなったな、親方」
ドームの中でコーヒーを飲んだ。
——悪くねえ。




