親方、生徒が建てた壁をぶっ壊す
学院生活、五日目。
校舎の基礎が全面完成して、壁の積み上げに入った。東の壁はコンクリートブロック、西の壁はレンガ。学生たちは交代で両方の壁を経験する。
だがその前に、やることがある。
「今日は壁を積む前に、実験をする。——全員、練習用のブロックで一メートル四方の壁を一枚ずつ積め」
「一メートル四方? 校舎とは別にですか?」
「別にだ。自分の壁を一枚、好きなように積め。時間は二時間。目地の厚さも配置も自由。自分なりに一番丈夫だと思うやり方で積め」
二十人が散って、それぞれの壁を積み始めた。
二時間後。
二十枚の壁が空き地に並んだ。出来はバラバラだ。目地が厚すぎる奴、ブロックが傾いてる奴、きれいに積めてるが目地に空洞がある奴。ユーリの壁は丁寧だが遅くて、一メートルに届いてない。トルテの壁はでかいが雑。帝国の段取り女——名前はメルダ——の壁は小さいが隙間がない。
「よし、全員自分の壁の前に立て」
二十人が並んだ。
「今からこの壁を壊す」
「「壊す!?」」
「ガルド」
「おう!」
ガルドが拳を握って前に出た。学生たちが一歩下がった。そりゃそうだ。
STR:Sの獣人が壁を殴りにくるんだから。
「待ってください!! せっかく積んだのに!!」
「二時間もかけたんですよ!?」
「壊すために積んだんだ。——壊れ方を知らない奴に、壊れない壁は建てられねえ」
しん、となった。
「いいか、今から一枚ずつ壊す。壊す前に、俺がどこから壊れるか予測する。お前らは自分の壁がどこから壊れるか考えろ。——じゃあ一番手」
端の壁の前に立った。獣人の学生が積んだ壁。力任せにブロックを積んであるが、下から三段目の右端に目地が薄い箇所がある。
「ここから壊れる」
チョークで印をつけた。
「ガルド、右からまっすぐ押せ。全力じゃなくていい。七割で」
「おう。——せいっ!」
ガルドの掌底が壁に入った。
バキッ!!
壁が割れた。チョークの印をつけた場所——三段目の右端——から亀裂が走って、壁が二つに折れた。
「う、嘘だろ……!? 印のところから壊れた……!?」
「目地が薄い場所は力が集中する。力が集中した場所から壊れる。——お前の壁は、ここだけ目地が五ミリしかなかった。他は十ミリある。この差で壊れる場所が決まった」
学生が瓦礫を拾って目地の断面を見てる。確かに、割れた場所だけ目地が極端に薄い。
「次!」
二枚目。レンガを積んだエルフの学生の壁。見た目はきれいだが——
「ここだ。下から二段目の真ん中。目地に空洞がある」
「え……? ちゃんとモルタルを詰めたつもりなんですが……」
「つもり、だろうな。——ガルド」
ドンッ。壁が割れた。俺が指した場所から。
断面を見せた。目地の中に親指大の空洞がぽっかり空いてる。
「モルタルを詰める時に、奥まで押し込めてなかった。表面だけ塗って、中が空っぽだ。——これがカイザで崩れた家と同じ症状だ」
空気が変わった。カイザの崩壊事故のことは、入学前の説明で全員に伝えてある。自分の壁に同じ欠陥があった。その事実が刺さってる。
* * *
三枚目。四枚目。五枚目。全部、俺が指した場所から壊れた。
学生たちの目が変わってきた。最初は「壊すなんてひどい」って顔だったのが、今は自分の壁のどこが弱いか必死で探してる。
「親方さん! 僕の壁はどこから壊れますか!?」
ユーリが訊いてきた。自分の壁の前に立って、じっと見てる。
ユーリの壁を見た。丁寧だ。目地の厚さも均一で、空洞もなさそうだ。だが——高さが八十センチしかない。時間切れで上三段が足りてない。
「お前の壁は目地に問題はねえ。だが上が足りてない分、頂部の重しがない。上からの荷重がないと、横からの力に弱い。——ガルド、三割でいい」
「おう。——とりゃ」
軽く押した。ユーリの壁は、割れずにそのまま横に倒れた。
「割れなかった!?」
「目地が均一だから、力が分散した。弱点がないから一箇所に集中しなかった。——だが倒れた。高さが足りないと自重が足りなくて、横力に負ける」
「じゃあ……ちゃんと一メートルまで積めてたら?」
「倒れなかったかもしれねえ。——丁寧さは正義だ。ただし、完成させなきゃ意味がねえ」
ユーリがメモしてる。「丁寧×完成=強度」と書いてる。シンプルだがそういうことだ。
十枚目。トルテの壁。でかい。一メートル二十くらいある。だが雑だ。ブロックの角が欠けてるし、目地がはみ出してる。
「ここ、上から四段目の左。ブロック自体にヒビが入ってる。積む前から割れてた石を使っただろ」
「……バレた」
「材料の選定からやり直せ。割れた石は使うな」
「はーい……」
「ガルド」
「悪いなトルテ。——おらっ」
バキバキッ!! ヒビの入ったブロックから崩壊。瓦礫が飛び散った。トルテが「ああーーっ!! あたしの壁ーーっ!!」と叫んでる。
十五枚目あたりで、学生たちが自分から弱点を申告し始めた。
「親方、自分のはここが怪しいと思います。六段目の左端、目地を塗り直した場所です」
「見てみろ。——ガルド」
ドンッ。ぴったりそこから壊れた。
「当たった!! 自分で分かった!!」
「それが大事だ。自分の仕事の弱点を自分で見つけられるようになったら、手抜き工事は絶対にしなくなる」
* * *
二十枚全部壊した。空き地に瓦礫の山が二十個。
メルダが手を挙げた。
「親方。一つ訊いていいですか」
「何だ?」
「親方が積んだ壁は、壊れるんですか」
いい質問だ。
「見たいか」
「見たいです!!」
二十人が声を揃えた。
「よし。——五分くれ」
ブロックを取って、壁を積んだ。一メートル四方。五分。目地は均一に十ミリ。ブロックの角を揃えて、水平を目で確認しながら一段ずつ。二十人が息を殺して見てる。
「ガルド。本気で来い」
「マジか。本気でいいのか」
「本気だ」
ガルドが構えた。学生が後ずさった。STR:Sの本気。丘の岩を砕いた拳だ。
「——おらぁっ!!」
ドゴォンッ!!
衝撃が空き地を揺らした。砂埃が舞う。
——壁は立ってた。
ヒビすら入ってねえ。ガルドの拳の跡が表面に薄くついてるだけだ。
「「えぇぇぇぇっ!?」」
二十人が同時に叫んだ。
「壊れてない!! ガルドさんの全力で壊れてない!!」
「同じブロックですよね!? 同じモルタルですよね!? 何が違うんですか!!」
「目地だ。目地が均一で、空洞がなくて、ブロック同士が完全に噛み合ってる。力がどこか一点に集中しないから、全体で受け止める。——お前たちの壁は、どこかに弱点があった。弱点に力が集中して、そこから壊れた。弱点がなけりゃ、こうなる」
ガルドが手を振ってる。
「いってえ……! 親方の壁、硬すぎだろ……!」
「お前の拳が弱いんじゃねえ。壁が強いんだ。——お前らもこの壁を積めるようになれ。素材は同じだ。違いは丁寧さだけだ」
二十人の目の色が変わった。同じブロック、同じモルタル。なのにテツの壁だけ壊れない。違いは技術。技術は学べる。
* * *
「全部壊れた——いや、俺のは壊れなかったが。——大事なのは、壊れ方は全部違うってことだ。目地の空洞、ブロックのヒビ、高さ不足、材料の不良、配置の偏り。原因が違えば壊れ方も違う。壊れ方を見れば、原因が分かる」
二十人が黙って聞いてる。
「カイザで集合住宅が崩壊した時、俺は瓦礫の前にしゃがんで崩れ方を読んだ。基礎が浅い。割栗石の突き固めが甘い。目地に空洞がある。——全部、壊れた壁が教えてくれた」
帝国の学生——メルダが手を挙げた。
「親方。壊す前に弱点が分かるのは、経験ですか。それとも理屈ですか」
「両方だ。理屈で当たりをつけて、経験で確認する。お前らは今日、理屈を学んだ。——あとは経験を積め。百枚壊せば、壊さなくても弱点が見えるようになる」
「百枚……!」
「まずは今日壊した自分の壁を覚えとけ。自分の失敗が一番の教材だ。——さあ、瓦礫を片付けろ。午後から校舎の壁を積む。今度は壊されねえ壁を積め」
二十人が瓦礫を拾い始めた。さっきまで自分の壁だったコンクリートの破片を、手で拾って運んでる。
カーラが遠くから見てた。
「テツ、あんた結構いい先生じゃない」
「先生じゃねえ。親方だ」
「はいはい」
午後。校舎の壁を積み始めた。午前中と手つきが違う。全員が目地を丁寧に詰めてる。ブロックを置く前に確認してる。空洞がないか、ヒビがないか。
壊されたから分かる。壊されないと分からなかったことがある。
——教えるってのは、こういうことか。
まだ下手くそだが、悪くねえ。




