親方、生徒二十人に校舎を建てさせる
南区画の空き地に、二十人が並んでた。
各国から集まった建築学院の第一期生。内訳は——レグニカの人間が八人、帝国の人間が四人、獣人が三人、ドワーフが二人、エルフが二人、アルヴェインから来た人間が一人。年齢は十代半ばから三十代まで。男女比はだいたい半々。
全員が緊張した顔で俺を見てる。
隣にユーリがいる。こいつだけ顔が違う。緊張じゃなく、わくわくしてる。街道を一緒に歩いた分、場慣れしてやがる。
「全員揃ったか。——俺は棟方鉄。ここの親方だ」
「「親方!? 先生じゃないんですか!?」」
何人かが同時に声を上げた。
「先生じゃねえ。親方だ。教室で講義はしねえ。現場で一緒に建てる。それがここのやり方だ。——まず、一つ配るものがある」
麻の布を二十枚、前に積んだ。
「一人一枚取れ。首に巻け」
「これは……タオルですか?」
「首巻きだ。汗を拭く、日射しを防ぐ、埃を吸わない、怪我したら止血する。現場に出る人間はこれを巻く。今日からお前らは現場の人間だ」
二十人が首巻きを巻いた。ぎこちねえ巻き方の奴、器用にきゅっと締める奴、頭に巻く奴——おい、頭じゃなくて首だ。
「次。朝はこれから始める。全員立て」
腕を前に回した。大きく。横に伸ばして捻る。腰を回す。屈伸。深呼吸。
「何ですかこれ!? 踊り!?」
「体操だ。怪我をしねえための準備運動。——現場で腰を壊したら二度と働けねえ。腰は命だ。毎朝やる。サボったら現場に出さねえ」
二十人がぎこちなく腕を回してる。ガルドが手本係で前に立ってる。横にトルテもいる。帝国から合流してきたらしい。「ガルドさんのいるところがあたしの現場です!」と言ってた。ガルドの耳がぺたんとしてたが知らん。
体操が終わった。全員の肩が少しほぐれてる。
「よし。――ご安全に」
「五安全に……?」
「朝の挨拶だ。『今日も怪我なく帰ろう』って意味だ。全員、復唱しろ」
「「ご安全に!!」」
二十人の声が空き地に響いた。悪くねえ。
* * *
「じゃあ最初の授業だ」
二十人が背筋を伸ばした。
「お前たちの最初の仕事は——この校舎を建てることだ」
空き地を指した。何もない更地。雑草が生えてるだけ。
「……え?」
「校舎を?」
「自分たちで?」
「そうだ。自分が学ぶ場所を自分で建てる。それが最初の授業だ」
しん、となった。三秒くらい。それから、声がいくつも上がった。
「い、今からですか!?」
「設計図は!? 材料は!?」
「あたしたち、建物なんて建てたことないんですけど!!」
「建てたことがねえから学びに来たんだろ。——設計は俺がやる。材料は裏の資材置き場にある。お前たちは俺の指示通りに手を動かせ。それだけだ」
エルフの学生が手を挙げた。
「あの……完成までどのくらいかかるんでしょうか」
「お前たちの働き次第だ。——だが、基礎だけは今日中に終わらせる」
「今日中!?」
「基礎ってのは建物の命だ。地面の下に隠れて見えなくなる部分だからこそ、一番丁寧にやる。——さあ、突き棒を配る。一人一本」
二十本の突き棒を並べた。ルッカが前日に柄を調整してくれたやつだ。長さ一・五メートル、先端に鉄の錘がついた単純な道具。
「この棒で地面を突く。突いて、突いて、突き固める。それだけだ」
「それ……だけ?」
「それだけだ。だが、やってみりゃ分かる。それだけが一番きつい」
* * *
まず——更地の真ん中にしゃがみ込んで、地面に手を当てた。
「何してるんですか?」学生の一人が訊いた。
「挨拶だ。これからここを掘る。土の中に住んでる精霊に、ちょっと借りるぞって一声かけとく」
リルの精霊たちがふわっと集まってきた。手の下の土がかすかに温かくなる。
「親方さん、ノームが『好きに使え、ただし丁寧にやれ』って言ってます」
「ありがてえ。丁寧にやる。——よし、着工だ」
突き棒を地面に一突き入れた。ドンッ。最初の一打。
「ここから先は、俺たちの現場だ。——掘れ!」
二十人が鋤とツルハシを持って一斉に地面に取りついた。校舎の基礎ライン。幅二十メートル、奥行き四十メートルの長方形。深さ八十センチ。エルノが水糸で正確な位置を出してある。
一時間で、差が出た。
獣人の学生とドワーフの学生は掘るのが速い。人間の学生は体力にばらつきがある。エルフの学生は丁寧だが遅い。アルヴェインの学生は暑さに強いが寒さに弱くて、朝のうちは動きが鈍い。
「遅い奴は遅いでいい。ただし、手を止めるな。速さより止めないことの方が大事だ」
「親方! ここ、土の色が変わりました!」
獣人の学生が掘った底を指してる。確かに、茶色い表土の下に灰色の粘土層が出てきてる。
「いい目だ。粘土層は水を通しにくい。この下に割栗石を敷けば、水はけがいい基礎になる。——土の色が変わったら報告しろ。それが地盤を読む第一歩だ」
「は、はい!!」
獣人の耳がぴんと立った。褒められたのが嬉しいんだろう。獣人はみんなそうだな。ガルドもそうだ。
溝が掘れた。次は割栗石だ。拳大の石を溝の底に敷き詰める。そして——突く。
「全員、突き棒を持て。石の上に立って、真下に突け。腕で振るんじゃねえ、腰で落とせ。——カイザの街道で教えた通りだ。ユーリ、手本を見せろ」
「はい!」
ユーリが突き棒を振り上げて、腰を落としながら突いた。ドン。石が締まる音。街道で覚えた叩き方が、もう様になってる。
「あの音を出せ。ぺちぺち叩いてるような音はダメだ。ドン、って鳴るまで突け」
二十人が突き始めた。
ぺちっ。ぺちっ。ぺちっ。
——ダメだこりゃ。全員手で振ってる。石の上を叩いてるだけで、体重が乗ってねえ。
「違う。腰だ腰。——こう」
俺が突いた。ドンッ。
「全然音が違う!!」
「親方の一突きで石が三センチ沈んだ!!」
「腰で落とすってこういうことか……!!」
一人ずつ回って直した。腰の位置、手の握り方、足の開き方。二十人分。全員違う癖がある。背が高い奴は棒が短すぎる、背が低い奴は振りかぶりすぎる、力が強い奴は力任せで石を砕いてる——砕くな、締めるんだ。
昼過ぎ。全員の手にマメができた。何人かは潰れて血が出てる。
「手が痛えだろ。だが止めるな。手が先に覚える。頭はあとからついてくる」
帝国から来た学生が泣きそうな顔をしてるが、突き棒は離してねえ。根性はある。
夕方。基礎の半分が突き固まった。残り半分は明日だ。
「今日はここまで。——飯にする」
* * *
でかい鍋にありったけの根菜と肉をぶち込んで、発酵調味料を溶いた。現場汁。二十人分。
椀を配った。全員が座り込んで、汁をすすった。
「……っっうまい……!!」
「何だこれ!! 体の中からあったまる!!」
「腹に染みる……!! 母さんのスープよりうまいかもしれない……!!」
「聞こえたらぶっ飛ばされるぞ」
一日中突き棒を振った身体に、熱い汁が流れ込んでいく。全員の顔がほどけた。
ドワーフの学生がおかわりを求めてきた。椀を差し出す手がマメだらけだ。エルフの学生が「こんな味、森にはなかった」と目を丸くしてる。獣人の学生が三杯目に突入してる。椀の持ち方が犬みてえだ。アルヴェインの学生が「ナディアさんに教えたい」と言ってる。
帝国から来た女の学生が、隣の獣人の学生のマメに包帯を巻いてやってた。
「あんた、手の皮薄いでしょ。明日はここに布を巻いてから握りなさい」
「ありがとう……お前、優しいな……」
「優しいんじゃなくて、怪我人が出たら全体の工程が遅れるの。段取りの問題」
こいつ、セオに似たタイプだな。管理職向きだ。名前を覚えとこう。
ユーリが全員の名前と出身地をメモしてた。いつの間にか学生たちの世話役みてえになってる。年はそんなに変わらねえはずだが、街道を歩いた経験が一歩先に立たせてるんだろう。
ガルドがコーヒーを淹れてきた。
「親方。初日はどうだった」
「悪くねえ。全員手を止めなかった。——それが一番大事だ」
「お前も最初は俺にそう言ったよな。『手を止めるな』って」
「言ったか?」
「言った。火事場の時だ。——覚えてねえのかよ」
「仕事が多すぎて一々覚えてねえ」
「ひでえ。——でもよ、親方。あいつらの顔、俺の初日と同じだった」
「どういう顔だ」
「手が痛えし、腰が痛えし、何やってるか分かんねえけど——やめたくない顔」
「……そうか」
「泣いてねえぞ」
「聞いてねえよ」
ガルドが笑ってる。
空き地に、基礎の溝が四角く掘られてる。明日には残り半分を突き固めて、明後日からブロックを積み始める。ここに校舎が建つ。四面全部違う壁。三種類の基礎。ドーム天井の大講堂。
全部、あいつらの手で建てる。
ああ、コーヒーがうめえ。




