親方、大河を渡す
山を抜けて帝国領に入った。下り坂を舗装しながら進んで三日。
川が見えてきた。
でけえ。
レグニカ側の支流とは桁が違う。幅五十メートル。水量も多い。深さは——リルの精霊によると、中央部で三メートル以上ある。馬車どころか馬でも渡れねえ。今は渡し舟が二艘で行ったり来たりしてるが、荷馬車は荷を降ろして分割して運ぶしかねえ。片道四十分。往復で半日仕事だ。
「ここに、橋を架ける」
ガルドが川を見渡した。
「親方、さすがにこれは十メートルの橋じゃ足りねえぞ」
「当たり前だ。五十メートルを一本のアーチで飛ばすのは無理がある。——五本に分ける」
地面に図を描いた。
「十メートルごとにアーチを架ける。五連アーチ橋。アーチとアーチの間に橋脚を四本建てる。——問題は橋脚だ。川の中に建てなきゃいけねえ」
「川の中に!? どうやって!?」
トルテが叫んだ。ユーリも首を傾げてる。川の底にどうやって石を積むのか、想像がつかねえって顔だ。
「水の中じゃ工事はできねえ。——だから、水の中に水のない場所を作る」
「……は?」
全員が固まった。
* * *
締切堤だ。日本じゃ仮締切って呼ぶ。
橋脚を建てたい場所の周りに、丸太の杭をぐるっと円形に打ち込む。杭と杭の隙間に粘土を詰めて壁にする。丸太と粘土の壁で川の水を堰き止めて、中の水を掻い出す。すると川の真ん中に「水のない空間」ができる。そこに橋脚を建てる。
「エルノ、橋脚の位置を決めてくれ。十メートル間隔で四箇所」
「はい! ——水深が一番浅い場所を選びます。中央の二本が厄介ですね、三メートル以上ありますから」
「浅い両端の二本から始める。中央は後だ。——ガルド、トルテ。丸太を切ってこい。直径二十センチ、長さ四メートルを、六十本」
「六十本!!」
「一つの締切堤に十五本使う。四箇所で六十本だ」
「おりゃ行くぞ、トルテ!!」
「はい!! ガルドさんには負けない!!」
二人が裏山に突っ走っていった。獣人の足は速え。一時間で六十本切って帰ってきた。切り株だらけだろうな裏山。
丸太を川に打ち込む。水深一メートルの浅い場所から。ガルドが丸太を垂直に立てて、石の掛矢で頭を叩く。ドンッ、ドンッ、ドンッ。丸太が川底の土にめり込んでいく。
十五本の丸太で円を作った。直径三メートルの丸い囲い。隙間に粘土を押し込んで、水の侵入を止める。ルッカが粘土の練り具合を確認してくれた。「もう少し水を足した方が密着します」。鍛冶師の手は素材の扱いが繊細だ。
粘土を詰め終わると、丸太の壁の内側に染み出す水が——止まった。外は川。中は空気。丸太と粘土だけで水を堰き止めてる。
「おおおっ!! 水が入ってこなくなった!!」
ユーリが丸太の壁を叩いてる。外側は水がごうごう流れてるのに、内側は乾いた手で触れる。
「リル、中の水を出してくれ!」
「ウンディーネ、お願いします!!」
水の精霊が締切堤の中の水を持ち上げて、外に放り出した。一分もかからなかった。
円の中が空になった。川の底が見えてる。濡れた砂と砂利。川の真ん中なのに、水がない。
「う、嘘だろ……!?」
渡し舟の船頭が川岸から見てた。目が飛び出そうになってる。
「川の真ん中に……地面が出てる……!? 何だありゃ!?」
「丸太で水を堰き止めてるんだ!! あの中に橋脚を建てるんだよ!!」
見物人の商人が叫んでる。泥沼の噂がもう帝国まで届いてるらしい。
「あれが棟方の親方か!? 川を空にしやがった!!」
空にしたわけじゃねえ。十五本の丸太で囲っただけだ。だが原理を知らなけりゃ魔法に見えるか。
空いたスペースに砕石を敷いて突き固め、石積みの橋脚を建てた。ハインツの石工が本領を発揮する場面だ。寸分の狂いなく石を積み上げていく。
「ハインツ、垂直は出てるか」
「出てます! この石工の腕を疑ってくれるな、棟方!」
「疑ってねえ。確認してるだけだ」
一本目の橋脚が立った。締切堤を外して水を戻す。橋脚だけが川の中にすっくと立ってる。水流が橋脚の根元を叩いてるが、びくともしねえ。
「立ったぁーーーっ!!」
トルテが万歳してる。
* * *
二本目、三本目の橋脚を建てている時だった。
川の対岸から声が聞こえた。
「おおーい!! 親方ーーーっ!!」
ヴァルターだ。帝国側の石工チームを引き連れて、対岸に現れた。しかも——対岸の道路が整備されてる。帝国側からも街道を伸ばしてきてたのか。
「ヴァルター!! そっちも道を作ってたのか!!」
「当たり前だ!! お前だけに任せておけるか!! 帝国首都から百キロ分は儂の弟子たちが敷いた!!」
百キロ。あの爺さん、黙ってやってやがった。
「橋脚はこっちで建てる! そっちは——」
「こっち側の二本は儂が建てる! 締切堤の作り方、仕様書に書いてあったからな!!」
仕様書の通りに建ててきた。あの仕様書がちゃんと伝わってる。——少なくともヴァルターには。
「よし! じゃあ橋脚は二本ずつだ! 真ん中で繋ぐぞ!!」
「望むところだ!!」
ガルドが吠えた。「負けるかよ爺さん!!」。ヴァルターが対岸から「ほざけ小僧!!」と返した。
両岸から同時に橋脚を建てる。レグニカ側はテツの締切堤工法。帝国側はヴァルターが仕様書を元に再現した締切堤工法。同じ技術が川の両岸で動いてる。
二日で四本の橋脚が立った。
アーチを架けた。ルッカが切った石を並べて、五連のアーチが川の上に伸びていく。レグニカ側から三つ、帝国側から二つ。五番目のアーチの迫石を——ヴァルターと俺で、一緒に嵌めた。
「入るぞ。——せーの」
がちっ。石が噛み合った。
五連のアーチが、大河の上で繋がった。
両岸から歓声が上がった。帝国の石工たち、レグニカの棟方組、見物の商人や旅人。全員が叫んでる。
「繋がったぞーーーっ!!」
「レグニカと帝国が橋で繋がった!!」
「渡し舟は今日で終わりだ!!」
船頭が泣いてた。商売あがったりだもんな。すまねえ。だが川には渡し舟以外の仕事もある。橋の維持管理を頼みてえくらいだ。
ヴァルターが橋の上を歩いてきた。でかい身体で欄干に手をついて、橋の感触を確かめてる。
「……いい橋だ。——親方」
「あんたの橋脚も、いい出来だ」
「仕様書の通りにやっただけだ」
「仕様書の通りにやって、この精度が出せるのはあんただからだ」
* * *
全員を橋の上に集めた。
棟方組。帝国の石工チーム。ヴァルターの弟子たち。合わせて三十人以上が橋の上に立ってる。
「よし。——全員、手を出せ」
「何だ?」と声が上がった。
「橋が完成した。区切りだ。——俺に合わせて手を叩け。いくぞ」
両手を上げた。三十人が真似した。
「よぉーーーっ!」
パパパン! パパパン! パパパン! パン!
三十人分の拍手が大河の上で炸裂した。水面が揺れた。
一瞬の沈黙。
それから——全員が笑った。ガルドが笑ってる。ヴァルターが笑ってる。トルテが「もう一回! もう一回やろう!!」と跳ねてる。ハインツが目頭を押さえてる。エルノの耳が真っ赤だ。
「何だ今の!? すげえ気持ちいい!!」
「全員の手が揃った時の音、ドラゴンの咆哮より響いたぞ!!」
「橋の上でやると反響して倍になるのか!!」
ユーリがメモしてる。
完成の手打ち。全員で揃えて叩く。三・三・三・一のリズム、と書いてる。
「親方。これ、毎回やるんですか」
「建物が完成するたびにやる。——仕事の終わりの合図だ。次の仕事に気持ちを切り替える」
「いい儀式ですね」
「儀式ってほど大層なもんじゃねえ。ただの手拍子だ」
ただの手拍子。だが三十人の手が揃った時の音は、確かにでかかった。
レグニカから帝国まで、街道が一本の線で繋がった。泥沼を直して、丘を切り抜いて、橋を十二本架けて、山をぶち抜いて、大河を渡した。
馬車で五日かかっていた道が、三日で行ける。冬も通れる。雨でも止まらない。
カーラが橋の欄干に肘をついてた。
「テツ。街道、完成?」
「道は完成した。だが、まだ宿場が足りねえ。維持管理の仕組みも作らなきゃいけねえ。——やることは山ほどある」
「でもまず、打ち上げでしょ」
「……まあな」
「冷えた麦酒、ある?」
「泥沼の商人にもらった樽がまだ残ってる」
「最高」
夕飯の鍋をでかいので作ることにした。三十人分。ありったけの根菜と肉と、あの発酵調味料をぶち込んだ鍋を、でかい釜で煮る。
全員で鍋を囲んだ。帝国の石工がひと口すすって目を剥いた。
「何だこの汁!! うめえ!! 何が入ってんだ!!」
「現場汁だ。寒い夜はこいつに限る」
「レシピ教えろ!!」
「教える。出し惜しみはしねえ」
冷えた麦酒で乾杯した。ガルドの「っっっぷはーーーっ」が大河に響いた。




