親方、山を掘る
平原を抜けると、山が立ちはだかった。
大陸の脊梁山脈。
レグニカと帝国を分けてる壁みてえな山脈の、一番低い峠でも標高が千メートルある。今の街道は峠を越えるのに九十九折りの山道を登っていくんだが、荷馬車だと二日かかる。冬は雪で通行止めになる。
「迂回はできるか?」
エルノが地図を見ながら首を横に振った。
「南に五十キロ迂回すれば低い峠がありますが、そちらは地盤が不安定で道路の維持が困難です」
「北は?」
「北は崖です。道を通す余地がありません」
「じゃあここを真っ直ぐ掘る」
「掘る!? この山を!?」
ユーリが素っ頓狂な声を出した。隣でトルテも目を丸くしてる。
「トンネルだ。エルフの森で導水トンネルを掘った時と同じ要領だが、あの時の倍はある。——エルノ、山の一番薄いところは」
「ここです。標高六百メートル地点。山の幅は——約三百メートルです」
「三百メートル。両側から百五十メートルずつ掘れば真ん中で合流する。——リル、山の中の岩盤を診てくれ」
「はい! ノーム、お願いします!」
リルが目を閉じて、土の精霊に山の中を探査させた。しばらくして目を開いた。
「岩盤は硬いです。でも途中に柔らかい層が一本走ってるって——あと、ノームが変なこと言ってます」
「変なこと?」
「『中に穴がある』って」
「穴?」
「古い穴だって。すごく古い。——ノームにも、いつからあるのか分からないくらい」
* * *
とにかく掘り始めた。
西側を俺とハインツのチーム。東側をガルドとトルテのチーム。エルノが両方の測量を往復して管理する。掘削方法はグルンダールの地下都市で使ったNATM工法もどきだ。掘って、コンクリートを壁に塗って、ロックボルトを打って——三手セットで坑道を安定させながら進む。
掘って塗って打つ。掘って塗って打つ。一日五メートルのペースで進んだ。
三日目。西側から十五メートル掘った地点で、異変が起きた。
ツルハシが岩に食い込んだ瞬間、手応えが消えた。空振りした感覚。ツルハシの先が岩の向こう側に突き抜けた。
「——空洞がある」
穴を広げた。ツルハシで岩を慎重に崩して、人が通れるくらいの穴にした。
中を覗いた。
暗い。だが、空気が流れてる。奥に空間がある。しかもでかい。
「松明を」
ハインツが松明を渡してくれた。火を灯して、穴の中に身体を滑り込ませた。
——トンネルだ。
高さ三メートル、幅四メートルのトンネルが、山の中を真っ直ぐ貫いてる。壁面は加工されてる。ツルハシじゃねえ、何か別の道具で削ったような滑らかな断面。天井はアーチ状に整形されていて、要所に石の控え柱が入ってる。
全員を呼んだ。一人ずつ穴をくぐって中に入ってきた。
「な……何だこれは……!? トンネルが……もうあるのか……!?」
ハインツが絶句した。
「でっっっけえ!! 馬車が通れるサイズじゃねえか!!」
ガルドが天井を見上げて叫んでる。声がトンネルに反響してごわんごわん響いてる。
「壁が滑らかだ……! こんな精密な掘削、どうやったんだ……!?」
「天井のアーチが完璧です……! 千年も崩れずに残ってるなんて……!」
トルテが壁を手で触ってる。ユーリが松明を掲げて奥を覗き込んでる。
そして——足元。
舗装されてる。五層構造の舗装道路が、トンネルの中を通ってる。一番下に粘土の防水層。その上に砕石、砂利、砂、敷石。俺が街道で敷いた四層に、さらに一層多い。
丘の切り通しで断面を見た古代の道路と同じだ。
「……先客がいやがった」
声が反響した。トンネルの壁に跳ね返って、奥まで響いていく。
ルッカが壁面を舐めた。
「この石……加工精度がすごい。ノミじゃなく、何か回転する道具で削ってます。——こんな技術、見たことがない」
「ルッカ殿が見たことないって言うのか!? ドワーフの鍛冶師が!?」
ハインツが驚いてる。ルッカが「見たことないものは見たことない」と真顔で返した。
エルノが奥に進んで壁面を調べてた。しばらくして戻ってきた。手が震えてる。
「棟方殿。壁に碑文がありました。文字が刻んであります。——読めます」
「何て書いてある」
「『建ノ民、山を穿ち、東西を繋ぐ。この道、千年の後も途絶えることなかれ』」
千年の後も途絶えることなかれ。
——途絶えてんだよな、実際には。トンネルは残ってるが、両端が崩落して道が埋もれてる。千年の間に山が動いて、入口を塞いじまったんだろう。
だが中は生きてる。壁面に大きな亀裂はねえ。天井のアーチも健全だ。控え柱が千年間ずっとこの空間を支え続けてた。
「すげえもん作ってたんだな、千年前の連中は」
ユーリが五層の舗装を触ってる。
「棟方さん。この一番下の層——粘土ですか? 僕たちの道路にはない層ですよね」
「防水層だ。地下水が路盤に上がってくるのを防ぐ。トンネルの中は地下水が染み出しやすい。防水層がなけりゃ、砕石が常に水に浸かって、凍結を繰り返すたびにボロボロになる。——こいつがあるから千年持ったんだ」
膝をついて防水層に触った。粘土を薄く延ばして、何度も重ね塗りしてある。厚さは二センチくらい。たった二センチの粘土が、千年間この路面を水から守り続けてた。
「つまり——千年前の人の方が上だったってことですか」
「この一点に関しちゃな。俺はこの層を知らなかった。四層で十分だと思ってた。——だが千年前の先輩が、五層目の答えを残しといてくれた」
ガルドが横で聞いてた。
「親方が知らないことがあるんだな」
「当たり前だ。俺が知ってることなんざ、建築の全体からしたら砂粒みてえなもんだ。だからこうやって現場で学ぶんだよ。——千年前の現場からでもな」
「……格好いいこと言うじゃねえか」
「うるせえ」
ユーリが黙ってメモした。「技術は残った。人が残らなかった」と書いてる。
* * *
古代のトンネルをそのまま使うことにした。
三百メートルのうち、中央の二百メートルは古代のトンネルがほぼ無傷で残ってる。両端の五十メートルずつが崩落して埋まってた。つまり俺たちが掘るのは百メートルで済む。予定の三分の一だ。
「古代のトンネルに感謝だな。——だが、千年分の劣化は直す」
天井にロックボルトを追加で打ち込んで補強した。壁面の細かいヒビにコンクリートを詰めた。五層の路面は生きてたから、そのまま使う。両端の崩落部分だけ新しく掘って、古代トンネルと繋いだ。
古代の石工と、俺のコンクリートが、千年を跨いで一つのトンネルになった。
六日で完成した。予定の半分以下だ。
トンネルの東口から光が差し込んで、三百メートルの坑道を真っ直ぐ貫いてる。西口に立つと、向こう側の帝国の景色が一直線に見えた。
「通ったぞ!!」
ガルドの声がトンネルに反響した。
「通った!! 山を抜けた!!」
トルテが飛び跳ねてる。ハインツが壁を叩いて音を確かめてる。職人の癖だ。エルノが東口から西口まで歩いて測量した。
「三百二メートル。古代区間の壁面にヒビの進行はありません。ロックボルトの効果が確認できます。——千年後の技術が千年前の技術を補強してるんですね」
耳が赤いが、きっと感動してるんだろう。
街道の脇にいた旅人や行商人が集まってきてた。
「あの山にトンネルが空いてるぞ!!」
「嘘だろ!? あの山を掘り抜いたのか!?」
「峠を越えなくていいのか!? 冬も通れるのか!?」
「通れる。雪は関係ねえ。山の中を真っ直ぐ抜けるだけだ」
「すげえ!! これで帝国まで何日短縮できるんだ!!」
「馬車で丸二日は縮まるだろうな」
「二日!! 冬の峠越えで毎年何人も凍え死んでたのが、全部なくなるぞ!!」
「おい、あの壁見ろよ!! トンネルの中の壁が二種類ある!! 滑らかな方と、コンクリートの方と!!」
「古い方は千年前に掘られたトンネルだ。俺はそれを補修して繋いだだけだ」
「千年前!? 千年前のトンネルが残ってたのか!?」
「残ってた。千年持つもんを建てた先人がいた。——大したもんだ」
カーラが壁に手を当ててた。
「ねえ親方。千年前の人たちも、ここでコーヒー飲んだりしたのかな」
「コーヒーがあったかは知らねえ。だが、ここを掘った奴は——俺と同じ気持ちだったと思う。山の向こう側に道を繋げたかったんだ」
「……ちょっといい話じゃない。珍しく」
うるせえ。
俺は碑文のことを考えてた。「建ノ民」。千年前にこの大陸にインフラを張り巡らせた連中。技術は一流だった。だが消えた。技術を受け継ぐ者がいなかったから。
学院を作る理由が、もう一つ増えた。
——千年前の連中と同じ轍は踏まねえ。
防水層の粘土をひとかけら、懐に入れた。帰ったら道路の仕様書に五層目を追加する。千年前の先輩に教わった技術だ。出し惜しみはしねえ。




