親方、十二の橋を架ける
丘を抜けた先は平原だった。見渡す限りの草原。道を通すには最高の地形——のはずだったが、問題があった。
川だ。
グラオス山脈の雪解け水が何本もの支流に分かれて平原を横切ってる。幅は三メートルから五メートル。深さは膝から腰くらい。馬車で渡れなくはねえが、雨が降ると水位が上がって通行止めになる。
エルノが地図を広げて数えた。
「街道のルート上に、川が十二本あります。全てに橋が要ります」
「十二本か。——一本ずつ設計して建ててたら何ヶ月かかる」
「通常の石造アーチ橋なら一本で十日から二週間。十二本だと……半年です」
「半年も道路工事で足止めくらってたまるか。——やり方を変える」
全員を集めた。ガルド、ルッカ、エルノ、ハインツ、トルテ、ユーリ、リル、カーラ。カーラは戦力としては数えてねえが、聞いてなかったって言い出すと面倒だから呼んだ。
「十二本の橋を、十二日で架ける」
「「十二日!?」」
ガルドとトルテが同時に叫んだ。声量が似てる。獣人の血か。
「一日一本!? 親方、アーチ橋を一日で建てるのは無理だろ!!」
「普通のアーチ橋なら無理だ。毎回設計して、毎回石を切って、毎回型枠を組んで——やってたら間に合わねえ。だから全部同じ設計にする」
地面に棒で図を描いた。
「十二本の川を全部調べた。幅は三メートルから五メートル。この範囲なら、同じ規格の橋で全部渡せる。橋の設計を一つに絞って、部品を先に作っておく。現場じゃ組み立てるだけだ」
* * *
まず二日間、準備に使った。
エルノが十二の川を全部測量して、川幅と水深と岸の地盤を記録した。結果、幅五メートルの標準設計で十二本全てに対応できると分かった。
標準設計はこうだ。
両岸にコンクリートの橋台を据える。その上に半円のアーチを石で組む。幅五メートルのアーチなら、石は全部で二十四個。型枠も一つ作れば十二回使い回せる。
「ルッカ。石を二百八十八個切ってくれ。寸法はこの図面の通り。全部同じサイズだ」
「二百八十八個……! 同じ寸法を二百八十八個。——任せてください。こういう仕事は得意です」
ルッカの目が光った。同じ寸法の部品を正確に量産するのは、鍛冶師の腕の見せどころだ。ノミと金槌で石を切り出していく。カン、カン、カンと一定のリズムで。切り出された石が並んでいく。寸法がぴったり揃ってる。
「すげえ……! 全部同じ大きさだ……!」
トルテが目を丸くしてる。ハインツも腕を組んで感心してる。
「ルッカ殿の精度は化け物だな。——石工の俺が言うんだから間違いねえ」
ガルドとトルテには、セントルを組ませた。アーチの形に曲げた木の骨組みだ。こいつの上に石を載せていって、頂上の迫石を嵌めたら型枠を抜く。すると石だけのアーチが自立する。東街道の橋でやったのと同じ原理だ。
型枠は一つ。これを一本の橋が完成するたびに次の川に運んで再利用する。
「ガルド、この型枠は十二回使う。丁寧に扱え。——トルテ、お前もだ。ぶん投げるな」
「投げないよ! たぶん!」
「『たぶん』って何だ『たぶん』って」
ガルドがトルテの頭を小突いた。弟子をどつく師匠の図。俺とガルドの初期を思い出す。
* * *
三日目。一本目の橋に取りかかった。
手順を決めた。全工程を分業にする。
リルの精霊が川底の地盤を調査。エルノが橋台の位置を測量して杭を打つ。ガルドとトルテが橋台のコンクリートを打設。ハインツと俺が型枠を据えて石を積む。ルッカは次の橋の石を切り続ける。ユーリは全行程のメモと資材の管理。
流れ作業だ。
一人で全部やったら十日かかる仕事を、八人で分業すりゃ一日に詰められる。——ただし、全員の手順が噛み合わなきゃダメだ。一箇所でも遅れると全体が止まる。
「エルノ、測量終わったか!」
「終わりました! 杭の位置、誤差二ミリです!」
「ガルド、橋台のコンクリートは!」
「打ったぞ! 固まるまで——リル!」
「サラマンダーに頼んでます! あと三十分で固まります!」
「ハインツ、型枠据えろ! 石を並べる! ——ユーリ、石は何個来てる!」
「二十四個全部揃ってます! ルッカさんが朝のうちに切り終えてました!」
全員が動いてる。俺が指示を出して、全員がそれぞれの持ち場で最善を尽くす。これが現場監督って仕事だ。自分の手を動かすのも大事だが、全員の手を最適に配置する方がもっとでかい成果が出る。
石を積んでいく。型枠の上に一個ずつ。モルタルで接着して、次の石を載せる。半円が左右から迫り上がっていく。最後の一個——迫石を、俺の手で嵌めた。
ここだけは譲れねえ。アーチの最後の石は、棟方鉄が嵌める。
「型枠を抜け!!」
ガルドとトルテが型枠を引き抜いた。
石だけのアーチが——川の上に、自立した。
「おおおおっ!!」
ハインツが声を上げた。何度見ても、型枠を抜いた瞬間の衝撃は慣れねえらしい。俺だってそうだ。石が空中で自分を支えてる。力学の魔法だ。
「一本目、完成!! ——型枠を次の川に運べ!!」
トルテがセントルを担いで走り出した。速え。猫の足で全力疾走するとガルドより速い。
「型枠持って走るな!! 壊れたらどうすんだ!!」
ガルドが追いかけてる。弟子に振り回される師匠。
* * *
四日目、二本。五日目、二本。
調子が出てきた。
手順が全員の身体に入ると、声を出さなくても工程が回り始める。エルノが測量を終えると同時にガルドがコンクリートを打ってる。コンクリートが固まる頃にはハインツが型枠を据え終えてる。石を積み始める頃にはルッカが次の二十四個を切り終えてる。
歯車が噛み合ってる。
六日目から一日二本のペースに上がった。型枠の使い回しにも慣れて、据え付けと撤去が半分の時間で済むようになった。トルテが型枠を走って運ぶのも——まあ、慣れた。壊れなきゃいい。
七日目。八本目の川で問題が出た。
「棟方殿。この川だけ幅が六メートルあります。五メートルの標準設計では足りません」
エルノが測量結果を持ってきた。事前調査の時より水量が増えてる。雪解けが進んだんだろう。
「六メートルか。——型枠を作り直す時間はねえ」
ユーリが口を開いた。
「あの、五メートルの橋を二つ繋げたら——」
「それだと真ん中に橋脚が要る。川の中に橋脚を建てる時間もねえ」
五秒考えた。
「型枠の角度を変える。今のアーチは半円だが、少し押し潰した楕円にすれば、同じ型枠で六メートルまで届く。——ハインツ、型枠の脚を五十センチ広げろ。石の角度がちょっと変わるから、目地を厚めに取る」
「広げるだけでいいのか!?」
「半円が楕円になるだけだ。力の流れは変わるが、この幅なら持つ。——エルノ、荷重計算」
「三十秒ください。——持ちます。安全率は下がりますが、馬車二台分の荷重には耐えます」
「よし。やれ」
型枠の脚を広げた。同じ型枠で六メートルの川を跨いだ。迫石を嵌めて、型枠を抜いた。少し扁平なアーチが——立った。
「立ったぞ!! 型枠を変えずに!!」
ハインツが興奮してる。
「規格を作って、規格の範囲で応用する。——これが標準設計の強みだ。一から作り直さなくていい」
ユーリが猛烈にメモしてる。「楕円アーチ。型枠の脚を広げるだけで対応可能。安全率は確認のこと」。……最後の一文が冷静でいい。こいつは書きながら考えてる。
十日目。
十本目の橋が完成した時、近くの村の住民が見に来てた。橋のない川を毎日渡し舟で越えてた連中だ。
「なあ……あの橋、石だけで立ってるのか……?」
「柱もねえのに……どういう仕組みだ……?」
「アーチだ。石同士が押し合って支え合ってる。——上に馬車が乗っても壊れねえ。試してみろ」
住民の一人が恐る恐る橋の上を歩いた。足を踏みしめて、跳ねてみて、目を見開いた。
「びくともしねえ!! 石だけなのに!!」
「うちの村からあっちの村まで、渡し舟で半日かかってたんだぞ!? これなら歩いて五分だ!!」
「五分!! 半日が五分!!」
「親方ーーーっ!! ありがとうよーーーっ!!」
遠くから叫んでる。手を振ってる。
「……礼を言うのは、渡してから十年後にしてくれ。十年後もこの橋が立ってたら、その時に礼を受け取る」
ユーリが横で書いてる。「十年保証」って書いてある。保証とは違うんだが……まあいい。
十二日目。十二本目の迫石を嵌めた。型枠を抜いた。
十二のアーチが平原の川を跨いでる。全部同じ規格。全部同じ強度。どこから渡っても同じ安心感。
「全橋完成!!」
ガルドが叫んだ。トルテが万歳してる。ハインツが橋の欄干に手を置いて、頷いてる。
エルノが静かにノートを閉じた。
「十二本。予定通りです。——施工精度も全て規格内でした」
耳が赤い。達成感だろう。
ルッカが切り出した石は二百八十八個。一個も無駄がなかった。全部使い切った。
「悪くねえ」
つい出た。本音だ。
カーラが最後の橋の上に立ってる。
「テツ。この橋の下で水浴びしていい?」
「好きにしろ。ただし服は着てろ」
「当たり前でしょ」
当たり前だな。当たり前のことを確認させんな。
十二の橋。十二の川を渡した。街道は平原を越えて、西に伸びていく。
この先に山脈がある。山を越えたら帝国だ。




