親方、丘を真っ二つにする
泥沼から西へ十キロ。道路の舗装を進めながら歩いてきたが、厄介なもんが見えてきた。
丘だ。
街道のど真ん中に、高さ十五メートルほどの岩山がでんと座ってる。今の道はこいつを大きく北に迂回してて、そのせいで二十キロの遠回りになってる。馬車で丸一日のロスだ。
「迂回するか、越えるか」とハインツが訊いた。
「どっちもやらねえ。ぶち抜く」
「ぶ……ぶち抜く!? この岩山を!?」
「丘の一番狭いところを切り通しにする。真っ直ぐ道を通す。——エルノ、断面を読んでくれ」
エルノが丘の周囲を歩いて、岩肌を観察した。ノートに断面のスケッチを描いてる。
「棟方殿。一番狭い場所は東寄りです。幅は約十二メートル。岩質は——ルッカ殿」
ルッカが岩肌に近づいて、舌でぺろっと舐めた。
「頁岩です。層状に割れやすい石。この方向に沿って割れば、きれいに剥がれます」
ユーリが目を丸くしてる。「岩を舐めて分かるんですか」って顔だ。分かるんだよ、ドワーフには。
「十二メートルを掘り抜く。深さは道路面まで八メートル。——二日でやる」
「二日で!?」
ハインツがまた叫んでる。こいつは驚き役が板についてきたな。
* * *
切り通しの工法は火割りだ。
西部要塞を建てた時にも使った技法で、岩の表面を焚き火でガンガン加熱して、一気に冷水をぶっかける。急激な温度変化で岩にヒビが入る。そこにノミと楔を打ち込んで、ばきっと割る。
まず焚き火だ。丘の切り通し予定面に、大量の薪を積んで火をつけた。リルの火の精霊が炎を岩肌に集中させてくれる。温度が上がっていく。岩が赤みを帯び始めた。
「よし、水だ! リル!」
「水の精霊、お願いします!!」
冷水が岩肌にぶち当たった。
バシュゥゥッッ!!
蒸気が噴き上がった。丘全体が白い煙に包まれる。
パキィッ! パキパキパキッ!!
岩にヒビが走る音。割れてる。ルッカが言った通り、頁岩の層に沿ってきれいにヒビが入っていく。
近くで作業を見てた村人が腰を抜かした。
「な、何だ!? 岩が割れてるぞ!?」
「火と水だけで!? 魔法じゃねえのか!?」
「魔法じゃねえ。温度差だ。岩ってのは急に冷やすとヒビが入る性質がある。——理屈が分かりゃ誰でもできる」
「いや、絶対誰でもはできねえだろ!!」
まあ、火の精霊と水の精霊がいねえと温度管理がきついのは事実だが、原理自体は単純だ。
「今だ! ガルド!!」
「おりゃあああああっ!!」
ガルドが丸太の楔を持って岩に突進した。ヒビに楔を突っ込んで、上から石の金槌を振り下ろす。
ドゴォンッ!!
岩の壁がごそっと剥がれた。厚さ三十センチ、高さ二メートルの岩板が、一枚丸ごと倒れてくる。
「うおおおおおっ!?」
ユーリが飛び退いた。三百キロはある岩板が地面に倒れて、砂埃が舞い上がる。
「ガルドさんすげえ!! 岩が丸ごと剥がれた!!」
「へへっ、まあな! こういうのは得意だ!」
ガルドが胸を張ってる。耳がぴんと立ってる。褒められると分かりやすい奴だ。
ハインツが剥がれた岩板を手で触って、信じられねえって顔をしてる。
「断面がきれいだ……! 割ったんじゃなく、剥がしたみてえだ……! これ、そのまま壁材に使えるぞ!?」
「使う。切り通しの擁壁に転用する。捨てる岩は一つもねえ」
「一つも……!?」
だがこれはガルドの力だけじゃねえ。ルッカが岩の層理面を読んだから、割れる方向が分かった。方向が分かるから、楔を打つ位置が決まる。位置が正確だから、ガルドの一撃で狙った通りに剥がれる。
力と知識の組み合わせ。どっちが欠けてもできねえ仕事だ。
——と思ってたら、丘の裏側からものすごい音がした。
ドガァン!! ガラガラガラッ!!
「何だ!?」
走って裏に回ると、岩壁が崩れてた。予定外の崩落だ。だが怪我人はいねえ。代わりに——獣人の女が一人、砂埃の中に立ってた。
猫耳。長い尻尾。俺の肩くらいの身長だが、腕が太い。手に持ってるのは——ツルハシ。
「いっやー! こっちからもぶち抜いたら速いかなって思って!」
にかっと笑ってる。
「……誰だお前」
「あたし、トルテ! ガルドさんが道路工事やってるって聞いて、手伝いに来ました! ガルドさんの故郷の後輩です!」
ガルドの顔を見た。耳が横に倒れてる。困惑してる。
「知ってるのか」
「知ってる……知ってるけど、こいつ、いつも力任せでめちゃくちゃで……」
崩れた壁を見た。めちゃくちゃだ。層理面を無視してツルハシをぶち込んだから、岩が不規則に砕けてる。使えない瓦礫の山だ。ルッカが剥がした岩板はそのまま建材に転用できるが、こっちの砕き方じゃゴミにしかならねえ。
「トルテ。力があるのは分かった。だが、力の使い方がなってねえ」
「え? 壊せたからいいんじゃ——」
「壊すのと割るのは違う。壊した岩はゴミだ。割った岩は建材になる。——ガルド、お前から教えてやれ」
ガルドが一瞬固まって、それから頷いた。
「おう。……トルテ、来い。楔の打ち方を見せてやる」
「わあ! ガルドさんに教えてもらえるの!? やったー!!」
嬉しそうに跳ねてる。猫の尻尾が左右にぶんぶん揺れてる。ガルドの耳がぺたんと垂れてる。先が思いやられる顔だ。
——だが、あいつの力はガルド並みだ。使い方を覚えりゃ、とんでもねえ戦力になる。
* * *
初日の終わり。
切り通しの掘削は予定の半分まで進んだ。火割りで岩を加熱して、冷水で割って、楔で剥がして、瓦礫を運び出す。この繰り返し。ガルドとトルテが瓦礫の運び出しを二人でやったら、一人の時の三倍速だった。力は大雑把だが、でかい岩を担いで走る速さは本物だ。
二日目。
朝から火割りを再開して、昼過ぎに向こう側が見えた。
「抜けた!!」
ガルドが叫んだ。切り通しの向こうに、西の平原が広がってる。
十二メートルの岩山を、幅六メートル、深さ八メートルで掘り抜いた。両側の岩壁にはルッカの指示で層理面に沿ったきれいな断面が出てて、擁壁の代わりになる。余計な補強がいらねえ。岩自身が壁だ。
切り通しの底に砕石を敷いて、道路を通した。泥沼の時と同じ四層構造。排水溝を両脇に掘って、かまぼこ断面で仕上げる。
近くの村から見物人が来てた。丘の向こうに住んでて、今まで二十キロ迂回してた連中だ。切り通しの入口に立って、向こう側まで見通せる真っ直ぐな道を見て、しばらく口が開いたまま閉じなかった。
「嘘だろ!! あの岩山に穴が空いてる!!」
「道が通ってる!! 真っ直ぐ通ってる!!」
「迂回しなくていいのか!? 二十キロも短くなるぞ!?」
「馬車で丸一日の短縮だ!! すげえ!! すげえよ親方!!」
村の年寄りが切り通しの壁を撫でてた。
「わしが子供の頃から、この丘を越えるのが大変だったんだ。冬は凍った坂道で馬車がひっくり返るし、夏は迂回路が泥だらけになるし。——こんな日が来るとは……」
年寄りの目が潤んでる。大げさだと思うが、二十キロの迂回が消えるってのは、この辺りの住民にとっちゃ人生が変わるレベルの話だ。市場に行く時間が半分になる。医者を呼ぶのも、子供を学校に送るのも、全部楽になる。
道一本で生活が変わる。それが土方の仕事だ。
ユーリがメモを書きながら言った。
「棟方さん。火割りの手順なんですけど、加熱時間と冷水の量は岩の種類で変わるんですか」
「変わる。硬い岩ほど長く加熱して、一気に冷やす。軟らかい岩は短くていい。——ルッカが岩を舐めて種類を判断してくれたから、今回は無駄がなかった」
「ルッカさんの鑑定がなかったら?」
「三倍かかってた。当てずっぽうで焼いても割れるが、狙った通りには割れねえ。建材に使える岩板は取れなかったろうな」
ユーリが「岩質の判定→加熱時間の決定→割る方向の選択」と書いてる。手順だけじゃなく「なぜ」の部分まで書こうとしてるのが見える。このガキ、飲み込みが速え。
カーラが切り通しの中を歩いてきた。岩壁に手を当てて、見上げてる。
「ねえテツ。ここ、屋根付けたら日陰になるわね」
「道路に屋根は要らねえだろ」
「雨の日に濡れないじゃない。——あと風呂は」
「ここには作らねえ!」
「けち」
けちじゃねえ。街道の全行程に風呂を作ってたらいつまで経っても帝国に着かねえ。
——まあ、宿場を作る時には風呂も入れるつもりだが。黙っとこう。言ったらまた面倒なことになる。
丘を貫いた。次は平原だ。平坦な道を、ひたすら真っ直ぐ敷いていく。地味な仕事だが、これが一番大事な区間だ。
一歩ずつ。帝国に向かって。




