表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第四部 礎の親方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/161

親方、泥沼を道にする


 出発の朝。


 街道建設の第一歩だ。王都の西門に棟方組が集まった。テツ、ガルド、ルッカ、リル、エルノ、カーラ。それと石工チームからハインツが志願してきた。「道路工事は初めてだが、やらせてくれ」と。断る理由がねえ。


 荷馬車に資材を積み込んでいたら、門の外から走ってくる影が見えた。


 痩せた少年。胸に木の板を抱えてる。


「棟方さん!!」


 ユーリだ。カイザから一人で来たのか。息が切れてる。三日は走り通してきた顔だ。


「母さんはヴァルターさんのところに預けてきました。足はもう動くって、医者が言ってくれたんで――」


「飯は食ったか」


「え?」


「飯だ。走ってきたなら、腹減ってんだろ」


 握り飯を一つ投げた。今朝握ったやつだ。中身は干し肉と漬物。ユーリが受け取って、かじって、目を丸くした。


「……おいしい」


「食ったら荷馬車に乗れ。歩けねえだろその足じゃ」


 ユーリの足を見たら靴底が擦り切れてた。三日走ったらそうなるわな。ルッカが替えの靴紐を出してきて「これで縛っとけ」と渡してる。面倒見のいい奴らだ。


「行くぞ」



    * * *



 王都から西へ五キロ。


 止まった。


 道が消えてる。正確に言うと、道だったものが泥の海になってる。幅五十メートル、奥行き百メートルくらいの低地に水が溜まって、ぬかるみが道を飲み込んでた。荷馬車が二台、泥に車輪を取られて立ち往生してる。馬が鳴いてる。商人が顔を真っ赤にして怒鳴ってる。


「おいおい、また沈んでやがるのか! 毎年春になるとこうなるんだ!」


「三日前に出発した隊商は迂回して二日遅れたってよ!」


「誰か何とかしろよ! ギルドに依頼出しても誰も受けねえし!」


 ハインツが渋い顔で言った。


「棟方、ここは昔からの難所でな。春の雪解け水が溜まる低地で、毎年こうなる。丸太を敷いて応急で通すんだが、翌年にはまた沈む。もう何十年もこの繰り返しだ」


 馬車から降りて、泥の端を踏んだ。ずぶっと足首まで沈む。


 しゃがんで泥を掬った。指で潰す。粘土質じゃねえ、砂混じりの泥だ。水を含むと流動するが、水を抜けば締まる土質。つまり——水さえ抜きゃ道になる。


 リルに訊いた。


「この辺の地下水位はどのくらいだ」


「聞いてみます。——ノーム、お願い!」


 リルが目を閉じて、土の精霊と交信した。


「地表から三十センチくらいだそうです! すごく浅い! 周りの丘から水が集まってきてるって!」


 三十センチ。地表のすぐ下が水。そりゃ泥になるわけだ。丸太を敷いたって丸太ごと沈む。


「分かった。やることは三つだ」


 全員を集めた。泥に沈んでる荷馬車の商人たちも含めて。


「一つ。両脇に排水溝を掘って、溜まってる水を南の川に流す。二つ。水が抜けたら粗朶(そだ)——木の枝を束にしたやつ——を泥の上に敷き詰めて地盤を安定させる。三つ。その上に砕石と砂利を載せて突き固めて、舗装する。——半日で馬車が通れるようにする」


「「は???」」


 商人が二人同時に声を上げた。


「半日!? この泥沼を半日で!?」


「何十年もどうにもならなかった場所だぞ!?」


「水を抜きゃいいだけだ。この土は水さえなけりゃ締まる。誰もやらなかっただけだ」


 立ち往生してた商人たちの顔が、困惑から期待に変わった。こういう顔は好きだ。「嘘だろ」って顔をしてる奴が、目の前で形になるのを見て「マジかよ」に変わる瞬間。土方の仕事の醍醐味だ。



    * * *



 まず排水だ。


 泥沼の両脇に溝を掘る。幅三十センチ、深さ五十センチ。泥の中に溝を掘るのはガルドの独壇場だ。あいつのSTR:Sで(すき)を振り回せば、泥なんか紙と同じだ。


「ガルド、北側を頼む。南側は俺とハインツでやる。溝の勾配は南に向かって千分の五。エルノ——」


「水準器の準備はできてます。——五十メートルで二十五センチの落差ですね」


「さすがだ。任せる」


 ガルドが北側の溝を猛烈な速度で掘り始めた。泥が左右に飛ぶ。五十メートルの溝を、一人で三十分で掘りやがった。


「できたぞ、親方!!」


「速えよ!」


 南側はハインツと俺で一時間かかった。まあ普通はそっちが普通だ。


 溝が繋がった瞬間、溜まっていた水がごぼごぼと流れ出した。泥の表面がみるみる下がっていく。水の精霊がリルの指示で流れを加速させてる。


「う、うおおお……!! 水が引いてく……!!」


 商人たちが目を剥いてる。何十年も溜まってた水が、溝を通って川に流れていく。一時間もしないうちに、泥沼の水位が膝から足首まで下がった。


 次。粗朶(そだ)だ。


 裏手の林から枝を大量に刈り取って、束にする。太さは腕くらい。長さは二メートル。この束を泥の上に隙間なく並べていく。枝の束が泥の上に浮力を持って広がるから、体重が分散して沈まなくなる。日本でも軟弱地盤に道を通す時に昔から使われてきた粗朶沈床(そだちんしょう)って技法だ。


「ユーリ、この枝を束にしろ。紐で巻いて、こんくらいの太さにまとめる。——手を動かす練習だ」


「はい!」


 ユーリが必死に枝を束ねてる。手が遅い。遅いが、丁寧だ。束の太さが揃ってる。メモ魔の几帳面さが活きてる。


 粗朶を敷き詰めたら、その上に砕石を載せる。道の脇から拾ってきた石を砕いて、拳の半分くらいの大きさにする。これをルッカが鍛冶用の金槌でガンガン割っていく。


「ルッカの石割り、速えな……!」


 ハインツが感心してる。ルッカは小柄だが、金槌の扱いだけなら棟方組で一番精密だ。狙った場所を狙った力で叩ける。鍛冶師の腕が石割りに化けてる。


 砕石の上に砂利を敷いて、突き固める。最後に表面をかまぼこ型——道路の中央を微妙に高くして、雨水が両脇の排水溝に流れるようにする。


「道の真ん中を、こう——ほんの少し盛るんだ。横から見たら分からねえくらい。だがこれで雨が降っても水が道の上に溜まらねえ。脇に流れる」


 エルノが水準器を当てて勾配を確認した。


「中央と端の高低差、三センチ。完璧です、棟方殿」


「よし。——通してみろ」



    * * *



 泥に沈んでた荷馬車を引き上げて、新しい道に載せた。


 商人が恐る恐る馬を進める。車輪が砂利を噛んで、ゴロゴロと転がる。沈まねえ。泥に取られねえ。まっすぐ進む。


「……沈まねえ!!」


 商人が叫んだ。


「嘘だろ!? さっきまで泥の海だったところを馬車が走ってるぞ!?」


「おいおいおい、マジかよ!! 何だこの道!! 石が敷いてある!!」


「半日だぞ!? 半日で何十年の泥沼が道になったぞ!?」


 もう一台の荷馬車も通した。問題なし。三台目——見物してた旅人の馬車も通した。全部通れた。


 商人の一人が馬車を止めて、降りてきた。道の表面をしゃがんで触ってる。


「この石、ちゃんと固まってる……! 踏んでもぐずぐずしねえ! こんな道、帝国の軍用道路でも見たことねえぞ!!」


 立ち往生してた商人たちが、荷台から酒樽と干し肉を出してきた。


「あんた棟方って言ったな!? 名前は聞いたことがある! 王都の親方だろ!? 礼をさせてくれ!!」


「礼はいらねえ。先を急いでくれ。あんたらが道を使ってくれることが一番の礼だ」


「格好いいこと言いやがって!! いいから酒を受け取れ!!」


 受け取った。ガルドが嬉しそうな顔をしてる。今夜の麦酒が増えた。


 ユーリが新しい道の上に立って、足で踏みしめてる。


「……さっきまで泥だったのに」


「水を抜いて、荷重を分散させて、締め固めただけだ。難しいことはやってねえ。——だが、これを知ってる奴がいなかった。だから何十年も放置された」


「知ってるだけで、こんなに変わるんですね」


「知ってるだけじゃ変わらねえ。手を動かして初めて変わる。——お前もちゃんと枝を束ねただろ。あの粗朶がなけりゃ砕石が沈んでた。お前の手も、この道の一部だ」


 ユーリが自分の手を見てた。泥だらけで、枝で引っ掻いた傷がある。メモを持つ手じゃなく、現場で働いた手。


 カーラが道の端を歩いてきた。


「テツ、この道の先に温泉とかないの?」


「ねえよ」


「残念」


 勘弁してくれ。


 百メートルの舗装道路。小さい仕事だ。だがこの先に三百キロの街道が続く。一歩ずつ、一メートルずつ、帝国まで繋げる。


 ガルドが隣に来た。


「親方。こういう仕事、好きだな俺」


「どういう仕事だ」


「困ってる奴の目の前で、ぱっと直す仕事。最初の頃みてえだ。井戸を直した時とか、火事場を仕切った時とか」


「……まあな。でかいもん建てるのも悪くねえが、こういう地味な仕事が一番性に合ってる」


「地味か? 俺には派手に見えたけどな」


「道を敷いただけだぞ」


「その『だけ』が、誰にもできなかったんだろ」


 ……言い返せねえ。


 西に向かって歩き出した。次の泥沼が待ってるかもしれねえ。待っててくれ。全部道にしてやる。


 土方の仕事だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ