親方、一日で二十人の家を建てる
翌朝。
瓦礫を見ながらコーヒーを飲んだ。昨日は淹れる気にならなかったが、朝になったら手が勝手に動いてた。二十五年の現場仕事で身体に刻まれた朝の手順ってのは、気分がどうあれ止まらねえ。
コーヒーを飲み干して、立ち上がった。
落ち込んでる暇があったら手を動かす。それが土方だ。
* * *
崩壊した集合住宅から追い出された住民が二十人、町の集会所に詰め込まれてる。集会所ったって石壁に屋根を載せただけのでかい小屋みてえなもんで、隙間風がひどい。帝国の冬はまだ寒い。毛布にくるまった子供が震えてた。
足を怪我した女が、壁際に横たわってる。隣に痩せた少年が座って、じっと母親の足を見てた。
——ここに住まわせとくわけにはいかねえ。
「ヴァルター、この町にコンクリートブロックの在庫はあるか」
「建材倉庫に百ほどある。壊れた建物を建て直す用のストックだ」
「借りる。丸太は」
「裏山にいくらでもある」
「よし。——今日中に、二十人分の仮の住まいを作る」
ヴァルターの目が動いた。
「一日でか」
「一日で十分だ。でかいもんを建てるんじゃねえ。雨風を防いで、床が温かい箱を作るだけだ」
カーラが髪を束ね直した。「あたしは何すればいい」と訊く前にもう準備してる。こういう時の姐さんは頼りになる。
「カーラ、この辺の住民で手伝える奴を集めてくれ。十人もいりゃ足りる」
「任せなさい」
「リル、地盤を診てくれ。集会所の隣の空き地。基礎を据える前に、凍結深度を確認したい」
「はい! ノームに聞いてみます!」
* * *
仮設住宅の設計は、単純にした。
四メートル四方のブロック壁を腰の高さまで積む。その上に丸太を渡して屋根にする。屋根にはこの辺の草を厚く葺いて雨を防ぐ。床は——帝国だから床下暖房を簡易版で入れる。
ヴァルゲンの兵舎でやったのと同じ原理だが、あの時は煉瓦の煙道を丁寧に組んだ。今回は時間がねえから、地面に溝を掘って石を並べて蓋をするだけの簡易版にする。炉を一つ焚けば、溝に沿って熱気が床下を流れて、石の床がじんわり温まる。
完璧じゃねえが、集会所の隙間風より百倍ましだ。
リルが戻ってきた。
「親方さん! ノームが言ってます、この辺りの凍結深度は七十五センチです! 粘土が多いから、八十センチまで掘った方がいいって!」
「八十。——崩れた家の基礎は三十だった。話にならねえ」
ため息が出た。だが、今は怒ってても仕方がねえ。掘る。
「基礎は八十センチ掘り下げる。仮設でも手は抜かねえ。——いいか、仮設だから手を抜いていいなんてことは絶対にねえからな」
カーラが連れてきた住民十人と合わせて、総勢十三人で作業に入った。ヴァルターの弟子も二人来てくれた。十五人。
俺が段取りを指示して、自分も突き棒を握った。
まず穴を掘る。八十センチ。冬の帝国の土は固い。凍ってるところもある。ガルドがいりゃ一発なんだが、人力で地道にやるしかねえ。住民の中にでかい男が二人いて、そいつらに深いところを任せた。
穴の底に割栗石を敷き詰める。ここからが勝負だ。
「突き棒を貸してくれ」
住民の一人に丸太の突き棒を渡した。だが、突き方がなってねえ。上から落としてるだけで、石に体重が乗ってない。
「違う、腰で突け。腕の力で振り下ろすんじゃなく、腰を落として体重を棒に乗せるんだ。——こうだ」
手本を見せた。突き棒を振り上げて、腰を落としながら振り下ろす。ドン、と石が締まる音がする。身体全体で突くから、百回やっても腕が死なねえ。
「お、おお……全然音が違う!」
「当たり前だ。石が締まる音と、石を叩いてるだけの音は違う。耳で分かるまで続けろ」
突き固めを住民に任せて、俺はブロックの積み方を指示した。ブロックの目地にモルタルを詰めて、水平を確認しながら一段ずつ積む。水糸を張って高さを揃える。ここは帝国の石工の弟子がいるから、ブロックの扱い自体はうまい。
「目地は隙間なく詰めろ。空洞があると、そこから水が入って、冬に凍って割れる。——崩れた家も、目地に空洞があった」
弟子の手が一瞬止まった。それから、さっきより丁寧に目地を詰め始めた。
* * *
昼過ぎ。
四棟目の壁が立ち上がった。一棟あたり四人家族を収容できるサイズで、五棟で二十人分。残り一棟。
作業を見てる人間が増えてた。崩壊事故の被災者だけじゃなく、町の住民が集まってきてる。朝は怒った顔ばかりだったが、今は——違う顔をしてる。
壁が立ち上がっていく。屋根が架かる。床下暖房の溝が掘られて、石が据えられる。半日前はただの空き地だったところに、家ができていく。
こういうのが土方の強みだ。理屈じゃなく、目の前で形にして見せりゃ、言葉はいらねえ。
「すげえ……半日で四棟って、嘘だろ……」
「壁がまっすぐだ。あの崩れた家とは全然違う」
「基礎をあんなに深く掘ったのは初めて見た。あそこまで要るもんなのか……?」
聞こえてる。聞こえてりゃいい。見て覚えろ。
五棟目に取りかかった時だった。
視界の端に、さっきから動かない人がある。
痩せた少年だ。集会所で母親の横に座っていた奴。壁際から出てきて、俺の作業をじっと見てる。叫ばない。話しかけてもこない。ただ見てる。
——で、手元にメモみてえなもんを持ってる。木の板に炭で何か書いてる。
俺が突き棒を振るたびに、書いてる。ブロックを積むたびに、書いてる。目地を詰めるたびに、書いてる。
気になったが、放っておいた。見てるだけなら邪魔じゃねえ。
* * *
夕方。五棟全部が完成した。
屋根を葺いて、床下暖房に火を入れた。リルの火の精霊が溝に沿って熱を均一に回してくれる。石の床がじんわり温かくなっていく。
被災者を案内した。
足を怪我した女が、息子に肩を借りて仮設に入ってきた。石の床に手をついて、目を丸くした。
「……温かい。床が温かいよ……!」
「床下に暖房が入ってる。朝まで持つ。薪を足す手順は後で教える」
女が俺を見上げた。さっきまで痛みで歪んでいた顔が、少しだけ緩んだ。
「ありがとう。——ありがとうございます」
「礼を言われることじゃねえ。屋根を作るのは土方の仕事だ」
外に出た。五棟が並んでる。
完璧な建物じゃねえ。急ごしらえの仮設だ。だが基礎は八十センチ掘ったし、割栗石も突き固めた。目地に空洞もねえ。こいつは仮設でも、崩れた本建築より頑丈だ。
——それが問題なんだ。仮設より弱い本建築が建てられてた。仕様書があったのに。
ふと、背後に気配を感じた。
振り向くと、あの少年が立ってた。木の板を胸に抱えてる。炭で書いたメモがびっしり並んでる。
「……何か用か」
「一つ、訊いていいですか」
「何だ」
「基礎を八十センチ掘ってましたけど、壊れた家は三十センチだった。——なんで深さが違うんですか」
その質問ができるってことは、こいつは見てただけじゃなく、考えてたってことだ。壊れた家の基礎と、俺が掘った基礎を、比べてた。
「地面は冬に凍る。凍ると膨らむ。膨らんだ地面が基礎を押し上げる。——その力が届かない深さまで掘るんだ。この辺りの土だと八十センチ以下。三十センチじゃ凍る層のど真ん中だ」
「なんで三十センチじゃダメなのか、壊れた家を建てた人は知らなかったってことですか」
「……ああ。たぶんな」
少年が木の板を見た。自分が書いたメモを読み返してる。
「僕、全部書いてました。あんたが掘った深さも、石を突いた回数も、壁を積む順番も。——でもこれだけじゃ、『なんで』は分からない」
「書いただけじゃ分からねえよ。手を動かして、失敗して、自分の目で見ねえと」
「……教えてくれませんか。『なんで』の部分を」
コーヒーを飲みたくなった。今度は飲めそうだ。
「名前は」
「ユーリです」
「ユーリ。——明日から、この町の建物を全部叩いて回る。危ねえ建物がないか点検する。ついてくるなら来い。ただし、手を動かせ。メモだけ取ってても建築にはならねえ」
「はい。——手を動かします」
ヴァルターが遠くからこっちを見てた。鼻を鳴らしてる。笑ってるのか呆れてるのか、爺さんの顔は分かりにくい。
カーラが宿から顔を出した。
「テツ、風呂は——無理か。この町」
「……明日、仮設の五号棟の横に作るか」
「え、作れるの!?」
「五右衛門風呂の簡易版なら半日で作れる」
「ゴエモン? が何かは分からないけど……この町に来てよかった」
よかったって言うな。崩壊事故で来てんだ。
だが——まあ、風呂は必要だ。被災者にも、俺にも。湯に浸かって、頭を冷やして、明日の段取りを考えなきゃいけねえ。
壁を叩いて回るだけじゃ足りねえのは分かってる。だが、今の俺にできるのは、まず目の前の壁を叩くことだ。
一軒ずつ。一歩ずつ。
土方のやり方で。




