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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど


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親方、水路を掘る


 市場建設の第一歩は、穴掘りだ。


 地味だろう。地味なんだ。だが、これが一番大事な工程だってことは、二十五年の現場人生で嫌ってほど思い知らされてきた。


 排水だ。


 水の逃げ道がない街は腐る。雨が降れば地面がぬかるみ、汚水が溜まり、衛生環境が悪化する。日本の江戸だって、下水を整備したから百万都市が成り立った。ローデンの下町がじめじめしてるのは、排水がまるでなってないからだ。


 市場を建てる南区画に、まともな排水路を通す。これが最初の仕事。


 ただし——俺とガルドとルッカの三人じゃ、区画まるごとの排水工事は何ヶ月かかるか分からない。人手がいる。



「フェルマンさん、作業員を二十人、一ヶ月契約で雇いたい。日当は、銅貨四十枚で」


「二十人、ですか。それは、かなりの人件費ですが……」


「排水路がなきゃ市場は建てられない。ここは削っちゃいけない金だ」



 フェルマンが承認してくれた。商人ギルドの掲示板に募集を出すと、翌日には三十人以上が集まった。日雇いの仕事を探してる連中がこんなにいるってことは、この街の失業率はかなり高い。四年前のドラゴン災害で仕事を失った連中が、まだ復帰できてないんだろう。


 集まった中から二十人を選んだ。基準は簡単。体力があること、指示が聞けること。腕前は問わない。教える。


「いいか、お前ら。今から俺の言う通りに掘れ。幅はこの棒の長さ、深さは膝まで。真っ直ぐ掘れ。曲がったらやり直しだ」


 作業開始。



    * * *



 まず本流だ。


 南区画の西端から東端まで、一直線に溝を掘る。全長約二百メートル。これがメインの排水路になる。区画全体の水をここに集めて、東の外壁沿いの水路に流す。


 ポイントは勾配(こうばい)だ。


 水は高い所から低い所に流れる。当たり前の話だが、排水路に勾配がなけりゃ水は動かない。逆に急すぎると水流が強くなって溝が削れる。ちょうどいい傾きを付けるのが技術だ。


 百メートルで三十センチの高低差。これが基本の勾配だ。緩やかだが、水はちゃんと流れる。


 水糸を張って高さの基準を決める。六話で作業小屋を建てた時と同じ道具だ。ガルドが水糸の使い方を作業員に教えている。教わった側がまた次に入った人間に教える。知識が広がっていく。いい流れだ。



「ガルド、お前はもう水糸を使えるんだから、Aチームの指揮を取れ」


「え、俺が?」


「十人を見ろ。掘る深さと方向を指示して、ずれたら直させる。できるだろ」


「……やってみる」



 ガルドが初めて「指示する側」に回った。最初はぎこちなかったが、声がでかいから指示は通る。力仕事の手本を見せられるのも強い。作業員が「あの獣人、化け物みてえに力あるな」とひそひそ言ってるが、馬鹿にしてる声じゃない。


 俺はBチームの十人を率いて、本流からの支線(しせん)——枝分かれした細い排水溝を掘っていく。通りの両側に、建物の基礎に沿って細い溝を掘り、それを本流に繋ぐ。雨水も生活排水も、この支線を通って本流に集まり、東へ流れていく。


 設計は水の精霊に助けてもらった。水の精霊は地表の水がどう流れるかを感じ取れるらしい。リルを通じて「ここは水が溜まりやすい」「ここは自然に東に流れる」と教えてくれる。その情報をもとに支線の配置を決めた。


 元の世界なら測量データとシミュレーションでやる工程だ。精霊がいると、自然の声を直接聞けるようなもんだ。



    * * *



 掘り始めて三日目。


 本流の溝が五十メートルまで進んだところで、シャベルがカチンと硬いものに当たった。


「親方ぁ、なんか出てきたぞ!!」


 作業員が呼びに来た。溝の底に白い層が露出している。


 リルが前に教えてくれた『石灰岩』の層だ。


 ったく、予想より浅い場所にあったな。



「掘り出してみろ。大きい塊で取れるか」


 作業員がツルハシで周囲を崩すと、けっこうな大きさの石灰岩が出てきた。白くてきめが細かい。質がいい。


「こいつぁ使える」


 石灰岩はモルタルの原料になる。砕いて焼けば石灰になるし、そのまま切り出せば建材にもなる。排水路の内壁に使える。


 排水路を掘りながら、同時に建材が手に入る。一石二鳥だ。


「ルッカ、この石を見てくれ」


 ルッカが石灰岩を手に取って、爪で引っかいて、舐めた。


「いい石灰岩です。不純物が少ない。焼けば上質の石灰が取れます」


「舐めて分かるのか?」


「舌に残る味で不純物の量がだいたい分かります。鍛冶師の知恵です」


 舐めて鑑定。すげえ技術だが、あんまり真似したくはない。


 石灰岩の採掘と排水路の掘削を並行して進めた。掘った石灰岩は区画の端に積んでおく。市場建設の時にたっぷり使える。



    * * *



 一週間が経った。


 本流の排水路が完成に近づいている。全長二百メートルの溝が掘り終わり、今は内壁を石で固める作業中だ。


 ただの溝じゃダメだ。土の溝は雨で崩れるし、底に泥が溜まる。石で内壁を覆って、底面を平らに仕上げる。こうすると水がスムーズに流れて、泥も溜まりにくい。


 排水路の要所には沈砂桝(ちんさます)を設けた。溝の途中にある、少し深い溜まり場のことだ。こいつを作っておくと、水に混じったゴミや砂がここに沈んで溜まる。定期的にさらえば、排水路本体が詰まらない。


 これも元の世界じゃ当たり前の仕組みだ。だが、この世界の連中は溝を掘っておしまい。すぐ詰まって使い物にならなくなる。だから「排水路なんか作っても無駄だ」という認識になる。無駄なんじゃなく、やり方が中途半端なだけだ。


 ルッカが作業場の裏に組んだ鍛冶場(かじば)で、ノミとシャベルの替え刃を量産してくれている。前より格段に切れ味がいい。作業速度が目に見えて上がった。



「旦那、新しいノミです。刃先の角度を少し変えました。石灰岩を割る時、こっちの方が欠けにくいはずです」


「試してみるか。——お、いいな。引っかかりが全然違う」


「石灰岩用に焼き入れの温度を調整しました」


 材質に合わせて工具を調整する。こういう細かい改良の積み重ねが、現場の効率を変える。ルッカの加入は正解だった。



    * * *



 二週間目の夕方。


 排水路の本流と主な支線が完成した。あとは細かい枝の接続を残すのみ。


 その夜、雨が降った。


 けっこうな量だ。夕方から降り始めて、夜半には本降りになった。


 翌朝、見に行った。


 南区画の排水路は、きれいに機能していた。


 雨水が支線から本流に集まり、本流を勾配に沿ってさらさらと東に流れていく。溝の中に水が流れて、地面はほとんどぬかるんでいない。沈砂桝には砂やゴミが溜まっている。ちゃんと仕事してる。


 一方——南区画の「外」は、いつも通りの水浸しだった。


 下町の道はどこもぬかるんで、水たまりだらけ。住民が泥まみれの道を歩いている。いつもの光景だ。


 だが南区画だけ、道が乾いている。


 それを見た作業員の一人が、ぽかんと口を開けた。


「……嘘だろ。昨日あんだけ降ったのに、ここだけ水が引いてるぞ」


「排水路のおかげだ。水はちゃんと道を作ってやれば、勝手に流れていく」



 通りかかった下町の住民たちも足を止めた。自分たちの住む区画は泥だらけなのに、隣の南区画だけ地面が乾いている。不思議そうな顔で排水路を覗き込んでいる。



「何だこの溝、水が流れてるぞ!!」


「雨水がここに集まって、東に抜けてるのか!?」


「こういうのを、うちの前にも作ってくれねえかなあ……」


 ぽつぽつと声が上がり始めた。


 フェルマンが朝一番で見に来て、排水路を眺めて満足そうに頷いた。


「棟方殿。この排水路だけで、南区画の土地価値が倍になりました!」


「そうかい。まだ溝を掘っただけだぞ?」


「溝を掘っただけで街が変わる。それがどれほどのことか、商人ギルドは理解しています」


 ま、分かってくれるなら何よりだ。


 作業場に戻ると、ガルドが作業員たちと一緒に朝飯を食っていた。二十人の作業員と親方と弟子が同じ釜の飯を食う。現場の基本だ。


「親方ぁ、次は何だ!」


「道路だ。排水路の上に道を敷く。それが終わったら、いよいよ建物に入る」


「おう!!」


 ガルドの返事がでかい。作業員たちもつられて声を上げた。


 いい空気だ。現場に活気がある。


 ルッカが黙って工具の手入れをしている。リルが精霊と話しながら排水路の端を歩いて点検している。カーラは風呂に入っている。うん、まあ、あいつはあれでいい。


 窓の外、南区画では水がきれいに引いた地面が、朝日に乾き始めていた。


 悪くねえ。この調子だ。

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