親方、現場を歩く
南区画に来た。
フェルマンが「大規模市場の建設予定地」と言っていた場所だ。棟方組の全員を連れてきた。ガルド、リル、ルッカ。カーラは「暇だから」と付いてきた。もう止める気もない。
で、現場を見た感想だが。
「……こりゃ、市場どころじゃねえな」
ひどい。
区画全体が、ぐちゃぐちゃだ。
まず道がない。正確には、道があるんだが、くねくね曲がって行き止まりだらけ。建物が好き勝手な場所に建っていて、その隙間が「道」になっているだけ。計画性がゼロ。
次に水はけが最悪。地面がじめじめしていて、あちこちに水たまりがある。昨日の雨が抜けていねえ。側溝がないから、雨水がどこにも流れていかねえ。
建物もぼろい。半分は空き家で、残り半分も傾いたり壁が崩れたりしている。四年前のドラゴン災害の被害がそのまま残ってるんだろう。
「フェルマンさん、ここに市場を建てるって話だったが」
「はい。この一帯を更地にして、新しく——」
「更地にしてもダメだ」
フェルマンが目を丸くした。
「この土地は、建物を建てる前にやることがある。というより、建物を建てるのは最後だ」
「最後、ですか?」
「まず道を引いて、排水を作って、地盤を整える。その順番を飛ばして上物を建てたら、三年で傾いて五年で崩れる」
フェルマンが困った顔をしている。商人ギルドは「市場の建物を建ててくれ」と依頼したつもりだったんだろう。だが、俺に言わせりゃ話はもっと手前だ。
建物ってのは「上物」にすぎない。その下に「インフラ」がある。道路、排水、地盤。この三つが揃ってないところに何を建てても砂の上の城だ。
この世界の連中は、その発想がない。建物を建てたい場所に、そのまま建てる。だから傾く。崩れる。水浸しになる。
「一日くれ。この区画を全部歩いて、何が必要か洗い出す」
* * *
現場を歩くのは、土方の基本だ。
図面を引く前に、足で歩く。目で見る。手で触る。匂いを嗅ぐ。地面を踏む。これをやらない設計は絵に描いた餅だ。
区画の端から端まで歩きながら、頭の中に地図を描いていく。
まず地形。南区画は西から東へ緩やかに傾いている。高低差は目測で二メートルくらい。ってことは、排水は西から東に流すのが自然だ。東の端に本流の排水路を通せば、区画全体の雨水をまとめて外に出せる。
「リル、精霊にこの辺の地下水の流れを見てもらえるか」
「はい。——地下水は……北東に向かって流れてるそうです。深さはこのくらい」
北東か。地表の傾斜と地下水の流れ方向がずれてる。これは注意がいる。排水を掘る時に地下水脈にぶつかる可能性がある。ぶつかったら水が噴き出して工事が止まる。事前に分かってれば避けられる。
精霊の地下探査が、ここでも効いてきた。元の世界なら何十万もかけてボーリング調査をやるところだ。
「ガルド、この辺の地面を踏んでみてくれ。感触を教えろ」
「おう。——ここはけっこう硬い。こっちは……柔らかいな。靴がちょっと沈む」
「そっちの柔らかい場所は、昔なんかの建物があった跡だろう。取り壊した後に瓦礫を埋めて土を被せただけだ。こういう場所は地盤が不安定だから、建物は建てられねえ」
「じゃあ、どうするんだ」
「掘り返して瓦礫を除去するか、杭を打つか。まあ、市場の配置を決める時にここを避けるのが一番安上がりだ」
歩き続ける。
途中、ルッカが地面に落ちてた錆びた釘を拾って、眉をひそめた。
「旦那、この釘……鉄の質が悪いです。不純物が多くて脆い。これで建物を留めてたなら、そりゃ崩れます」
「分かるのか?」
「錆び方で分かります。いい鉄は均一に錆びますけど、これはまだらに錆びてる。焼きが甘いか、砂鉄の精錬が雑か……」
こいつ、やっぱり鍛冶の目がある。釘一本から材質を見抜くのは、素人には無理だ。
午前中いっぱいかけて、区画を三周した。頭の中の地図がほぼ出来上がった。
* * *
午後。作業場に戻って、板の上に炭で図面を描いた。紙が貴重なこの世界じゃ、大きな図面は板に描くのが早い。
南区画の全体図。まず大きな通りを二本、十字に引く。これが市場のメインストリートだ。幅は荷馬車がすれ違える広さ。
「道を先に決めるんですか?」
フェルマンが覗き込んでいる。午後から合流した。
「人と物がどう流れるかが先だ。道が決まれば建物の場所が決まる。建物が決まれば排水の経路が決まる。逆はできねえ」
十字の通りの交差点が市場の中心になる。ここに広場を設ける。広場から四方に通りが伸びて、通りの両側に店舗が並ぶ。
通りの下には排水溝を通す。勾配をつけた石組みの溝で、雨水と生活排水を東の本流に集める。
「排水が通りの下、ですか?」
「そうだ。道路と排水は一緒に作る。別々にやると二度手間だし、後から掘り返すと道路が傷む」
店舗の区画は統一した大きさに割る。間口が何メートル、奥行きが何メートル、と決めておけば、テナントの入れ替えが楽になる。空き店舗が出ても、同じサイズの区画だから次の借り手が見つかりやすい。
フェルマンが目を見張った。
「……棟方殿、それは商人ギルドの発想です。建築の話ではなく」
「ん?」
「区画を統一してテナントの入れ替えを容易にする、というのは。あなたは商人ではないのに、なぜそれが分かるのですか」
「元の世界……いや、俺の故郷じゃ当たり前のことだ。商業施設を作る時は、使う側の都合を先に考える。建てる側の都合で作ったら、誰も入らない箱ができるだけだ」
フェルマンが黙った。しばらく図面を見つめてから、深く頭を下げた。
「棟方殿、市場の建設ではなく、南区画全体の再開発をお願いしたい! 予算は追加で交渉します!」
「再開発……ねえ」
なんだか、どでかい話になってきた。市場一棟の話が、区画まるごとの都市計画に化けた。
だが——正直、こっちの方が面白い。
建物を一つ建てるのは技術の仕事だ。だが、街を作るのは設計の仕事だ。人の流れ、物の流れ、水の流れ。全部を読んで、全体を組み立てる。元の世界でも、こういう仕事を一度はやってみたかった。小さい工務店の親方には回ってこないスケールの仕事だった。
「やるよ。ただし条件がある」
「何でしょう」
「工期は急がせるな。地盤と排水を手抜きしたら、全部パーだ。最低でも排水路の完成まで三ヶ月。その上に建物を建て始めて、全体完成は半年後。これが最短だ」
「半年……」
「急ぐなら他を当たってくれ。早く建てて三年で壊れる市場と、半年かけて五十年持つ市場と、どっちが得かは商人なら分かるだろ」
フェルマンが苦笑した。
「分かりました。半年、お預けします」
* * *
フェルマンが帰った後、作業場でガルドが図面を見つめていた。
「親方、この図面……街を作るのか、俺たちで」
「そうだ」
「……すげえな。井戸を直してた頃とは大違いだ」
「やることは同じだよ。地面を整えて、石を積んで、水を流す。スケールが違うだけだ」
ルッカが棚の工具を点検しながら言った。
「旦那。市場の規模だと、今の工具じゃ足りません。ノミも金槌も、もっと数が要ります。それに、大きな石を切るための石ノミがない」
「作れるか」
「……鍛冶場があれば」
「よし。まず鍛冶場を作るところからだな」
ルッカの目が光った。鍛冶場。こいつにとっちゃ、それが一番嬉しい言葉だったんだろう。
リルが精霊と何か話していた。
「親方さん、精霊たちが言ってます。あの区画の地下に、面白いものがあるって」
「面白いもの?」
「石灰岩の層です。浅い場所にけっこう広く。精霊が言うには、掘り出せばたくさん使えるって」
石灰岩。石灰モルタルの原料だ。今まではあちこちから買い付けてたが、現場の真下に原料があるなら話が早い。運搬コストがゼロになる。
「リル、場所を正確に教えてくれ。明日、試掘する」
「はい!」
カーラが風呂から上がってきた。
「何の話? なんかみんな楽しそうじゃない」
「街を作る話だ」
「へえ。あたしにも何かやらせてよ」
「姐さんに建築は無理だろ」
「失礼ね。力仕事ならガルドに負けないわよ」
「ガルドに負けない人間はこの国にそういねえよ」
カーラがむっとして、ガルドに腕相撲を挑みに行った。ガルドが困っている。
まあ、にぎやかでいい。
俺は図面に向き直った。炭で描いた南区画の全体図。道路、排水、広場、店舗区画。まだ粗い。これから細部を詰めていく。
長い仕事になる。だが——悪くねえ。全然悪くねえ。




