親方、津波を三列の壁で砕く
免震支承の据え付けが始まった。
シェルターの基礎コンクリートが固まった上に、百二十四基の支承を等間隔に並べる。支承の上にシェルターの床板を載せる。床と地面が支承で分離される。
据え付けはエルノとアルヴェインの職人に任せた。エルノが位置を測量で出して、職人が据える。俺の手が要る工程じゃねえ。
その間に、次の仕事だ。
「ナディア。大陸竜が海に落ちた場合の津波、どのくらいの高さになる」
「過去の記録では——最大で八メートル」
「八メートルの津波か。レーゲン港の大嵐で来た高波は三メートルだった。その三倍近い。——シェルターの壁だけで受けるのは荷が重い。海の方で先にエネルギーを削る」
「エネルギーを削る?」
「波ってのは水の塊がぶつかってくる力だ。ぶつかる前にエネルギーを分散させてやれば、岸に届く時には力が弱まってる。——消波堤を沖に作る」
* * *
港の北側の海岸に立った。
ここが大陸竜の着水想定エリアだ。北の沖合に落ちて、津波が南に向かって港町を襲う。
「レーゲン港で消波ブロックを作ったことがある。四本足の形をしたコンクリートの塊を海に放り込んで、波のエネルギーを砕く。——今回はあれの大規模版だ」
「四本足の形?」
砂浜に棒でテトラポットの絵を描いた。
「こういう形だ。中心から四本の足が伸びてる。こいつを海に放り込むと、どの向きに転がっても必ず足が上を向く。足の間を波が通り抜ける時に渦を巻いて、エネルギーが熱に変わって消える。——波を壁で止めるんじゃねえ。波を砕いてエネルギーを消すんだ」
「壁で止めるんじゃなくて、砕く……」
「壁で正面から受けたら、八メートルの津波の力を壁だけで支えなきゃならねえ。そんな壁は四ヶ月じゃ作れねえ。だがブロックの隙間を波が通り抜ける構造にすれば、波のエネルギーを消費させられる。通り抜ける時に力を失わせる」
海岸の沖合を歩きながら水深を確認した。リルのウンディーネに海底の地形を調べてもらう。
「親方さん! ウンディーネが言ってます! 沖合百メートルの地点で水深三メートル、二百メートルで水深五メートル、三百メートルで水深八メートルだって!」
「浅いな。——浅い方が都合がいい。消波ブロックを沈めやすい」
設計を固めた。地面に全体図を描く。
「消波ブロックを三列に並べる。一列目は沖合三百メートル。二列目は二百メートル。三列目は百メートル。——津波が沖から来ると、まず一列目にぶつかってエネルギーを削られる。残りが二列目にぶつかってさらに削られる。最後に三列目を通って、岸に届く頃にはかなり弱まってる」
「三列……。一列じゃダメなんですか?」
「一列で全部止めようとすると、一列目にかかる力が全部だ。もたねえ。三列に分ければ、一列あたりの力は三分の一以下になる。——さっきのトラスと同じ発想だ。一点で受けるな。分散させろ」
ナディアの目がぱっと光った。
「トラスと同じ……! 力を分散させる……! 棟方さんの技術、全部根っこが同じですね!?」
「そうだよ、力を分散させる。三角形で分散、免震で分散、消波堤で分散。全部同じ原理だ。——建築ってのは、結局のところ力の流れを操る仕事なんだ」
「力の流れを操る……!」
ナディアがノートに何か書き殴ってる。こいつ、最近ノートを持ち歩くようになった。エルノとイレーネの影響だな。記録魔が伝染してる。
* * *
消波ブロックの量産。
四本足の形をしたコンクリートブロック。一個あたり約二トン。こいつを三列分——
「エルノ。三列の消波堤に必要なブロック数を出してくれ。港町の正面幅は」
「約五百メートルです。ブロックの配置間隔を二メートルとして、一列あたり二百五十個。三列で——七百五十個」
「七百五十個を四ヶ月で。一日六個か。——きついが、やれなくはねえ」
「六個って……一個二トンですよね……!? 一日十二トン分のコンクリートを練るんですか……!?」
アルヴェインの職人が絶句してる。
「練る。——ガルド」
「おう!」
「消波ブロックの製造はお前が指揮しろ。コンクリートの配合は分かるな」
「当たり前だ! ダムを建てた男を舐めんな!」
「型枠はナディアのチームに作らせろ。四本足の形だ。この形を——」
砂浜で実物大の型を掘った。砂に四本足の形の穴を掘って、コンクリートを流し込む。
「砂型かよ!!」
ガルドが豪快に笑った。
「砂浜が型枠だ。穴掘ってコンクリート入れて固まったら掘り出す。木の型枠を七百五十個分作る時間がねえからな。砂なら掘るだけだ」
「すげえ!! 砂浜が工場になるのか!!」
アルヴェインの職人たちがざわめいた。
「浜辺に穴掘ってコンクリート入れるだけ!?」
「そんなんでいいのか!?」
「いい。消波ブロックは精密な形じゃなくていい。四本足の形が大体合ってりゃ波は砕ける。——精密さより数だ。数を作れ」
ガルドは直ぐに動いた。アルヴェインの職人を班分けして、砂浜に穴を掘り始めた。一班五人で一日に穴を三つ掘る。二班で六つ。コンクリートを練って流し込む。
こいつはもう、俺が細かく指示しなくても現場を回せる。ダムと運河でたたき上げた現場監督だ。
「親方! 一発目、流し込んだぞ!!」
「よし。固まったら掘り出して、海に運べ。——運ぶのはどうする」
「丸太を敷いて転がす! 二トンだろうが転がしゃ動く!!」
「……お前、力任せに見えて案外頭使うようになったな」
「案外ってなんだ案外って!! 失礼だろ!!」
耳が立ってる。怒ってるんじゃなくて誇ってる耳だ。
一日目で六個のブロックが砂型から生まれた。翌日には固まったブロックを掘り出して、丸太に載せて海まで転がして、浅瀬にドボンと放り込んだ。
「入った!! ブロックが海に入った!!」
海面に四本足の頭が出てる。波が足の間を通り抜けて、白い泡を立ててやがる。
「見ろ。波が砕けてる。一個でもこれだけ効く。これが七百五十個並んだら——」
「津波だって砕ける……!!」
「砕けるっつうか、力を削る。八メートルの津波が三列を通過した後は——全部は止められねえが、半分以下にはできる。残りはシェルターの壁で受ける。壁だけで八メートルを受けるのと、三メートル以下に減った波を受けるのじゃ、必要な壁の厚さが全然違う」
「完全には止められないんですか……」
「止められねえ。正直に言う。津波を完全に止める防波堤を四ヶ月で作るのは無理だ。だが力を半分以下に削れば、シェルターが耐えられる。——百点を目指して間に合わなくなるより、七十点を確実に取る方がいい。三千人の命がかかってるんだ。間に合わなきゃ意味がねえ」
ナディアが頷いた。
「……そうですね。完璧を求めて間に合わなかったら——今までと同じです。棟方さんのやり方で行きましょう」
「おう。——ガルド! ペース上げろ! 明日から一日八個だ!」
「八個!? まあやれるけど!! やるけどさ!!」
砂浜が工場になった。穴を掘る班、コンクリートを練る班、流し込む班、掘り出す班、海に運ぶ班。五つの班がローテーションして、朝から晩まで消波ブロックを量産してる。
カーラが海岸の高台で見張りをしてる。
「親方ーー! 今日は波が穏やかよーー! ブロック入れるなら今のうちーー!」
「聞こえてる! 入れろガルド!」
「おう!! ドボン!!」
……ドボンって叫ぶなよ。
あと三ヶ月。消波ブロック七百五十個。シェルターのトラス屋根。アーチ壁。地下シェルター。全部同時進行。
腕が何本あっても足りねえが——仲間の腕がある。全部の仕事を一人でやる必要はもうねえ。
さあ——今日もやるぞ。




