親方、三千人分の免震装置を作る
トラス部材の鍛造が始まった。
ルッカが鍛冶チーム十人を率いてる。最初の一日で手本を三本打って見せて、二日目からは全員が量産体制に入った。一日あたり四十本。百日で四千本。ギリギリ間に合う計算だ。
ナディアの建築チームは日干し煉瓦の壁を積み始めてる。尖頭アーチの壁。こっちは連中の専門だから速い。
俺は次の仕事に取りかかる。シェルターの要だ。
「ナディア。お前の国で、竜に建物が壊されるパターンは何だ」
「三つです。一つ、着地の衝撃波で基礎から折れる。二つ、ブレスの熱で壁が焼ける。三つ、海に落ちた時の津波で流される」
「一番多いのは?」
「着地の衝撃波です。あれが一番多くの建物を壊す。地面が揺れて、建物が根元から折れる」
「地震と同じだな。——帝国でやったことがある。免震。建物と地面を切り離す」
「切り離す……?」
「帝国の時は模型でやっただけだ。今回は本番。三千人が入るシェルターに、本格的な免震装置を入れる」
* * *
免震装置の設計。
帝国で試作したすべり支承を大規模に展開する。鉛の板と油脂を染み込ませた革を交互に重ねた円盤。建物の基礎と上部構造の間に挟んで、地面の揺れを建物に伝えない仕組みだ。
だが帝国の試作品は直径十センチのミニチュアだった。シェルターに使うには直径三十センチ以上が要る。数も——
「エルノ。シェルターの外周と内部柱の配置から、支承の必要数を出してくれ」
「はい。幅三十メートル、奥行き二百メートル。外周に四メートル間隔で配置して百十五基。内部の補強点に九基。合計——百二十四基です」
「百二十四基か。——材料を確認する。鉛はあるか」
「港の南に鉛鉱山があります。採掘は難しくないです」
ナディアが答えた。
「革は?」
「海獣の革があります。厚くて丈夫な革です。漁師が防水具に使ってます」
「油脂は?」
「海獣の脂。大量にあります。灯りの燃料に使ってるので備蓄があります」
「全部揃うな。——帝国の材料とは違うが、原理は同じだ。鉛が滑って、革と脂が潤滑する。地面が横に動いても、建物は動かねえ」
百二十四基。全部を同じ品質で作らなきゃならねえ。一基でも不良品があれば建物が偏って傾く。
「品質管理は俺がやる。全数検査だ」
「全数って——百二十四基全部を、棟方さんが?」
「当たり前だ。免震は一個の不良で全体が狂う。検査は手を抜けねえ」
* * *
すべり支承の製造ラインを作った。
工程は三つ。
一、鉛板の鋳造。二、革の裁断と油脂の含浸。三、積層と組み立て。
鉛板はドルクに——いや、ドルクはグルンダールにいる。アルヴェインの鍛冶師に鋳造を教えた。鉛を溶かして型に流し込み、厚さ五ミリの円盤に整形する。一基あたり鉛板五枚。
革はアルヴェインの漁師が調達してくれた。海獣の革。分厚くて弾力がある。こいつを直径三十センチの円形に裁断して、海獣の脂にどっぷり漬け込む。三日間浸せば革の繊維の奥まで脂が染みる。一基あたり革四枚。
鉛板五枚と革四枚を交互に重ねて、外周を鉄の帯で締める。ルッカが帯を鍛造した。
「親方。帯の締め加減はどのくらいですか」
「手の甲が入るくらい。きつすぎると鉛が変形して滑りが悪くなる。緩すぎるとバラける。——世界樹のやつと同じだ」
最初の一基が完成した。直径三十センチ、厚さ八センチの円盤。持ち上げると——ぬるり、と層がズレた。鉛と革がすべる感触。
「いい滑りだ。——だが、これが百二十四基全部同じ品質じゃなきゃ意味がねえ」
* * *
量産が始まった。一日十基のペースで製造して、十二日で百二十四基。
俺は完成した支承を一基ずつ検査した。
検査項目は三つ。
一つ目。寸法。鉛板と革の直径が揃ってるか、ルッカが作った木の定規で測る。鉛板の厚みも一枚ずつ確認する。厚みがバラついてると、支承全体が傾いて建物が偏る。
二つ目。重さ。持ち上げて、両手の感覚で重さを確かめる。百二十四基が全部同じ重さじゃなきゃダメだ。重い奴は鉛板が厚すぎる。軽い奴は革が薄いか、油脂の含浸が足りてねえ。
三つ目。滑り。上面を手のひらで横に押す。ぬるっと均一に滑るのが合格。引っかかる場所があるやつは革への油脂の染み込みにムラがある。ぬるぬるしすぎて鉛板がずれるやつは脂が多すぎだ。
一基ずつ、三項目。手を抜く気はねえ。
三日目。三十基目の検査。
上面を押した。ぬるっと——途中で引っかかった。
「——こいつはダメだ」
「え!? 何が悪いんですか!?」
アルヴェインの職人が駆け寄ってきた。
「滑りにムラがある。右半分はぬるっと動くが、左半分が引っかかる。——バラして確認しろ」
職人が帯を外して分解した。三層目の革を取り出して裏返した。左半分の色が薄い。油脂が十分に染みてねえ。漬け込む時に革が折れ曲がって、片面が脂に浸からなかったんだろう。
「……こんなわずかな染みムラで分かるんですか……!?」
「手で押しゃ分かる。均一に滑る感触と、途中で引っかかる感触は全然違う。——こいつを建物の下に入れたら、地震の時にこの支承だけ滑りが悪くて建物が傾く。百二十四基のうち一基でもこういうのが混じったら、そこが弱点になる」
「は、はい!! 革を漬け直します!!」
検査を続けた。
四十基目。合格。
五十基目。合格。
六十基目——不合格。鉛板の一枚が型から出した時に端が波打ってた。指で撫でたら凹凸がある。こいつは鉛板同士の面が密着しねえ。
「この鉛板、波打ってる。鋳造からやり直しだ」
「分かりました!!」
七十基目。合格。
八十基目。合格。
九十一基目——不合格。革の裁断がほんの少し楕円になってる。鉛板の円から二センチほどはみ出してて、帯で締めた時に革の端が折れ曲がってる。折れた部分が引っかかって滑りが悪い。
「革の裁断が雑だ。円にしろ、円に。はみ出した革が帯に噛んでる」
「二センチくらい——」
「二センチで建物が傾くんだよ。切り直せ」
アルヴェインの職人たちの顔つきが変わってきた。
「おい! 革を漬ける時は広げろ! 折り曲がったまま漬けるな!」
「鉛板は型から出したら必ず指で撫でて確認しろ! 波打ってたら溶かし直しだ!」
「裁断は定規に合わせろ! 目分量でやるな!」
俺が不良を弾くたびに、そいつらが原因を見て、次から自分たちで同じチェックをやり始めてる。品質管理の意識ってのは、教えるもんじゃねえ。不良品を目の前で弾かれて初めて分かるもんだ。
ナディアが俺の横で検査を見てる。
「棟方さん。あなた、百二十四基全部を本当に一つずつ検査するんですね」
「当たり前だ。免震装置は命綱だ。三千人の命がこの円盤に乗る。手を抜いていい場所じゃねえ」
「……私たちは今まで、建て直すことしか知らなかった。壊されたら建てる。また壊されたらまた建てる。——壊されないように作る、という発想がなかった」
「壊されても建て直せるお前らはすげえよ。だが次は壊されねえ。——こいつが地面の揺れを全部逃がす。大陸竜が着地しても、シェルターの中は揺れねえ」
「揺れない……」
「揺れねえ。地面だけが勝手に揺れて、建物は上に乗ったまま滑るだけだ。——帝国で模型を見せた時、帝国一の石工が五十年間思いつかなかったって言ってた。揺れと戦うんじゃなくて、揺れを受け流す。それが免震だ」
百二十四基目。最後の一基。
持ち上げた。重さ——合格。上面を押した。ぬるっと均一に滑る。引っかかりなし。寸法——定規に合わせて確認。ぴったりだ。
「——合格。全数検査完了」
アルヴェインの職人たちから歓声が上がった。
「終わった!! 百二十四基全部通った!!」
「やったぞ!!」
「親方が全部OKって言った!!」
「親方じゃねえ。土方だ」
「ドカタ!? 何だそれ、親方は親方だろ!」
どこの国でも同じリアクションだな。勘弁してくれ。
「全数合格だ。——こいつをシェルターの基礎に据える。基礎のコンクリートが固まったら、支承を並べて、その上にシェルターの床を載せる。床と地面が支承で分離される。地面が揺れても床は揺れねえ」
「本当に揺れないのか、試してみたいんですけど——」
アルヴェインの職人が言った。
「試すか。——ガルド」
「おう!」
「支承の上にブロックを五段積め。積んだら全力で地面を叩け。地面だけを揺らすんだ」
ガルドがブロックを積んだ。支承の上に五段。一メートルの小さな壁。
そして——地面をSTR:Sの全力で踏みつけた。
ドゴォンッ!!!
地面が揺れた。周囲のアルヴェインの職人がよろめいた。
支承の上のブロックは——
微動だにしてねえ。
「動いてねえ……!!!」
「嘘だろ……!!!?」
「あんだけ地面が揺れたのに一ミリも動いてねえ……!!!?」
「支承が揺れを吸収したんだ。地面は動いたが、支承の上は動いてねえ。これが免震だ」
職人の一人が支承の上のブロックに手を当てた。
「……本当だ。振動がねえ。地面はまだ微かに揺れてるのに、こっちは完全に止まってる……!」
ナディアが口元を押さえてる。
「これが——大陸竜にも効くんですか」
「効く。規模を大きくするだけだ。原理は同じ。百二十四基の支承がシェルター全体を地面から浮かせる。大陸竜が着地しても、衝撃波が建物に伝わらねえ」
ナディアの目から涙が一筋流れた。拭った。すぐ拭った。
「……初めてです。壊されないかもしれないと思ったのは」
あと三ヶ月。九十日。
免震装置は揃った。次はトラス屋根の組み立てと、津波防波堤だ。
さて——仕事だ。止まってる暇はねえ。




