親方、世界一強い形を教える
港のケーソン基礎が完成した。
船からの荷下ろしもスムーズにいってる。プレキャストブロック百四十個と、鉄筋用の鉄棒、ルッカの工具、コンクリートの材料の予備。全部陸に上げた。
アルヴェインの職人たちがブロックの積み方を覚え始めてる。ナディアが通訳しながら指示を伝えてくれてるが、こいつらは飲み込みが速い。七回建て直した経験は伊達じゃねえ。手の記憶がある連中は新しい工法にも順応が早い。
さて、港は直った。次は本題だ。
「ナディア。この街、全部を建て替える時間はねえ。半年——いや、もう四ヶ月しかねえ」
「分かっています」
「全部は無理だ。だが、核になるシェルターだけなら間に合う。大陸竜が来た時、住民全員が逃げ込める場所。——こいつを、全力で作る」
「シェルター……。何人分ですか」
「三千人全員分」
「三千人が入れる建物を、四ヶ月で……!?」
「建物っつうか、複合施設だ。地上部と地下部を組み合わせる。地上で衝撃を受けて、地下で人を守る。——その地上部の骨組みに、新しい構造を使う」
「新しい構造?」
「トラスだ」
* * *
港の広場に職人を集めた。百人以上。ナディアの建築チーム五十人に加えて、昨日のケーソン基礎を見て「俺も手伝う」と名乗り出た連中がさらに六十人。
「今から、世界一強い形を教える」
全員が注目してる。
木の棒を四本、正方形の枠に組んだ。角を紐で縛っただけのゆるい枠を、地面に立てた。
「これは四角形だ。——ガルド、横から押してみろ。軽くでいい」
「軽く、な」
ガルドが四角形の枠を横から押した。
ぐにゃっと潰れた。平行四辺形になって、ぺしゃんこ。
「見ての通りだ。四角形は横から力をかけると潰れる。角が回転して、形を保てねえ」
次に、木の棒を三本。三角形に組んで立てた。同じく角を紐で縛っただけ。
「こっちは三角形だ。——ガルド、同じように押せ」
「おう」
ガルドが直立した三角形を押した。
——動かねえ。
ガルドが力を込めた。まだ動かねえ。
「おい……動かねえぞ……!?」
「もっと押せ」
「押してる!!」
ガルドの腕に力が入ってる。STR:S級の全力が三角形の木枠にかかってる。紐で縛っただけの木の棒三本が——潰れねえ。
「な……!!? 何で!!? 四角は一発で潰れたのに!!?」
アルヴェインの職人たちが目を剥いてる。
「あのでかい獣人が全力で押してるのに動かねえ……!!?」
「紐で縛っただけの木の棒だぞ!?」
「何で三角だと潰れねえんだ!!?」
「三角形は横から力をかけても、角が回転しねえ。三本の棒が互いに突っ張り合って、形を維持する。四角形は角が逃げるが、三角形は逃げ場がねえ。——だから潰れねえ」
ガルドが手を離した。息が上がってる。
「親方……こいつは……すげえぞ……!!」
「すげえだろ。三角形は世界で一番強い形だ。——こいつを使って屋根を作る。三角形を連続で組み合わせた骨組み。それがトラス構造だ」
鉄の棒を取り出した。ルッカが船上で鍛造してた部材だ。長さ一メートの棒。端にボルト穴が開いてる。
「三角形を組む。一辺が一メートル。こいつを連結して、屋根の骨組みにする」
地面に並べた。三角形を横に繋いでいく。ジグザグに上下する鉄の棒が、三角形の列を作る。
「これがトラス。軽くて強い、柱がなくても大空間を覆える。シェルターの屋根に使えば、三千人が入る広い空間を柱なしで作れる」
「柱なしで……!?」
「柱がねえほうが避難しやすいだろ。柱があると人がぶつかる。パニックになった三千人が柱に挟まれて怪我する方が怖い。——トラスなら柱が要らねえ。全部の力を屋根で分散させて、壁に伝える」
ナディアが図面を出した。自分で何か描いてる。
「棟方さん。——このトラスの下に、私のアーチを組み合わせたらどうですか」
「何?」
「見てください」
ナディアが地面に棒で絵を描いた。
まず尖ったアーチを一つ描く。両足が地面に着いて、てっぺんが尖ってる。トンネルの断面みたいな形だ。
同じアーチをもう一つ、横に五メートル離して描く。もう一つ。もう一つ。並んだアーチが奥に向かって続いてる。
「このアーチの壁を日干し煉瓦で積みます。アーチのてっぺん同士を、棟方さんの鉄のトラスで横に繋ぐんです。——アーチが上からの重さを地面に伝えて、トラスがアーチ同士を倒れないように固定する」
「……なるほど。アーチが柱の代わりで、トラスが梁の代わりか。しかも尖頭アーチだから横に広がる力が小さくて、控え壁が要らねえ。——ほほぅ、こいつぁ……」
「棟方さん……?」
いけるな、良いアイデアだ。思わず唸らずにはいられねえ。
「ナディア」
「はい!」
「お前、やるな」
「……!」
「このハイブリッド、いける。トラス屋根の水平力をアーチ壁が受けて、アーチの重さがトラスの浮き上がりを抑える。互いが互いを補ってる。——お前が考えたのか」
「はい、棟方さんに教わったんじゃありません。自分で考えました」
「それが一番いい」
ナディアの目が輝いた。ずっとギラギラしてたが、ここで初めて自信の光が混じった。
「親方!! このハイブリッド構造、仕様書に追加していいですか!!」
イレーネが飛びついてきた。こいつ帝国から着いてきてアルヴェインまで来てんのか。記録魔の行動力は底なしだ。
「追加しろ。ナディアの名前を入れとけ。こいつの発案だ」
「はい!! ナディア殿との共同設計として記録します!!」
エルノが隣で頷いてる。
「棟方殿。トラス屋根の部材の必要本数を計算します。シェルターの想定面積は——」
「三千人収容だ。一人あたり二平方メートルとして六千平方メートル。幅三十メートル、奥行き二百メートル。——でけえな」
「幅三十メートルのトラス屋根……。スパンが大きいですが、三角形の高さを三メートル取れば——」
「いける。鉄の棒の総数は——」
「約四千本です」
「四千本……!!」
ルッカが目を見開いた。
「わたし一人じゃ間に合いません! 四千本を四ヶ月で——」
「一人でやる必要はねえ。ナディア、お前の国に鍛冶師はいるか」
「います、十人ほど。日干し煉瓦用の道具を作ってる鍛冶師ですが——」
「鉄を打てるなら十分だ。ルッカに鍛造方法を教えてもらえ。ルッカが手本を打って、鍛冶師十人が量産する。——ルッカ」
「はい!」
「お前は鍛造の先生だ。できるな」
「……はい、できます! でも、わたしが先生なんて……」
「先生じゃなくて親方だろ、もう」
「えっ……」
「鍛造チームの親方だ。お前が仕切れ」
「親方……わたしが……」
「できるだろ」
「……はい。やります!」
ルッカが背筋を伸ばした。こいつが親方を名乗る日が来るとはな。
……内緒だけどな。ちょっと泣きそうだ。
* * *
トラスの実物大テストをやった。
石のブロックを二つ、三メートル離して置いた。その上にルッカが鍛造したトラスの骨組みを渡した。中央は宙に浮いてる。
「この真ん中に石を載せていく。トラスが持ちこたえれば、三メートルのスパンを柱なしで覆えるってことだ」
五十キロ。百キロ。百五十キロ。二百キロ。
「まだ載せろ」
三百キロ。四百キロ。五百キロ。中央に五百キロ。
両端の台だけで支えてるのに——たわんでねえ。
「五百キロ!! まだ潰れてねえ!!」
アルヴェインの職人が叫んでる。
「あんな細い鉄の棒で五百キロ……!!?」
「三角形だからだ。全部の力が三角形に分散されて、一本の棒にかかる力は五百キロの何分の一になる。——これが幅三十メートルになっても原理は同じだ。三角形を増やせば、どんなに重くても支えられる」
「どんなに重くても……!!?」
「大陸竜の衝撃波だって支えられる。——四ヶ月で作るぞ。全員、手を動かせ」
百人以上の職人が拳を上げた。
「おう!!!」
声が港に響いた。
ナディアが俺の横で小さく呟いた。
「……こんな光景、見たことない。みんなが——希望を持ってる」
「希望じゃねえよ。仕事だ。希望ってのは待ってるだけの奴が持つもんだ。こいつらは手を動かしてる。それは希望じゃなくて行動だ」
「……はい。行動ですね」
「さて——四千本の鉄棒、鍛造開始だ。ルッカ、行け」
「はい! ——鍛冶チーム、集合!!」
ルッカの声が広場に響いた。小さい体から出てるとは思えねえ声量だ。
鍛冶師十人がルッカの前に並んだ。全員ルッカより体がでかい。だがルッカの目を見て、一人も文句を言わなかった。
職人は目で分かるんだ。誰が本物かってのは。
四ヶ月。百二十日。一日も無駄にはしねえ。




