親方、海の底に基礎を沈める
航海十二日目。
水平線の向こうに陸地が見えた。
「あれがアルヴェインですか」
エルノが遠眼鏡を覗いてる。
「ああ、あれが——私の国です」
ナディアの声が硬い。帰郷の緊張だ。
陸地が近づくにつれて、煙が見えてきた。黒い煙が何本も上がってる。
「あの煙は——」
「街が燃えてます。中型のドラゴンが通過したんでしょう。大陸竜の前触れです。本体が近づくと、中型が先に騒ぎ始める」
港が見えてきた。
——ひでえ。
港の桟橋が半分折れてる。石造りの防波堤が崩れて、瓦礫が海面に散乱してる。港に面した建物の壁が黒く焼けてる。
「これが——序の口、だと?」
ガルドが甲板から身を乗り出してる。耳がぴたりと伏せてる。獣人の本能で危険を感じてるんだろう。
「序の口です。大陸竜はこの百倍です」
船が入港した。桟橋が壊れてるから、沖合に錨を下ろして小舟で上陸した。
港町に足を踏み入れた。
日干し煉瓦の建物が並んでる。低いものは二階建て、高いものは五階建て。ナディアの図面で見たやつだ。だが——あちこち壁が崩れてる。屋根が落ちてる。住民が瓦礫を片付けてる。
子供が泣いてる。母親が抱きしめてる。老人が壁の残骸の前で座り込んでる。
ナディアが走った。住民の元に駆け寄って、言葉を交わしてる。アルヴェインの言葉だ。俺には分からねえが、ナディアの表情で内容は読み取れる。被害状況を確認してる。
戻ってきた。
「中型が三体、昨夜通過しました。死者は——二人。桟橋にいた漁師が瓦礫の下敷きに」
「……二人か」
「前触れの段階で死者が出てる。本体が来たら——」
「来る前に備える。泣くのは後だ。——まず港を直す」
「港を……? 街の復旧が先じゃ——」
「港が死んだら物資が入らねえ。船が着けなきゃ、俺たちが持ってきた材料も降ろせねえ。港が先だ。——全部の基礎は港から始まる」
* * *
港の桟橋を調べた。
木造の桟橋が折れてる。杭が海底の砂に刺さってたが、ドラゴンの衝撃波で杭ごと引き抜かれてる。レーゲン港で使った松杭基礎と似た構造だが、杭が細すぎる。衝撃に耐えられてねえ。
「杭基礎じゃダメだ。もっと根本的に丈夫な基礎がいる。——ケーソン基礎を使う」
「ケーソンキソ?」
「箱だ。コンクリートの箱を作って、海に浮かべて、所定の位置まで曳航して、中に砂利を詰めて沈める。箱ごと海底に座らせる。——箱が基礎になる」
ナディアの目が変わった。
「箱を……海に浮かべる……? コンクリートが浮くんですか!?」
「浮く。中が空っぽなら浮く。船と同じだ。鉄の船だって浮くだろう。中に空気があるから浮く。——コンクリートの箱も同じだ。壁と底だけ作って中を空にすれば浮く。浮いた状態で引っ張って、沈めたい場所に持っていって、中に砂利を詰めれば沈む」
「浮力で運んで、重力で沈める……!」
「そういうことだ。シンプルだろ」
さっそく作る。
船から持ってきたコンクリートの材料を使う。船上で作ったプレキャストブロックも使う。
「ケーソンのサイズは幅三メートル、奥行き三メートル、高さ二メートル。壁の厚さは二十センチ。底板も二十センチ。——箱を作るぞ」
港の広場で型枠を組んだ。ナディアが自分の建築チームを呼んできた。五十人。日に焼けた顔。手が荒れてる。何度も建て直してきた手だ。
「皆さん。この人が棟方鉄さんです。——この人の技術で、壊されない街を作ります」
五十人の視線が俺に集中した。半信半疑の目。当然だ。七回壊された連中が、よそ者の一言で信じるわけがねえ。
「信じなくていい。見てろ。——手伝える奴は手伝え。見てるだけでもいい。明日には分かる」
コンクリートを練った。アルヴェインの火山灰——ナディアが言った通り、大量にある。港の裏山から取り放題だ。石灰岩も近くの崖から取れる。砂は海砂を真水で洗って使う。
「ガルド。練れ」
「おう!!」
ザリザリザリ。ガルドの攪拌。アルヴェインの職人たちが遠巻きに見てる。
「何だあの灰色のやつは……?」
「泥じゃねえか? 泥で桟橋が直るのか?」
「あのでかい獣人は何者だ……?」
ヒソヒソ言ってる。ナディアが通訳してくれてるが、まあ疑ってるだろうな。
型枠にコンクリートを流し込んだ。底板と四方の壁。上は開口。箱の形になる。
「このまま一日養生する。明日固まったら型枠を外す。——明日の朝、もう一度来い。面白いもんが見れる」
* * *
翌朝。
型枠を外した。
灰色のコンクリートの箱が現れた。三メートル四方、高さ二メートル。人が中に入れるサイズの、頑丈な箱。
アルヴェインの職人が集まってきた。五十人どころか百人以上いる。昨日の作業を見て、野次馬が増えたらしい。
「これが昨日の泥か……?」
「叩いてみろ」
職人の一人が恐る恐る壁を叩いた。
ゴンッ。
「——硬ッッ!!!? 何だこれ!! 石か!!? 石より硬えぞ!!?」
「コンクリートだ。火山灰と石灰で作った建材。お前らの国の畑に降り積もってる邪魔な灰から作った」
「あの灰から……!!? 嘘だろ!!?」
「嘘じゃねえ。叩いて確かめろ。何人でも叩いていい」
ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。職人たちが次々に叩いてる。蹴ってる奴もいる。全員の顔が驚愕に変わっていく。
「硬え!! マジで硬え!!」
「しかもあの灰から作ったのか!!? あのクソ邪魔な灰から!!?」
クソ邪魔って言われてるな火山灰。よっぽど嫌われてるんだろう。
「さて。こいつを海に入れるぞ」
「海に!? こんな重いもん海に入れたら沈むだろ!!」
「沈まねえよ。——見てろ」
ガルドとアルヴェインの職人十人で、コンクリートの箱を持ち上げた。丸太を下に敷いて転がしながら、波打ち際まで運ぶ。
海に入れた。
箱が——浮いた。
「浮いてる……!!!」
「嘘だろ……!!!?」
「あんなに硬い石みたいなのが浮いてるぞ……!!!?」
百人以上の悲鳴に近い歓声が港に響いた。コンクリートの箱が海面にぷかぷか浮かんでる。中が空っぽだから浮く。道理だ。だがこいつらにとっちゃ魔法に見えるだろう。
「浮力で運ぶ。——ガルド、ロープで引っ張れ。桟橋を作りたい位置まで曳航する」
「おう!!」
ガルドがロープを引いて、箱を桟橋の位置まで引っ張った。所定の位置に着いたら、中に砂利を投入する。
「砂利を入れろ。中に詰めていけ」
アルヴェインの職人が砂利をバケツリレーで運んできた。さっきまで遠巻きに見てた連中が、いつの間にか手伝ってる。箱が浮いたのを見て、体が動いたんだろう。職人ってのはどこの国でも同じだ。
砂利が入っていく。箱がじわじわ沈んでいく。水面が壁の縁に近づいていく。
「もう少し……もう少し……。——ストップ。底が着いた」
箱が海底に着底した。砂利の重さで海底にがっちり座ってる。波が来ても動かねえ。
「これが『ケーソン基礎』だ。この箱の上に桟橋の板を載せれば、杭基礎の百倍丈夫な桟橋ができる。ドラゴンの衝撃波が来ても、箱ごと動かなきゃ壊れねえ」
ナディアが波打ち際に立って、海底に沈んだケーソンを見つめてる。
「浮力で運んで、重力で沈める。——棟方さん、あなたの頭の中は一体どうなってるんですか!?」
「別にどうもなってねえよ。船が浮く原理と、石が沈む原理を組み合わせただけだ」
「それを『だけ』って言うのがおかしいんですよ……!」
アルヴェインの職人の一人が叫んだ。
「おい!! あんた、名前は!!」
「棟方鉄、土方だ」
「ドカタ!! 俺たちにもあの箱の作り方を教えてくれ!!」
「教える。出し惜しみはしねえよ。——ただし、教える代わりに働け。半年で大陸竜に耐える街を作る。お前ら全員の手が要る」
「やる!! やるに決まってるだろ!! あんなもん見せられて黙ってられるか!!」
百人以上の職人が拳を上げてる。さっきまで半信半疑だった連中が。
ナディアが泣いてる。また泣いてる。だが今回は——笑いながら泣いてる。
「……動いてくれた。みんなが動いてくれた」
「当たり前だ。職人は目の前で面白いもんが出来たら手を出さずにいられねえ。——帝国でも同じだった。どこの国でも同じだ」
地面が揺れた。
ズゥン、と。遠くで何かが動いてる振動。
「……地鳴りだ。大陸竜が近づいてる」
ナディアの顔が引き締まった。
「あと四ヶ月です」
「四ヶ月。——やるぞ。ここから本番だ」
港の復旧が終わったら、街の防御だ。免震。トラス。地下シェルター。津波防波堤。全部やる。
四ヶ月。百二十日。一日も無駄にできねえ。
さて——仕事だ。でかい仕事だ。今までで一番でかい。




