親方、船の上でコンクリートを練る
レーゲン港。
三日で準備を済ませた。コンクリートの材料——石灰石、火山灰、砂——を大量に積み込んだ。鉄筋用の鉄の棒も。ルッカの工具一式。エルノの測量器具。カーラの荷物(中身の半分は食料)。
セドリックが港で待ってた。
「棟方殿! またうちの港から出航ですか! 今度はどこまで!」
「海の向こうだ。アルヴェインって大陸」
「アルヴェイン……!? あそこは遠いぞ! 二週間はかかる!」
「分かってる。——船を頼む」
「アマディの大ガレオン船を手配してあります。あの船ならでかい荷物も余裕です」
アマディ本人が船の上から手を振ってる。
「棟方殿ー!! また乗ってくれるのか!! 嬉しいねえ!!」
「世話になる。——船倉を使わせてもらうぞ」
「船倉? 何を積むんだ?」
「コンクリートの工場を作る」
「……船の中に工場……?」
アマディが首を傾げてるが、まあ乗ってから説明すりゃいい。
出航の鐘が鳴った。セドリックが鐘を引いてる。
ゴォーンッ。ゴォーンッ。
「気をつけてな、棟方殿! 帰ったらまた銀尾鯛の刺身を冷やして待ってるぞ!」
「楽しみにしてる」
船が港を離れた。帆が風を受けて膨らむ。レーゲン港が遠ざかっていく。灯台の光がかすかに見える。あの灯台も俺が建てたんだった。
ガルドが甲板で風に当たってる。耳がぱたぱた揺れてる。
「親方ーー! 海ってすげえな!! でけえ!!」
「お前、船に乗るは初めてか?」
「初めてだ!! 岸からじゃ分からなかったけど……海の奥には、こんなにでかい水溜まりがあるのか!!」
「水溜まりって言うな」
ガルドは嬉しそうに尻尾を振っていた。
犬かよ。
* * *
航海二日目。
俺は船倉にいた。
半年で大陸竜に耐える建物を作る。二週間の船旅。この二週間を無駄にする気はねえ。
「現地に着いてから一からコンクリートを練ってたら間に合わねえ。船の上でブロックを作って、着いたらすぐに組み立てる。——プレキャストだ。工場で部品を作って、現場で組み立てる」
「船が工場……!?」
ナディアが目を丸くしてる。
「そうだ。ただし問題がある。船は揺れる。揺れる船の上でコンクリートを型枠に入れても、固まる前にコンクリートが偏っちまう。——だから硬練りにする」
「硬練り?」
「水を極力減らして、ボソボソの状態で型枠に詰める。流し込むんじゃねえ、押し込むんだ。流れねえコンクリートなら、船が揺れても偏らねえ。固まった後の強度は硬練りの方がむしろ高い。水が少ない分、中身が密になる」
「水を減らすだけで……!」
「ただし硬練りは練るのがきつい。粘りが強くて、人力だと腕が死ぬ。——うちにはそれ専用の人材がいるがな」
ガルドを見た。ガルドが胸を張った。
「俺のことだな!!」
「お前以外に誰がいるんだよ」
船倉でコンクリートを練り始めた。石灰と火山灰と砂を混ぜる。水は通常の七割。ガルドが慣れた手つきで攪拌してる。こいつはダムの現場で何トン分も練ってきた男だ。配合も手順も体に染みついてる。
だが——船倉は狭い。地上と同じ勢いでやるもんだから、灰色の飛沫が壁と天井に飛び散ってる。
「おい。船倉をコンクリートまみれにすんな。アマディに怒られるぞ」
「すまん!! いつもの調子でやっちまった!!」
「狭い場所では力を八分目に抑えろ。何回言えば——」
「何回言われても体が勝手に……!!」
……こいつの力加減は一生直らねえ気がする。
硬練りのコンクリートを型枠に押し込んだ。コテで押さえつけて隅々まで詰める。ボソボソだから流れねえ。船が傾いても動かねえ。
「ルッカ。型枠の精度を見てくれ」
「はい。——角の直角が甘いです。ここ、一度ずれてます」
「直せ」
「はい」
ルッカが型枠の角を金具で矯正した。帝国の石工なら目分量で合わせるだろうが、ルッカの精度は金具で測る。こいつの型枠は工業製品みたいに正確だ。
一日で十個のブロックを作った。船倉に並べて養生する。
「二週間で百四十個。——足りねえが、ないよりマシだ。現地の材料と合わせて数を補う」
* * *
航海五日目。
ブロックの量産が軌道に乗ってきた。全員が何かしらの作業をしてる。
ガルドがコンクリートを練る。ルッカが型枠を管理する。エルノが配合比と養生時間を記録する。リルの精霊が材料の品質を確認する(ノームが砂の粒度を調べてくれる)。イレーネがプレキャスト工法の仕様書を書いてる。
カーラは——甲板で見張りをしてる。
「あたし、船では何もできないのよ」
「見張りは大事だ。海の上じゃ何が来るか分からねえ」
「分かってるけど、暇なのよ」
「暇ならナディアと話してこい。アルヴェインの情報を聞き出してくれ。地形、気候、使える材料、住民の数。全部必要だ」
「それ、あたしの仕事?」
「お前は人と話すのがうめえだろ。ナディアはまだ緊張してる。ほぐしてやれ」
「……了解。任されたわ」
カーラが甲板でナディアと話し始めた。最初はぎこちなかったが、十分もしたら二人で笑ってた。カーラの人当たりは本物だ。相手が帝国の皇帝でも海の向こうの建築家でも、十分で距離を詰める。
夕方。カーラが報告に来た。
「聞いてきたわよ。アルヴェインの情報」
「何が分かった」
「まず港町がある。人口は約三千人。海岸沿いに日干し煉瓦の街が広がってて、背後に山がある。大陸竜は北の海から来て、港町の北側に着地するか、海に落ちるか。海に落ちた場合は津波が来る」
「津波か。——港の防御もいるな」
「次。ナディアの建築チームが約五十人いる。全員、建て直しの経験者。日干し煉瓦の扱いは慣れてるけど、コンクリートは知らない。あと鉄筋も知らない」
「五十人か。教える時間が必要だな」
「最後に——ナディアね。あの子、すごいわよ。七回建て直した話、さらっと言ってたけど、二回目の時に家族を亡くしてる。三回目で師匠を亡くしてる。それでも五回目、六回目、七回目と建て直し続けた。——折れてないのよ、あの子。折れかけてるけど、折れてない」
「……」
「だから——助けてあげて。あたしからのお願い」
「助けるとは言ってねえ。一緒に建てるんだ」
「同じことよ」
「……まあ、いいけどな」
甲板に出た。夕日が海を染めてる。ナディアが船首に立って、水平線を見てる。
「ナディア」
「はい」
「お前のアーチ技術、詳しく教えてくれ。俺のコンクリートと組み合わせる方法を考えたい。——船の上でできる準備は全部やっておく」
「分かりました。——棟方さん」
「何だ?」
「あなたのチーム、全員が船の上でも仕事してますね。休む人が一人もいない」
「休む暇がねえからな。半年しかねえ」
「でも——楽しそうに見えます。コンクリートを練ってるのに楽しそうって、おかしいですよね」
「おかしくねえよ。仕事が楽しくなかったら続かねえ。——お前だって七回建て直したんだろ。楽しくなきゃできねえよ、そんなこと」
「……楽しかったかどうかは、分かりません。ただ——建てなきゃ死ぬから建ててきました」
「それでいい。動機なんか何でもいい。建てた結果が残ればいい。——お前が建てた街で人が暮らしてたんだろ。壊されるまでの間」
「はい、暮らしてました」
「じゃあお前の仕事は無駄じゃなかった。——次は壊されねえ街を建てる。一緒にな」
ナディアが水平線を見てる。その向こうに、故郷がある。
「……はい」
船が進む。水平線の向こうに、アルヴェインが待ってる。三千人の住民と、五十人の建築家と、半年後に来る翼幅五百メートルのドラゴン。
船倉ではガルドがまだコンクリートを練ってる。
「親方ーー! もう一回分練っていいかーー!」
「練れ! 固まる前にルッカに型枠を準備させろ!」
「おーう!!」
甲板の下から、コンクリートを練る音が響いてる。ザリザリ、ザリザリ。船が揺れても止まらねえ音。
二週間の船旅。のんびりする暇はねえ。
さて——仕事だ。海の上でも仕事だ。




