親方、ドラゴンの話を聞く
レグニカに帰ってきた。
王都ローデンの南門をくぐった瞬間、空気が懐かしかった。コーヒーの匂いがする。市場から漂ってくるやつだ。帝国の麦茶、エルフの薬草茶、ドワーフの地下キノコ汁——全部悪くなかったが、やっぱコーヒーだ。
「親方ーー!!」
ハインツが走ってきた。
「お帰りなさい!! 帝国もエルフの森もドワーフの地下も全部回ってきたんですってね!? すげえ旅ですね!?」
「ただいま。——城壁は?」
「真っ直ぐです。一ミリも傾いてません」
「よし!」
ダグも来た。
「親方、水力練り機の三号機、完成させときましたよ。歯車の噛み合わせ、ルッカちゃんの設計図通りに」
「助かる。——で、客ってのは?」
「王宮にいます。アレクシス王子が預かってます。——すげえ遠くから来た人みたいですよ」
* * *
王宮の謁見の間。
アレクシス王子が迎えてくれた。
「棟方殿、お帰りなさい。帝国、エルフの国、ドワーフの地下都市——大活躍だったと聞いている」
「大活躍ってほどじゃありません。壊れてるもんを直して回っただけです。——で、海の向こうの使節ってのは」
「ここにいる」
王子の横に、一人の女が立ってた。
三十代。日に焼けた肌。短く切った黒髪。目の下に隈がある。疲れ切った顔だが、目だけは生きてる。ギラギラしてる。何かに縋ろうとしてる目だ。
服装が見慣れないものだった。レグニカとも帝国とも違う。薄い布を何枚か重ねた、砂漠の民みたいな装い。
「ナディアです。海の向こうの大陸——アルヴェインから来ました」
「棟方鉄です。土方です」
「ドカタ……。王子から聞きました。壊れない建物を作る男だと。——お願いがあります」
ナディアが一歩前に出た。
「私の国を——助けてください」
「……何があった?」
「大陸竜です」
『大陸竜』。
聞いたことがねえ名前だ。レグニカを襲った大型ドラゴンとは違うのか。
「大陸竜は——二十年に一度来ます。翼を広げた幅が、五百メートル」
「……五百メートル!?」
「はい。五百メートルです」
五百メートル。
レグニカを襲った大型ドラゴンの翼幅が五十メートルくらいだった。その十倍。桁が違う。
「着地するだけで街が消えます。海に落ちれば津波が起きます。ブレスは街一つ分の範囲を焼きます。——何度も街を建て直してきました。でも、もう限界です。次の大陸竜が半年以内に来る。今の街では、一人も守れない」
ナディアの声は平坦だった。何度も同じ説明をしてきたんだろう。感情が磨り減ってる。だが——最後の一文だけ、感情がこもっていた。一人も守れない、のところに。
「お前の国の建物は、どんな建て方だ?」
「図面を持ってきました」
ナディアが革の筒から図面を取り出した。広げた。
——面白い。
日干し煉瓦の高層建築だ。五階建て、六階建てがある。レグニカにも帝国にもねえ高さだ。壁は分厚い。日干し煉瓦を積み重ねて、窓を小さく取って、砂漠の暑さを遮る設計。
そしてアーチ。独特の形をしてる。レグニカのアーチは半円形だが、ナディアの図面のアーチは尖ってる。先端が尖った尖頭アーチ。
「このアーチ、面白い形してるな」
「先端を尖らせると、横に広がる力が半円形より小さくなるんです。帝国の城の天井みたいに控え壁がなくても、壁が外に押されにくい」
——こいつ、構造を分かってやがる。尖頭アーチの力学的利点を理解してる。ただの素人じゃねえ、建築家だ。
「お前、建築をやってるのか?」
「はい、アルヴェインで建築を——何度も建て直してきました。大陸竜が来るたびに壊されて、そのたびに建て直して。……七回です。私の人生で七回、街を建て直しました」
「七回……!?」
ガルドが声を上げた。
「七回建てて、七回壊されたのか!?」
「はい、最初は十二歳の時です。見習いとして瓦礫を運ぶところから始めました。それから二十年……建てては壊され、建てては壊され——もう建て直す力が残っていません。人も材料も技術も、全部使い果たしました」
二十年で七回。三年に一回壊されてるのか。大陸竜は二十年周期だと言ったが、それ以外にも通常のドラゴンや災害があるんだろう。
そして今回は、トドメの大陸竜ってわけだ。
図面をもう一度見た。
日干し煉瓦の高層建築。壁は分厚い。アーチの設計は合理的。だが——
「弱点が見える」
「……え?」
「基礎が浅い。砂漠の地盤だからか。地面に直接壁を積んでるだろ。基礎石がねえ。地面が揺れたら一発で倒れる」
「……はい。大型の竜が着地した時の振動で、毎回基礎から折れます」
「それと、日干し煉瓦は圧縮には強いが引っ張りに弱い。重いもんを上に載せるのは得意だが、横に引っ張られると簡単に割れる。大陸竜の衝撃波は横方向の力だ。引っ張りの力。——日干し煉瓦だけじゃ耐えられねえ」
「分かっています。分かっていて、他の方法を知らないんです。日干し煉瓦以外の建材がアルヴェインにはないんです。石材は少ない。木材も乏しい。あるのは砂と粘土と——」
「火山灰は」
「え?」
「お前の国に火山はあるか?」
「……あります。北の山地に。灰は大量にあります。邪魔なほど。畑に降り積もって農業の妨げに——」
「その灰がコンクリートになる」
ナディアの目が変わった。
「コンクリート……?」
「石灰と火山灰と砂と水を混ぜて固めた建材だ。日干し煉瓦より硬い。中に鉄の棒を入れれば引っ張りにも耐える。——お前の国の邪魔な火山灰が、最強の建材になる」
「邪魔な灰が——最強の……!?」
「ああ、帝国じゃ捨てられてた石屑でブロックを作った。ドワーフの地下じゃ鍛造の粉塵でコンクリートを強化した。——捨てるもんを使うのは俺の得意技だ」
ナディアの目から涙がこぼれた。
拭わなかった。そのまま俺を見てる。
「……本当ですか。本当に——助けてくれるんですか!!?」
「助けるってのは違うな。『建てに行く』。だが、お前も一緒に建てろ。俺一人じゃ間に合わねえ。半年で大陸竜に耐える建物を作るなら、お前の国の建築家が全員動かなきゃ無理だ」
「動きます。全員動かします。——私が!!」
「じゃあ話は早い。——お前のアーチ技術は面白い。尖頭アーチはスラストが小さい。こいつにコンクリートと鉄筋を組み合わせれば、使える」
「私の技術が——使えるんですか!?」
「当たり前だろ。お前は七回街を建て直した建築家だ。その経験は俺にはねえ。俺が知ってる技術と、お前が持ってる経験を合わせる。——出し惜しみはしねえよ」
ナディアが涙を拭った。ようやく。
「お前、名前は」
「ナディアです。——さっき言いましたけど」
「悪い。聞いてなかった」
「……ひどいですね」
「雑な性格なのは認める。——ナディア、準備はどのくらいで出れる」
「いつでも出れます。来た時から帰る準備はできています」
「じゃあ三日後に出る。レーゲン港からアマディの船を借りる。——カーラ!」
「何?」
「セドリックに連絡。船を一隻手配してもらえ。大型。ブロックの材料を積めるやつだ」
「了解。——ねえ親方」
「何だ?」
「海の向こうに風呂はあるの?」
「……知るかよ」
「なかったら作るのよね」
「お前はそれしか訊かねえのか」
「大事なことよ。風呂がなきゃ始まらないでしょ」
……まあ、否定はしねえが。
ナディアが俺たちのやり取りを見て、少しだけ笑った。
この旅で初めて笑ったんじゃねえか。目の下の隈はまだ深いが、目の奥のギラギラが少しだけ和らいでる。
「棟方さん。——あなたの仲間は、面白い人たちですね」
「面白いっつうか、うるせえ連中だ。——だが頼りにはなる」
「頼りに……。私にも、そういう仲間がいればよかった」
「いるだろ。お前と一緒に七回建て直した連中が。——そいつらがお前の仲間だ」
ナディアが目を見開いた。
「…………はい。そうですね。——そうです。待ってる人がいます」
「じゃあ早く帰ろう。——あと半年。間に合わせるぞ」
海の向こうに、翼幅五百メートルのドラゴンが来る。
建築人生の集大成になるかもしれん。
さて——仕事だ。




