親方、ドワーフの新しい門を建てる
グルンダールの復旧工事、全行程完了。
坑道の安定化。天井のロックボルト三百本。換気シャフト三本。地下水道と水車ふいご。光導管。音響通信。耐熱コンクリート壁。溶岩誘導路。溶岩風呂。
地下都市に来て三十日。
でかい現場だった。地上の仕事とは全然違う制約があった。暗い、暑い、空気が薄い、逃げ場がねえ。だが——やり切った。
「ドルク。最後に一つ、やりてえことがある」
「何だ」
「入り口に門を建てる」
* * *
グルンダールの入り口。
俺たちが要石を抜いて開けた穴。今は人が一人通れる程度の不格好な開口部だ。これじゃ都市の玄関として貧相すぎる。
「ここに石造のアーチ門を建てる」
「アーチ門?」
「石を楔形に切って、アーチ状に並べて、頂上の要石を入れた瞬間に全部がロックされる。——型枠を外しても、石だけで立つ門だ」
エルノが小さく笑った。
「棟方殿。それは——王都で最初に建てたアーチ橋と同じ原理ですね」
「ああ、同じだ。あの時は橋だった。今度は門だ。——原理は一緒だ。石と石が互いに押し合って、全体で支える」
王都に来たばかりの頃に建てたアーチ橋。あれが俺の最初のでかい仕事だった。あれから——何年経った? 二年ちょっとか。たった二年で、王都から帝国、エルフの森、ドワーフの地下都市まで来ちまった。
感慨に浸ってる暇はねえ。門を建てるぞ。
石を切り出した。グルンダール周辺の花崗岩。ドルクとガルドが山から運んできた。ルッカが迫石の形に整えた。楔形に切る精度はルッカの目利きに任せた。
「――迫石の角度は全部同じですか?」
いつの間にか、ドワーフが何人か来てた。噂を聞いて集まってきた生存者たちだ。ドルクの仲間。ルッカの一族。十二人。
「角度は全部同じだ。アーチの半径から割り出す。エルノが計算してある」
「門の幅は三メートル、高さは三メートル半。アーチの半径は一・五メートル。迫石は片側八個ずつ、計十六個と頂上の要石一個。合計十七個の石で門が立つ」
エルノが図面を広げて説明してる。ドワーフの若い連中が食い入るように見てる。
「十七個の石だけで門が……? 接着剤は?」
「使わねえ」
「使わない……!? 石を並べるだけで立つんですか……!?」
「立つ。それがアーチの力だ。——見てろ」
木の型枠を組んだ。半円形のアーチ型。この上に迫石を並べていく。
下から順に石を載せた。左右交互に。一段ずつ、型枠に沿ってアーチを積み上げていく。石と石の接合面がぴたりと噛み合う。ルッカの切り出し精度が完璧だからだ。
「ルッカ。石の噛み合わせ、完璧だな。ヴァルターの石工並みだぞ」
「ヴァルターさんには負けます。でも——石を切るのは鉄を切るのと同じです。角度と力加減です」
「鍛冶師の目で石を切るドワーフか。反則だろ、それ」
「えへへ……」
アーチの頂上まで来た。左右から積んだ石が、てっぺんで出会う。最後の隙間。ここに要石を入れる。
「——これが要石だ。こいつを入れた瞬間、全体がロックされる。全部の石が互いに押し合って、自分で立つ」
要石を持ち上げた。ずっしり重い。
隙間に差し込んだ。木槌で軽く叩いて、奥まで押し込む。
コンッ。
嵌まった。
「型枠を外す。——ガルド」
「おう!」
ガルドが型枠の支えを引き抜いた。木の枠がバラバラと外れて、地面に落ちる。
石のアーチが——残った。
十七個の石が、何の接着剤も使わず、自分の重さだけで立ってる。三メートル幅のアーチ門。花崗岩の灰色の門。グルンダールの新しい入り口。
「…………!!」
ドワーフたちが息を呑んだ。
「立ってる……!! 石だけで立ってる……!!」
「型枠を外したのに崩れねえ……!!」
「何で!? 何で接着剤もなしに!?」
「全部の石が互いに押し合ってるからだ。一つの石が抜けない限り崩れねえ。これがアーチだ。——王都に来た時に最初に建てたのがこれだった。あの頃は橋だったがな」
ドルクが門の前に立った。
石のアーチを見上げてる。手を伸ばして、要石に触れた。
「……これがグルンダールの新しい門か」
「あんたが三十年守った都市の門だ。——これで百年持つ。いや、アーチは手入れすりゃ千年持つ」
「千年……」
ドワーフの若い奴が門をくぐった。入って、出て、また入った。
「すげえ……!! 門がある……!! グルンダールに門がある……!!」
「俺たちの都市に新しい門が……!!」
十二人のドワーフが次々に門をくぐってる。くぐるたびに声を上げてる。自分たちの都市に帰ってきた実感が、門をくぐることで湧いてるんだろう。
ルッカが門の柱に手を当ててる。自分が切った石が門になってる。
「……親方。わたしが切った石で、門が立ちました」
「ああ、お前の石だ」
「綺麗な門です」
「綺麗か? ヴァルターの石工に比べりゃ粗いがな」
「粗くないです。——わたしの一族の門ですから。世界一綺麗です」
……そうか。そういうもんか。
* * *
出発の準備をしてると、ドルクが来た。
「棟方。話がある」
「何だ?」
「ルッカを——ここに残してくれないか」
ルッカが動きを止めた。荷物をまとめてた手が止まった。
「儂の一族は十二人が戻ってきた。だがまだ少ない。鍛冶師が足りねえ。ルッカがいれば、この都市の鍛冶を立て直せる。鉄の歌を、ルッカと儂で次の世代に伝えられる」
ドルクの声は静かだった。懇願じゃなくて、提案。だが、切実さは滲んでる。
俺はルッカを見た。ルッカが俺を見た。
「ルッカ。お前はどうしたい」
「……」
ルッカが黙ってる。目が泳いでる。伯父の言葉と、自分の気持ちの間で。
「伯父さん。——ありがとうございます。ここに残ってほしいと言ってくれて」
「……ルッカ」
「でも、わたしは——行きます。親方と一緒に」
ドルクは目を閉じた。
「まだ親方のそばで学びたいことがあります。コンクリートのこと、設計のこと、水の流れを変えること。鍛冶だけじゃなくて、建築のことをもっと知りたい。知った上で、ここに帰ってきたい」
「……帰ってくるのか」
「はい。必ず帰ります。この炉はわたしのものだと、伯父さんが言ってくれたから。——でも今は、もう少しだけ」
ドルクが目を開けた。ルッカを見た。
「……ガルンと同じだな。あいつも頑固な奴だった」
鼻を鳴らした。だが——口の端が上がってる。
「行ってこい。だが帰ってこい。この炉はお前のもんだ」
「はい。——必ず帰ります!」
ルッカの声が震えてた。だが手は震えてねえ。この辺りもエルノと同じだ。声は揺れても、職人の手は揺れねえ。
俺の独り言を一つだけ。
こいつは弟子じゃねえ。もう一人前の職人だ。だが、もう少しだけそばにいてくれるなら——
内緒だけどな、とびっきり嬉しい。
* * *
アーチ門をくぐって、山を下る。
ドルクが門の前に立って見送ってくれてる。十二人のドワーフが並んでる。ルッカの従姉妹もいる。
「親方!! また来てくれよ!!」
ドワーフの若い奴が叫んだ。
「来るかどうかは分からん! だがお前らが自分で守れ! コンクリートの作り方は教えた! ロックボルトの打ち方も教えた! 仕様書も残した! ——あとは自分たちでやれ!」
「おう!! やる!! 絶対やる!!」
ドルクが腕を組んで立ってる。何も叫ばねえ。ただ立ってる。
だが——右手を上げた。
拳を。
俺も拳を上げた。
それで十分だ。言葉は要らねえ。
山を下りて、平地に出た。西に向かう。レグニカに帰る道だ。
カーラが伸びをした。
「ふー。地下は肩が凝るわね。太陽が眩しい」
「地上の空気はうまいな」
ガルドが深呼吸してる。こいつは地下より地上の方が合ってるだろうな。
エルノがノートを開いた。新しいページ。まだ白紙。
「棟方殿。次はレグニカに帰るんですよね」
「ああ。一度帰る。報告もしなきゃならんし、水力練り機の三号機も気になるしな」
レグニカに向かって歩き始めた。
五日後。
王都ローデンに帰った。
城門をくぐった瞬間、アレクシス王子の使者が走ってきた。
「棟方殿!! お帰りなさい!! ——それと、緊急のお客様がお見えです!!」
「客? 誰だ」
「海の向こうの大陸から来た使節です!! 『助けてほしい。大陸竜が来る。あと半年で』と——」
海の向こう。大陸竜。半年。
……まだ仕事は終わらねえな。
カーラが隣で言った。
「ねえ親方。また休めないわね」
「休む暇なんかいつあった」
「一回もないわよ」
「だろ。——行くか」
「行くわよ。どこまでも」
さて——次の現場だ。最後の、でけえ現場になりそうだ。




