親方、溶岩の流れを変える
光導管の設置が終わって、残りのシャフトにも鏡が入った。大広間に三本の光の柱がある。昼間は松明が要らなくなった。
復旧作業も大詰めだ。あと数日で帰路につける——と思ってた矢先に、それが来た。
地鳴りだ。
ズゥゥゥン……と、腹の底に響く重低音。大広間の床が微かに揺れた。
「地震か!?」
ガルドが飛び起きた。寝てたのか。
「地震じゃねえ。——ドルク」
ドルクの顔が険しい。
「溶岩だ。地下の溶岩流が動いてる」
「動いてるって——いつものことじゃねえのか」
「いつもはこんな音はしねえ。——鉄の心臓に行くぞ!」
* * *
鉄の心臓に駆けつけた。
耐熱コンクリートで壁を直したばかりの鍛造施設。溶鉱炉の底から赤い光が漏れてる——いつもより明るい。赤じゃなくてオレンジに近い。温度が上がってる。
「リル! ノームに地下の様子を見てもらえ!」
「はい! ——ノーム、お願い!」
十秒。ノームが戻ってきた。リルの顔が青くなった。
「親方さん!! 大変です!! 鉄の心臓の下の溶岩流が活発化してます!! 流れが速くなって、量も増えてる!! このままだと——溶岩が鉄の心臓の南側の壁を越えて、この空間に流れ込みます!!」
「いつだ。どのくらい時間がある」
「ノームが言うには——三日くらいで壁を越えるって!!」
三日。
ドルクの顔から血の気が引いてる。
「溶岩がここに入ったら——鉄の心臓が飲まれる。鍛造炉も、道具も、何もかも」
「飲ませねえよ。——溶岩を止めるんじゃなくて、流れる方向を変える」
「方向を変える……!? 溶岩の流れをか……!?」
「ああ、ダムの放水路と同じ発想だ。水の流れを変えたことがある。溶岩も液体だ。液体の流れは変えられる。——ただし、溶岩は水よりずっと遅い。考える時間はある。慌てるな」
* * *
まず現状を把握する。
鉄の心臓の南壁の向こうに溶岩流がある。壁の一番薄い場所で厚さ二メートル。溶岩はそこを目指して上がってきてる。
「リル。ノームに溶岩の正確な位置と流速を追い続けてもらえ。十分ごとに報告」
「はい!」
「エルノ。鉄の心臓の周囲の地形を図面に起こしてくれ。溶岩が流れ込む可能性のあるルートを全部洗い出す」
「はい!」
「ガルド。南壁の東側、あそこに横穴がある。昔の排気坑道だとドルクが言ってた。あの穴を広げる。溶岩の逃げ道にする」
「おう! どのくらい広げればいい!」
「幅二メートル、高さ二メートル。溶岩が通れるサイズだ。——あの穴は東の岩盤の空洞に繋がってる。そっちに溶岩を流し込む」
「空洞に流し込んだら、空洞が溶岩で埋まるんじゃねえか」
「埋まる。だがあの空洞は使ってねえ。誰も住んでねえ。埋まっても問題ねえ。——鉄の心臓が飲まれるのと、空の空洞が埋まるのと、どっちがマシだ」
「そりゃ空洞だ!!」
「だろ。掘れ!」
ガルドが横穴を広げ始めた。ドルクも手伝ってる。二人のツルハシが交互に振り下ろされて、岩盤がガンガン砕けていく。
その間に、俺は堰を設計する。
「溶岩が南壁を越えてきた時に、鉄の心臓側に流れ込まないように、堰を打つ。南壁の手前にV字型の堰を作って、溶岩を東の横穴に誘導する」
V字型の堰。頂点を南壁に向けて、両腕を東に開く。溶岩が南壁を越えてV字の頂点に当たると、左右に分かれて——だが左側(鉄の心臓側)は壁で塞いでるから、全部右側(東の横穴)に流れる。
「堰の材料は耐熱コンクリートだ。パターンCの配合。——ルッカ、鍛造スケールの在庫は」
「昨日までに集めた分で、コンクリート二立方メートル分はあります」
「足りるか……ギリギリだな。足りなきゃ鉄の心臓の炉でわざと鉄を打って、スケールを出すしかねえ」
「打ちます! いくらでも打ちます!」
「頼む。——ドルク、ルッカに炉を使わせてくれ」
「好きに使え。炉を守るために鉄を打つなら、本望だ」
ルッカとドルクが並んで鉄を打ち始めた。鍛造スケールを集めるための鍛造。金槌の音が二つ重なって響く。
カァンッ! カァンッ!
その音を聞きながら、俺はV字堰を積んだ。
耐熱コンクリートのブロックを急いで作って、積み上げる。高さ一・五メートル、V字の腕の長さ三メートル。耐熱コンクリートの壁。
積み方は雑でいい。精密さより速さだ。溶岩が来る前に形にしなきゃならねえ。
——だが、雑でいいとは言っても、堰の勾配だけは正確に出す。V字の腕が東に向かって下り勾配になってないと、溶岩が横穴の方に流れてくれねえ。
「エルノ! 堰の上面の勾配を確認してくれ! 東に向かって千分の五十の下り勾配!」
「確認します! ——千分の五十二です! ほぼ正確! これなら溶岩は東に流れます!」
「よし!」
堰が完成した。ガルドとドルクが横穴を広げ終わった。溶岩の逃げ道ができた。
あとは——待つ。
* * *
二日目の夜。
南壁から熱気がさらに強くなった。壁面が赤く光り始めてる。向こう側の溶岩が壁に近づいてる。
「リル。状況は」
「ノームが言ってます。あと十二時間で壁の一番薄い場所に到達するって」
「十二時間か。——全員、配置につけ。溶岩が壁を越えた瞬間から勝負だ」
全員の役割を確認した。
「ガルド。横穴の入り口で待機。溶岩が流れてきたら、入り口を塞いでる仮の壁を壊す。タイミングは俺が合図する」
「おう!」
「ルッカ。予備の耐熱コンクリートを堰の横に置いておけ。堰が溶岩の熱で割れた場合の補修用だ」
「はい!」
「リル。ウンディーネに冷却水を準備してもらえ。堰に水をかけて温度を下げる。溶岩に直接水をかけるな。水蒸気爆発を起こす。堰のコンクリートにだけかけろ」
「はい! ウンディーネ、お水準備して!」
「エルノ。溶岩の流速を監視して、V字堰に到達する時刻を予測しろ。俺が堰の上にいる」
「堰の上に……!? 棟方殿、溶岩が来るのに堰の上にいるんですか……!?」
「堰の上にいなきゃ、流れが見えねえ。溶岩がV字のどっちに流れるか、この目で確認して、必要なら堰の高さを追加する。——心配すんな。溶岩は水より遅い。歩いて逃げられる速度だ」
「歩いて逃げられるって……!」
「大丈夫だ。——カーラ」
「何」
「逃げ道を確保しろ。もし全部ダメだった時の」
「もし、ね」
「もしだ」
「もしなんてないわよ。——でも了解。全員の退路は確保しておくわ」
「頼む」
* * *
三日目の朝。
南壁が——崩れた。
耐熱コンクリートで補強した壁の、一番薄い場所。赤い光が壁の亀裂から漏れて——ドロリ、と溶岩が染み出してきた。
「来た!!」
赤黒い溶岩がゆっくりと壁を越えて、床に広がっていく。粘度が高い。水飴みたいにドロドロしてる。速度は——歩くより遅い。這うような速さ。
だが止まらねえ。じわじわと、確実に広がっていく。
俺はV字堰の上に立ってる。溶岩が堰に向かって来てる。
「リル! 堰にだけ水をかけろ! コンクリートを冷やし続けろ!」
「ウンディーネ!!」
水が堰にかかった。ジュウッと蒸気が上がる。堰のコンクリートが冷やされて、耐熱性能を維持する。
溶岩がV字の頂点に到達した。
赤黒い流体が堰に当たって——左右に分かれた。
左。鉄の心臓側。堰が塞いでる。溶岩が堰に押し付けられて——止まった。堰の高さが溶岩の厚みより高い。越えられねえ。
右。東の横穴側。堰の腕が東に向かって下り勾配になってる。溶岩がその勾配に沿って、ゆっくりと東に流れ始めた。
「流れてる!! 東に流れてるぞ!!」
ガルドが叫んだ。
「ガルド! 横穴の仮壁を壊せ!!」
「おう!!」
ガルドが仮壁をツルハシで砕いた。横穴が開いた。
溶岩がV字の腕に沿って東に流れて——横穴に入っていく。赤い光が横穴の奥に消えていく。空洞に流れ込んでる。
「入った!! 溶岩が横穴に入っていく!! 鉄の心臓に来てねえ!!」
「流速は!?」
「毎分二十センチ! 堰が完全に誘導してます!!」
エルノが測定してる。
俺は堰の上から流れを見てる。V字堰が溶岩を分断して、全量を東に逃がしてる。鉄の心臓側には一滴も来てねえ。
「——成功だ」
堰の上から降りた。足元が熱い。靴底が焦げてる。もう少し長くいたら足を火傷するとこだった。
「親方!! 靴!! 靴溶けかけてるわよ!!」
カーラが叫んだ。
「分かってる。——だが流れは見えた。問題ねえ。堰が効いてる」
「問題あるわよ!! あんたの足が!!」
「足より鉄の心臓の方が大事だ!」
「大事じゃないわよ!! あんたの足の方が大事に決まってるでしょ!!」
「……」
「黙んないで!!」
「……すまん。次からは気をつける」
「次があったら靴を二重にしなさい!!」
……はい。
溶岩は二時間ほどで流れが弱まった。南壁の裂け目からの噴出が収まった。横穴の先の空洞に溶岩が溜まって、圧力が下がったんだろう。
V字堰の手前で溶岩が冷えて固まり始めてる。黒い溶岩石になっていく。
「ドルク。鉄の心臓を確認してくれ」
ドルクが鍛造施設に走った。戻ってきた。
「無事だ。溶岩は一滴も入ってねえ。炉も道具も全部無傷だ」
「よし。——あとは冷えた溶岩を処理して、南壁の裂け目を耐熱コンクリートで塞ぐ。予備の堰も追加で積んでおく」
ドルクが俺の前に立った。
「棟方。——お前たちは何者だ」
「『土方』だ」
「土方が溶岩を迂回させるのか」
「溶岩だろうが水だろうが、流れるもんの方向を変えるのは土方の仕事だ。——ダムの放水路設計と同じだよ」
「同じだと……」
「同じだ。規模と温度が違うだけで、やってることは同じだ。液体の流れを読んで、行かせたい方向に誘導する。上でも下でも同じ。水でも溶岩でも同じ。——土方の仕事に例外はねえんだよ」
ドルクが鼻を鳴らした。
「……たいした男だ。いや、たいした土方だ」
「やっと正しい呼び方を覚えたな」
カーラが新しい靴を持ってきてくれた。予備を荷物に入れといてくれたらしい。
「ありがとな」
「お礼はいいから、二度と靴溶かさないで」
「……善処する」
鉄の心臓は守った。
さて——あとは仕上げだ。




