親方、地下五十メートルに太陽を届ける
換気シャフト、水道、天井補強、耐熱壁、音響通信。
グルンダールはだいぶ住めるようになってきた。だが——暗い。
サラマンダーの炎と松明で灯りを取ってるが、どうしても薄暗い。人間の目は明るさに慣れてるから、地下に長時間いると気が滅入ってくる。ドルクが三十年平気だったのは、ドワーフの暗視能力があるからだ。人間やエルフにはきつい。
「光を入れる。地上の太陽光を、地下まで引っ張ってくる」
「太陽光を地下に……? どうやって」
「鏡だ。光を鏡で反射させて、角度を変えながら地下に送り込む。——光導管だ」
換気シャフトの一本を使う。直径一・六メートルのシャフトが地上まで真っ直ぐ通ってる。この中に鏡を設置して、光を反射させる。
「真っ直ぐ下に光を落とせば一番楽だが、シャフトは完全な垂直じゃねえ。途中で岩盤を避けて少し曲がってる。だから鏡で角度を変えて、曲がりに沿って光を下ろす。——反射の回数が少ないほど光が強く届く。三回の反射で五十メートル下まで届かせる」
「三回の反射……。鏡の角度が少しでもずれたら光が壁に当たって消えますね」
エルノが即座に問題を把握した。
「そうだ。角度がシビアだ。——だから精度の高い鏡がいる。ルッカ」
「はい!」
「銅板を磨いて鏡を作ってくれ。三枚。——今までで一番の精度で頼む!」
ルッカの目が光った。
「今までで一番、ですね。——やります!」
* * *
ルッカが鏡を磨いてる間に、俺はシャフトの中の曲がりを測定した。
シャフトの内壁にロープで降りて、曲がりの角度を三箇所確認する。エルノが上からロープを固定して、カーラが安全確認。
「一箇所目の曲がり。地表から十五メートル地点。角度八度、東に振ってる」
「二箇所目。三十メートル地点。角度五度、西に戻ってる」
「三箇所目。四十二メートル地点。角度三度、南に振ってる」
全部メモした。シャフトから上がってきて、エルノと計算する。
「三箇所の曲がりに鏡を置く。入射角と反射角は等しいから——エルノ、各鏡の角度を出してくれ」
「はい。一枚目は入射角四十一度で設置。二枚目は四十三度半。三枚目は四十六度半。——この三枚で、地表の光を大広間の天井まで導けます」
「よし。——ルッカ、鏡はできたか!」
「できました!」
ルッカが三枚の銅板を持ってきた。
——すげえ。
顔が映る。銅板なのに、顔がくっきり映ってる。歪みがほとんどねえ。灯台の曲面鏡を作った時も度肝を抜かれたが、今回はそれ以上だ。平面鏡としての精度が異常に高い。
「ルッカ。これ、どうやって磨いた」
「最初は砥石で粗磨きして、次に細かい砂で中磨き、最後にドルクの炉から出た酸化鉄の粉で仕上げ磨きしました。酸化鉄の粒子がすごく細かいので、鏡面になるんです。——伯父さんに教わりました」
「ドルクが教えたのか」
「ああ、古代ドワーフの研磨技術だ。鉄の歌と並ぶ秘伝の一つだ。——こいつの手はすぐに覚えやがった。一回見せただけで」
ドルクが渋い顔をしてるが、口元が緩んでる。姪の腕を自慢したいのを堪えてる顔だ。あんた分かりやすいな。
「よし。この鏡をシャフトに設置する。——俺が入る」
* * *
シャフトの中にロープで降りた。
一枚目の鏡。地表から十五メートル地点。曲がりの内壁に鏡を固定する。角度は四十一度。
角度の調整が肝だ。
鏡をルッカの金具で仮固定して、上から叫んだ。
「エルノ! 地表の鏡を太陽に向けろ!」
地表の入り口に、もう一枚の鏡を置いてある。太陽光をシャフトの中に反射させる入り口の鏡だ。エルノが角度を調整した。
光が来た。
シャフトの壁面に四角い光の帯が落ちてくる。一枚目の鏡に当たった。反射。光の帯が角度を変えて、シャフトの奥に進んでいく。
「一枚目、反射確認! 光が下に向かってる! ——角度、微調整する!」
鏡の角度を手で動かした。光の帯が壁に当たってる。少し右にずれてる。鏡を〇・五度傾けた。光の帯が壁から離れて、シャフトの中央を通った。
「よし! 通った!」
二枚目。三十メートル地点。ここは曲がりがきつい。鏡を仮固定して、光を待つ。
——来た。上から光が落ちてきた。二枚目の鏡に当たる。反射。
角度が悪い。光が壁に当たってる。鏡を微調整。一度。半度。もう少し——
「通った!!」
三枚目。四十二メートル地点。最後の鏡。ここを通せば大広間に届く。
光が来た。二回反射した光。一枚反射するごとに少し弱くなるが、まだ十分明るい。三枚目の鏡に当たる。反射角四十六度半。
手で角度を調整した。光の帯が——シャフトの底に向かって落ちていく。
シャフトの底は大広間の天井だ。
「……行くぞ」
シャフトの底まで降りた。天井に開いた穴から、大広間を見下ろした。
「エルノ! 地表の鏡を固定しろ! ——全員、大広間の天井を見ろ!」
三枚の鏡が光を繋いだ。
地表の太陽光が——一枚目で角度を変え——二枚目でさらに変え——三枚目で最後の角度をつけて——
大広間の天井の穴から、光の柱が落ちてきた。
「——っ!!」
ドルクが声を失った。
直径一メートルほどの光の円が、大広間の床に映ってる。黄金色の太陽光。地上から五十メートルの地下に、太陽が届いてる。
「ひ、光だ……!!」
「太陽の光だ……!! 地下に太陽が来てる……!!」
ガルドが叫んだ。カーラが口を押さえてる。リルの精霊たちが光の円の周りをくるくる飛んでる。
ドルクが光の円の中に立った。
太陽の光を浴びてる。地下五十メートルで。
「……明るいな」
それだけ言った。声がかすれてた。
俺はシャフトから降りて、大広間に戻った。
「三回の反射で五十メートル。——ルッカの鏡の精度がなきゃできなかった。鏡が歪んでたら光が拡散して届かねえ。あの平面精度があったから、三回反射しても光がまとまって届いた」
「わたしの鏡が……」
ルッカが光の円を見つめてる。自分が磨いた鏡が、太陽を地下に連れてきた。
「親方……! わたし、この仕事——すごく嬉しいです……!」
「嬉しいなら次もやれ。残り二本のシャフトにも鏡を入れる。三本の光で大広間全体を照らす」
「はい……!!」
イレーネが猛然とノートに書き込んでる。
「棟方殿!! 光導管の仕様書を書きます!! 鏡の角度計算の公式と、研磨の手順と、設置方法を!!」
「記録魔がまた起動したな……」
「記録魔で結構です!! この技術は帝国の鉱山でも使えます!!」
エルノが隣で頷いてる。耳が赤い。記録魔コンビは国境どころか地底でも健在だ。
* * *
残り二本のシャフトにも鏡を設置した。
三本の光の柱が大広間に落ちてる。黄金色の光が地下空間を照らしてる。松明やサラマンダーの炎とは全然違う。太陽の色だ。
ドルクが光の下にいる。目を細めてる。
「棟方」
「何だ」
「風呂を作ってくれ」
「……急にどうした」
「光が来た、風が来た、水が来た、あとは……風呂だけだ。——お前たちが来てから、ルッカやカーラが毎晩風呂の話をしてる。儂も入ってみたくなった」
「……ドワーフの長老が風呂をねだるとは思わなかったぞ」
「長老じゃねえ。ただの鍛冶師だ」
「俺と同じようなことを言うな。——分かった。作る」
鉄の心臓の手前に、溶岩の熱で温められた岩壁がある。そこに水を引いて、岩のくぼみに湯を溜めた。溶岩の熱で岩肌が常に温まってるから、水を入れるだけで湯になる。薪もサラマンダーも要らねえ。天然の溶岩風呂だ。
「ドルクさん!! お風呂ですよ!! 入りましょう!!」
カーラが叫んでる。仕切りはルッカが鍛造した鉄板を立てて即席で作った。男女別。この辺りは手慣れたもんだ。
ドルクが湯に入った。
五秒。十秒。
「…………ッッッ!!」
声が出た。岩壁に反響した。
「何だこれは……!! 何だこれは……!! 体が溶ける……!!」
「帝国の兵士と同じリアクションだな」
「うるせえ……!! こんなもん知らなかったんだから仕方ねえだろ……!!」
ガルドが隣で盛大に湯を浴びてる。
「ドルクさん!! いいだろ風呂!! 最高だろ!!」
「最高とか軽い言葉で済ますな……!! これは……これは……」
「悪くねえ、か?」
俺が言った。
ドルクが俺を見た。
「……悪くねえ。全然悪くねえ。——畜生、悪くねえぞ、これは」
仕切りの向こうでカーラが笑ってる。ルッカも笑ってる。リルが「お湯気持ちいいですー」と呑気な声を出してる。
溶岩風呂。風呂の系譜、八番目。地下五十メートルの天然地熱風呂。
光の柱が湯面に映ってる。太陽の光が地下の風呂を金色に染めてる。
ああ、そうだな……全っ然、悪くねえ。




