親方、耐熱コンクリートを作る
反響点の探索が一段落した。
グルンダール全域で反響点が十二箇所見つかった。都市の主要な区画同士が音で繋がる。ガルドの耳が大活躍で、俺が叩いた反響をあいつの聴覚で拾って判定する作業が恐ろしく捗った。獣人の耳は伊達じゃねえ。
で、ドルクが約束通り、グルンダールの最深部に案内してくれることになった。
「天井を直してくれた。坑道を安全にしてくれた。風を通し、水を引いた。——約束だ。鉄の心臓を見せてやろう」
「鉄の心臓ってのは、何だ」
「来れば分かる」
* * *
大広間から南に伸びる坑道を下っていく。
どんどん深くなる。どんどん暑くなる。
「親方、暑くないですか……?」
リルが額の汗を拭いてる。精霊たちも暑そうだ。サラマンダーだけ元気そうにしてるが。
「暑い。——地熱だ。下に行くほど地球の——いや、この世界の内部に近づくから温度が上がる」
五百メートル下った。体感で四十度を超えてる。坑道の壁が温かい。触ると手が熱い。
「もうすぐだ」
ドルクが先導してる。こいつは平気な顔だ。三十年この環境で暮らしてきたからな。ドワーフの耐熱性もあるんだろう。
坑道が急に広がった。
——でけえ。
巨大な地下空間。大広間より天井は低いが、横に広い。幅百メートルの円形の空間。
そして——中央に、それがあった。
巨大な鍛造施設。
石と鉄で組まれた構造物。高さ十メートル。中央に溶鉱炉。周囲に鍛造台が八つ。天井から太い煙突が伸びて、さらに上の岩盤に消えてる。
溶鉱炉の底から赤い光が漏れてる。
溶岩だ。地下の溶岩流が、この空間の直下を流れてる。溶岩の熱がそのまま炉の火になってる。薪も炭も要らねえ。天然の溶鉱炉。
「こいつが鉄の心臓だ。古代ドワーフが溶岩の上に建てた鍛造施設だ。地熱で鉄を溶かし、精錬し、鍛造する。——燃料が要らねえ。溶岩がある限り、永遠に動く炉だ」
「永遠に動く炉……!?」
ガルドが声を上げた。
「すげえ!! 溶岩で鉄を溶かすのか!? 地面から火が出てるってことか!?」
「そういうことだ。——だが」
ドルクの顔が曇った。
「この施設は限界が近い。見ろ」
施設の壁を見た。
ひでえ。
石壁がボロボロだ。表面が粉を吹いて、崩れかけてる。触ると指先に砕けた石の粉がつく。石材が高温にさらされ続けて、結晶構造が壊れてる。
壁を叩いた。
パサッ。
……音がしねえ。石としての強度がもう残ってない。叩いた場所がそのまま凹んだ。
「これは——」
「溶岩の熱で石が焼かれ続けてるんだ。花崗岩は長時間高温にさらされると内部の水分が飛んで、結晶が膨張して、ぼろぼろに崩れる。——このまま放っておくと壁が崩壊して、溶岩流がこの空間に流れ込む」
「流れ込んだらどうなる」
「『鉄の心臓』が溶岩に飲まれる。——このでかい鍛造施設が丸ごと消える」
ドルクの拳が握りしめられた。
「それだけは——それだけは避けなきゃならねえ。この炉は古代ドワーフの最高傑作だ。失ったら二度と作れねえ」
「分かってる。——直す。壁を直す。ただし普通のコンクリートじゃダメだ。普通の配合じゃ高温で水分が飛んで割れる。——耐熱コンクリートを作る」
* * *
耐熱コンクリートの配合実験。
鉄の心臓の手前のスペースに材料を並べた。
普通のコンクリートは石灰+火山灰+砂+砂利+水。こいつは高温に弱い。水分が飛ぶと体積が減って亀裂が入る。石灰の結晶も高温で変質する。
「耐熱にするには二つ変える。一つ、火山灰の比率を上げる。火山灰は元々高温で焼かれた素材だから、再加熱に強い。二つ、骨材を砂利から溶岩石に変える。溶岩石は溶岩が冷えて固まったもんだから、高温に戻っても変質しにくい」
「溶岩石ならこの辺りにいくらでもある」
ドルクが溶岩石を集めてきた。黒くて軽い多孔質の石。穴がいっぱい空いてる。
配合を三パターン作った。
パターンA:火山灰を通常の二倍、骨材を溶岩石に変更。
パターンB:火山灰を三倍、骨材を溶岩石、砂も火山灰系の砂に変更。
パターンC:Bに加えて、ルッカの鉄粉を少量混入。
「三つ作って、全部鉄の心臓の炉の横に置く。一日放置して、どれが割れねえか確かめる」
「一日で分かるんですか!?」
イレーネが身を乗り出した。
「分かる。あの炉の横は常に三百度以上ある。一日で普通のコンクリートなら粉々だ。耐熱配合なら持ちこたえるはずだ」
三つの試験体を作った。拳大のブロック。コテで形を整えて、炉の横に並べた。
「あとは待つだけだ。——その間にもう一つ確かめてえことがある。ドルク、この施設の壁に近づいていいか」
「好きにしろ。ただし溶岩流の近くは気をつけろ。足元が崩れることがある」
鉄の心臓の奥に進んだ。溶岩に近い側の壁。ここが一番劣化がひどい。
壁の表面を手で撫でた。砕けた石の粉が指につく。奥に何かある。石の粉を払っていくと——
「……おい」
「どうした、棟方」
「この壁の中に——鉄が入ってる」
崩れかけた石壁の中から、鉄の棒が顔を出してた。直径二センチほどの鉄の丸棒。石壁の中に埋め込まれてる。
「鉄筋だ。——古代ドワーフも、壁の中に鉄を入れてやがった」
ドルクが駆け寄ってきた。鉄の棒を見て目を見開いた。
「……これは。こんなものが壁の中にあったのか。儂は知らなかった」
「俺のコンクリートと同じ発想だ。石だけじゃ引っ張りに弱い。鉄を入れれば引っ張りに耐える。——古代ドワーフはこの原理を知ってたんだ。俺より先にな」
俺の手が震えた。エルフの森で貫工法を見つけた時と同じだ。この世界の先人が、俺と同じ答えに辿り着いてた。
「ルッカ。この鉄、分析してくれ」
ルッカが鉄棒を触った。指で弾いた。舐めた。
「……すごい鉄です。炭素量が絶妙に調整されてます。高炭素すぎず、低炭素すぎず。高温環境でも錆びにくい配合になってる。——これ、現代の技術でも再現するのは難しいです」
「古代ドワーフの鍛造技術か」
「はい。……祖父から聞いたことがあります。古代の鍛冶師は『鉄の歌』で鉄の性質を操ったと。温度とリズムで炭素量を制御する秘伝の技だと」
ドルクが頷いた。
「『鉄の歌』。——儂はその断片しか知らねえ。だが、この鉄棒を見れば完成品が分かる。こいつがゴールだ。このゴールに辿り着く打ち方を、見つけりゃいい」
「見つけられるのか」
「見つける。ルッカと二人でな」
ルッカとドルクが顔を見合わせた。伯父と姪。鉄の歌を継ぐ者たち。
——こいつらの仕事だ。俺が口を挟む領域じゃねえ。鍛冶のことは鍛冶師に任せる。俺はコンクリートの仕事をする。
* * *
翌日。
試験体を確認した。鉄の心臓の炉の横に一日置いた三つのブロック。
パターンA。——表面にヒビが入ってる。持ち上げたら二つに割れた。ダメだ。火山灰を倍にしただけじゃ足りねえ。
パターンB。——ヒビなし。持ち上げても割れねえ。指で弾くと硬い音がする。だがよく見ると表面に微細な亀裂がある。長期間はもたねえかもしれん。
パターンC。——ヒビなし。微細亀裂もなし。叩いたら澄んだ音が返ってきた。完全に固まってる。鉄粉が効いてやがる。
「Cだ。鉄粉入りが正解だ」
「何で鉄粉を入れると耐熱性が上がるんですか!?」
イレーネがノートを構えてる。
「鉄粉がコンクリートの中で微細な骨格を作って、熱膨張による亀裂を分散させてるんだろう。鉄筋と同じ原理の、ミクロ版だ。——正直、やってみるまで確信はなかった。だが結果が出た。こいつで壁を塗る」
「パターンCの配合を記録します! 火山灰の比率、溶岩石の粒径、鉄粉の混入量——」
「ルッカ。鉄粉をもっと作ってくれ。壁全面に塗るなら大量に要る」
「はい! ドルクの炉でヤスリがけします!」
「ヤスリがけなんかしなくていい。鉄を打った時に飛び散る鍛造スケール——あの黒い粉を集めろ。あれが鉄粉だ」
「あっ……! いつも掃除して捨ててたやつですか!?」
「そうだ。あれが使える。——捨てるもんを使うのは俺の得意技だ。帝国でも石屑からブロックを作っただろ」
「捨てるもんから建材を……! どこでも同じことをやるんですね親方……!」
ガルドが感心してる。こいつは素直にすごいと言ってくれるから分かりやすい。
耐熱コンクリートを大量に練った。パターンCの配合。火山灰たっぷり、溶岩石の骨材、鍛造スケールの鉄粉。黒っぽいコンクリートだ。普通のやつより重い。
鉄の心臓の壁に塗った。崩れかけた石壁の表面を削り取って、新しい耐熱コンクリートで覆う。コテで均一に塗り付ける。
上向きの作業だ。天井に近い部分は足場を組んで登る。暑い。汗が止まらねえ。コテを握る手が滑る。
「親方、代わりますよ!」
ガルドが言った。
「いや、コテ仕事は俺がやる。お前がやったら厚みがバラバラになる。——帝国の兵舎で上向きに塗った時と同じだ。押し付けるように塗る。撫でたら垂れる」
黙々と塗った。三時間。鉄の心臓の壁全面に耐熱コンクリートの膜が覆った。黒い壁。触ると指先が温かい。だが崩れねえ。
サラマンダーに硬化を促進してもらった。こいつの出番だ。高温環境はサラマンダーの庭みたいなもんだ。
「親方さん! サラマンダーがすごく楽しそうです! こんな熱いところで仕事するの初めてだって!」
「精霊も初体験か。——いい経験だろ」
耐熱コンクリートが固まった。壁を叩いた。
ゴンッ。
硬い音。安定した音。粉を吹いてた壁が、鉄粉入りの黒い壁に生まれ変わってる。
「……硬えな」
ドルクが壁を叩いた。
「硬い。……この壁が溶岩の熱に耐えるのか」
「耐える。元の石壁は花崗岩で、高温に弱かった。こいつは火山灰と溶岩石で作ってある。溶岩から生まれた素材で、溶岩の熱を防ぐ。——因果が回ってるだろ」
「溶岩から生まれた素材で溶岩を防ぐ……。敵を味方にする発想は、お前の十八番だな」
「水も石屑も溶岩も、敵にするか味方にするかは使い方次第だ。——これで鉄の心臓は当分もつ。百年は大丈夫だ」
「百年……!」
ドルクが壁に手を当てた。
「百年か。——儂の残りの人生より、ずっと長いな」
「当たり前だ。あんたが死んでも、この壁は残る。次の世代が使う。——そのための壁だ」
「次の世代、か。——ルッカ。聞いたか」
「はい。……聞いてます。この壁が、百年後のドワーフを守るんですね」
「そうだ。——お前が鍛えた鉄粉が入ってる壁だ」
ルッカの目が光った。自分の仕事が百年後に残る。鍛冶師にとって、これ以上の褒め言葉はねえだろう。
さて。壁は直した。次は——この鉄の心臓の真の力を引き出す番だ。ドルクとルッカの「鉄の歌」。それは鍛冶師の仕事であって、土方の俺が出る幕じゃねえ。
だが見届ける。こいつらが先人の技を取り戻すところを。




