親方、岩を叩いて千メートル先と話す
地下都市の復旧が進んでる。坑道の安定化、天井の補強、換気シャフト、水道。大広間はもう安全に住める状態だ。
だが、問題がある。
グルンダールはでかい。大広間だけじゃなく、枝分かれした坑道が何十本もある。全長は数キロに及ぶらしい。この広さで、離れた場所にいる奴とどうやって連絡を取る?
地上ならリルの精霊の交信があるが、地下深くだと精霊の声が岩盤に遮られて届きにくい。
「親方さん……ノームは地中を通れるんですけど、岩盤が厚いと交信の精度が落ちるみたいで……」
「しょうがねえ。岩盤は精霊にとっても壁だ。——ドルク、この都市で離れた坑道同士の連絡ってどうしてたんだ」
ドルクが鉄を打つ手を止めた。水車のふいごが快調に動いてる。こいつ、水車が来てから鍛造の量が三倍になってやがる。
「古代のドワーフは音を使っていた」
「音?」
「岩盤を叩くと、特定の場所で音が遠くまで伝わる。反響点と呼ばれる場所だ。反響点で石を叩くと、数百メートル先の別の反響点まで音が届く。——岩盤の中を音が伝わるんだ」
「岩盤電話か」
「何だそれは」
「こっちの話だ。——つまり、岩盤の中に音が通りやすいルートがあるってことか」
「そうだ。岩盤の密度が均一な層に沿って音が伝わる。密度が変わる場所で音が途切れるから、均一な層が繋がっている場所同士でしか通じない。——反響点の位置は、古代のドワーフが代々伝えてきた。だが、儂は全ての位置を知っているわけではない。この大広間の反響点は一つだけ知っている」
「見せてくれ」
ドルクが大広間の西壁に歩いていった。壁の一点を指差した。
「ここだ。ここを三回叩くと、西の坑道の突き当たりにある鍛冶場まで音が届く。距離は約四百メートル」
ドルクが拳で壁を三回叩いた。
コンッ。コンッ。コンッ。
三秒。五秒。
——遠くから、かすかに音が返ってきた。
コンッ。コンッ。コンッ。
「……!? 返ってきた!? 誰もいないのに!?」
ガルドが耳をぴんと立てた。獣人の聴覚で反響を拾ったらしい。
「反響だ。叩いた音が岩盤を伝わって、向こうの反響点で跳ね返って、戻ってくる。——向こうに誰かがいれば、叩き返してくれる。回数や間隔を変えれば、簡単な信号が送れる」
「岩盤の中を音が四百メートル……!? すげえ……!!」
「古代ドワーフの知恵だ。だが今は反響点の位置がほとんど分からなくなってる。儂が知ってるのはこの一箇所だけだ」
ドルクが俺を見た。
「棟方。お前なら見つけられるんじゃないか。——反響点を」
「なんでそう思う」
「お前は壁を叩いて構造を読む男だと、ルッカから聞いた。壁の裏側に何があるか、叩くだけで分かると。——反響点を見つけるのも、壁を叩いて音を聴く仕事だ。お前の専門だろう」
……なるほどな。
壁を叩いて音を聴く。それで壁の裏側を読む。俺が転生前からずっとやってきた仕事だ。
反響点ってのは、岩盤の密度が周囲と違う場所だ。密度が均一な層の接点になってる場所。叩いた時の音の伝わり方が、周囲と違うはずだ。
「やってみるか。——全員、黙ってくれ。音を聴く」
* * *
大広間の壁に向かった。
ドルクが教えてくれた反響点の横に立った。まずはここの音を覚える。
拳で叩いた。
コンッ。
音を聴く。周波数。残響。減衰の速さ。反射音の方向。
——深い。音が岩盤の奥に吸い込まれていく感じがする。普通の壁を叩いた時は音が表面で跳ね返ってくるが、ここは音が奥に入っていく。引き込まれる音だ。
十センチ横を叩いた。
ゴンッ。
跳ね返る音。普通の岩盤の音。奥に行かねえ。表面で止まる。
反響点に戻って叩いた。
コンッ。
引き込まれる音。
「……分かった。反響点は音が奥に入っていく。普通の壁は音が表面で返る。この違いだ」
「分かったのか!? 一回聴いただけで!?」
ドルクが声を上げた。
「一回じゃねえよ。三回叩いた。三回あれば十分だ。——次の反響点を探す。北壁を端から全部叩く」
北壁に向かった。端から一メートル間隔で叩いていく。
ゴンッ。返る音。違う。
ゴンッ。返る音。違う。
ゴンッ。返る音。違う。
ゴンッ。返る音。違う。
五十メートルの壁を一メートルずつ。全員が息を殺して見てる。
ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ——コンッ。
「ここだ」
三十二メートル地点。音が変わった。奥に引き込まれる音。
「もう一回叩いていいか」
「好きなだけ叩いてくれ」
コンッ。コンッ。コンッ。
——返ってきた。微かに。遠くから。
「返事が来た!! 反響が返ってきたぞ!!」
ガルドが叫んだ。
「北の坑道と繋がってる! この壁を叩けば、北の坑道に音が届く!」
「どのくらい先だ!?」
「反響の遅延が約二秒。岩盤中の音の速さを考慮すると——」
エルノが即座に計算した。
「約六百メートル先です!」
「六百メートル!? 大広間から六百メートル先と、壁を叩くだけで話せるってのか!?」
ガルドが興奮して尻尾を振ってる。
「話せるっつうか、信号を送れる。三回叩いたら『安全』、連打したら『緊急』とか、ルールを決めればいい」
「ああ……これなら擬似的な電話もできる」
「親方、デンワってなんだ?」
「俺のいた……いや、故郷にあったもんだ」
「親方の故郷にも、こんな便利なものがあったのか?」
「まあ、ほどほどにな」
次は東壁。同じように端から叩いていく。
ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ——コンッ。
「ここ。東壁の十八メートル地点」
コンッ。コンッ。コンッ。
反響。返ってきた。
「東の坑道にも繋がった!!」
南壁。
ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ——
五十メートル全部叩いた。
「……南壁には反響点がねえ」
「ないんですか!?」
「南側は岩盤の密度が不均一なんだろう。層が途切れてる。——だが、四方向のうち三方向に繋がれば十分だ」
ドルクが俺を見てる。何か言いたげな顔だ。
「……何だ」
「儂は三十年間この壁の前で暮らしていたが……反響点のことなど知らなかった。——お前は半日で幾つも見つけやがった」
「壁を叩くのは俺の仕事だからな」
「仕事だからって……半日で三つ見つけるか、普通……!?」
「普通だろ。叩いて音聴くだけだ」
「普通じゃねえよ!!」
ドルクが声を荒げた。こいつが怒鳴るのを初めて聞いた。
「儂は五十年鉄を打ってきた! 鉄の音なら聴き分けられる! 焼き入れの温度を音で当てられる! ——だが岩盤の反響点を叩いて見つけるなんて、考えたこともなかった!! 同じ『音を聴く』技術なのに、お前の方が圧倒的に応用が利いてる!!」
「応用っつうか、俺は建物の壁を叩き続けて二十五年だからな。石だろうが、木だろうが、岩盤だろうが、叩けば中身が分かる。——あんたの鉄の音を聴く技術と根っこは同じだ。対象が違うだけだ」
「対象が違うだけ、か……。同じ技術を、こうも違う使い方ができるとはな」
ルッカが目を輝かせてる。
「親方。わたしも壁を叩けば反響点が分かるようになりますか?」
「お前は鉄を叩いて品質を聴き分けてるだろ。同じことだ。岩を叩いて、音が奥に入っていくか、表面で返るかを聴け。——やってみろ」
ルッカが壁を叩いた。端から一メートルずつ。
ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ。ゴンッ——
「……ここ、ちょっと音が違います。深い気がします」
「どれ」
俺が叩いた。
コンッ。
「正解だ、ここも反響点だ。——お前、一発で聴き分けやがったな」
「えっ……!? 本当ですか……!?」
「本当だ。ドワーフの耳と鍛冶師の音感は伊達じゃねえな。——ドルク、あんたの姪は耳もいいぞ」
ドルクが腕を組んだ。
「……ガルンの血か。あいつも耳が良かった」
「親方!! ルッカちゃんすごい!!」
ガルドが騒いでる。尻尾振りすぎてカーラに当たってる。
「尻尾をしまえ! あたしの顔に当たってるの!」
「すまん! でも、だってすげえんだよ!!」
エルノが反響点の位置を全て地図に記録した。大広間だけで四箇所。西・北・東の三方向に繋がってる。
「棟方殿。反響点の座標を記録しました。これを基に、各坑道の反響点を探していけば、都市全体の音響通信網が復元できます」
「よし。明日から枝坑道を全部叩いて回る。——ガルド」
「おう!」
「お前の耳は獣人だから人間より良いはずだ。俺が叩いた音を横で聴いて、反響が返ってくるかどうか判定しろ。俺が叩く係、お前が聴く係だ」
「おう、任せろ!! 耳には自信あるぞ!!」
ガルドの耳がぴんと立った。やる気満々だ。
カーラが呆れた顔で言った。
「ねえ親方。あんた、帝国では壁を叩いて基礎の問題を見つけて、エルフの森では木を叩いて腐りを見つけて、今度は岩を叩いて通信網を作ってるのよ。——全部、叩いてるわね」
「叩くのが仕事だからな」
「仕事っていうか、もはや才能でしょ」
「才能じゃねえよ、経験だ。誰だって二十五年叩き続けりゃ聴こえるようになる」
「二十五年叩き続ける根性がまず普通じゃないのよ」
「……うるせえ」
明日から、グルンダール全域の壁を叩いて回る。全長数キロの坑道を端から端まで。
右手が持つかどうかだけが心配だ。まあ、左手もあるか。
さて——仕事だ。




