親方、地下五十メートルに風を届ける
天井のロックボルトが終わって、大広間の安全は確保された。
だが一つ、根本的な問題がある。
空気が悪い。
三十年間密閉されてた地下空間だ。ドルクが入り口と大広間を繋ぐ坑道を少し開けて通気を取ってたらしいが、全然足りてねえ。空気が重い。湿っぽい。十分作業すると息が上がる。
「ドルク。頭痛くねえか、普段」
「慣れた。最初の数年はひどかったが」
「慣れちゃダメだろ。酸素が薄いんだよここ。——換気する。地上まで穴を開ける」
「地上まで……? ここは地下五十メートルだぞ」
「五十メートルの縦穴を三本開ける。地下と地上の温度差で空気が勝手に循環する。帝国の兵舎でやった煙突効果と同じ原理だ」
ドルクが腕を組んだ。
「五十メートルの穴を三本。——大した工事だな」
「大した工事だが、やらなきゃ人が住めねえ。あんた一人なら慣れで何とかなったかもしれんが、これからドワーフが戻ってくるんだろ。大勢が住むなら空気がいる」
「……ドワーフが戻ってくる、か。そんな日が来るのか」
「来る。あんたが三十年守ったこの場所を、取り戻しに来る連中が必ずいる。——その時のために、住める環境を作っておく」
* * *
換気シャフトの設計。
まずリルのノームに地上までの地質を調べてもらった。
「親方さん! ノームが言ってます! 大広間の真上は岩盤が四十メートル、その上に土が十メートル。合計五十メートルで地表に出るって! 岩盤は花崗岩が主体で、途中に柔らかい砂岩の層が二箇所あるって!」
「砂岩の層か。そこは掘りやすいが崩れやすい。コンクリートの巻き立てが必要だな。——エルノ、大広間の容積を計算してくれ」
「はい。幅五十メートル、奥行き百メートル、高さ平均十八メートルとして——約九万立方メートルです」
「九万立方メートルの空気を入れ替える。一時間に一回転として、一時間あたり九万立方メートルの空気を動かす。——シャフト一本の断面積を二平方メートルとすると、風速は——」
「一本あたり毎時三万立方メートル。風速に換算すると——秒速四・二メートル。そよ風程度です。温度差による自然換気で十分に到達可能な風速ですね」
「三本で回る。東・中央・西に一本ずつ。直径一・六メートル。——これで大広間全体の空気が一時間で入れ替わる」
ドルクが首を傾げた。
「理屈は分かるが……地上と地下で温度が違うだけで、本当に五十メートルの穴を空気が通るのか」
「通る。帝国でやった時は六メートルの煙突で換気できた。こっちは五十メートルだ。高低差があるほど温度差も大きくなって、引きが強くなる。六メートルで足りた風が五十メートルで足りねえわけがねえ」
「五十メートルの方が引きが強い……。なるほど、煙突が高いほど煙がよく抜けるのと同じか」
「そういうことだ。——あんた飲み込みが速いな」
「三十年、炉の煙突をいじってきたからな。煙突の高さで引きが変わることくらいは知っている」
そうか。ドルクは三十年間、一人で鍛造炉を運用してきたんだ。煙突の扱いは体で覚えてる。
「じゃあ話が速い。シャフトを煙突だと思ってくれ。この都市全体がでかい炉で、シャフトが煙突だ」
「都市が炉で、シャフトが煙突。——分かった。掘ろう」
* * *
一本目。東のシャフト。
大広間の東端の天井に印を付けた。ここから真上に五十メートル掘る。
「下から上に向かって掘る。掘った岩は下に落とす。重力を味方にする。——上から掘ったら岩が頭に降ってくるからな」
「当たり前だ。鉱山の基本だ」
ドルクが当然のように言った。こいつ、地下工事の基本は俺より詳しいかもしれん。
足場を天井まで組んで、天井の岩盤を下から上に向かってツルハシで穿つ。直径一・六メートルの丸い穴を、真上に向かって掘り進む。
ドルクが先頭で掘った。こいつのツルハシは凶器だ。一撃で岩が砕ける。破片が下に降ってくる。
「下にいる奴は離れてろ! 石が来るぞ!」
ガラガラガラッ!
岩の破片が足場を通って床に落ちていく。粉塵をシルフが吹き飛ばす。
五メートル。十メートル。十五メートル。
砂岩の層に当たった。柔らかい。掘りやすいが崩れやすい。
「ここはコンクリートで巻く。掘ったらすぐに壁面にコンクリートを塗って固める」
俺が上向きにコンクリートを塗った。坑道でやったのと同じだ。腕が疲れるが、手が覚えてる。
二十メートル。三十メートル。
ルッカが鍛造したロックボルトを要所に打ち込んで、シャフトの壁を安定させる。
四十メートル。もうすぐ土の層に入る。
その時——
「親方ーーーーッ!!!」
坑道の入り口の方から、とんでもねえ声量が反響してきた。
この声。
聞き間違えるわけがねえ。
「何だあの声……!?」
ドルクが驚いてツルハシを止めた。
「親方ーーーッ!! どこだーーーッ!!」
ドスドスドスと地面を踏み鳴らす足音。獣人特有の重い足音。坑道を全力で走ってきてる。
「……ガルドだ」
「ガルド?」
「俺の——仲間だ」
大広間に飛び込んできた。
でかい。坑道の天井に頭がぶつかりそうになりながら走ってきた二メートル超の獣人。狼の耳がぴんと立ってる。汗だく。息が荒い。
「親方ッ!! 来たぞ!!」
「……お前、どうやってここが分かった」
「リルの精霊の交信で場所を聞いた! エルフの森を突っ切って山を登って坑道の入り口を見つけて——走ってきた!」
「走って……。帝国からか?」
「レグニカからだ! 運河の仕事をハインツに任せて——五日で来た!」
「五日で……!? レグニカからここまで五日で……!?」
カーラが目を丸くしてる。
「普通に馬車で十日はかかる距離よ!? 走って五日って何!?」
「走れば着くだろ!! 親方が地下で仕事してるって聞いたら——じっとしてられるかよ!!」
ガルドの耳が立ってる。興奮してる。再会の喜びで尻尾が振れてる。——獣人は正直でいい。
「……来たからには働け。ちょうど人手が足りてなかった」
「おう!! 何すればいい!!」
「シャフトを掘ってる。下から上に岩を砕く力仕事だ。——お前の出番だ」
ガルドの顔が輝いた。
「力仕事か!! 任せろ!!」
ドルクがガルドを見上げてる。見上げてる。ドワーフとガルドの身長差は一メートル近い。
「……でかいな。お前」
「ガルドだ! よろしく!」
「ドルクだ。ルッカの伯父だ。——で、お前はこの穴を掘れるのか」
「掘れるぞ! ツルハシ貸してくれ!」
ドルクのツルハシを受け取ったガルドが、シャフトの底から天井に向かってツルハシを振り上げた。
ドゴォンッ!!!
天井の岩盤が一撃で抉れた。ドルクの一撃より範囲が広い。力の桁が違う。
「なっ……!?」
ドルクが目を剥いた。
「一撃でそれだけ抉るのか……!? 化け物か!?」
「STRがS級なんだ、こいつは」
「S級!? 見た目通りの怪力じゃねえか!!」
「見た目通りだろ。このでかさで非力だったら逆にビビる」
ガルドがシャフトを掘り始めた。ドスドスと岩が砕ける。ドルクの三倍の速度で穴が上に伸びていく。
「速えな……! こいつ速えな……!」
ドルクが呆然としてる。
「力はあいつが上だ。だが鉄を打つ精度はあんたの方が上だろう」
「……ああ。力で負けるのは悔しくねえ。種族が違う。——だが精度で負けたら鍛冶師の名折れだ」
「分かってるじゃねえか」
四十五メートル。岩盤から土の層に変わった。ここからは柔らかい。ガルドがツルハシじゃなくてスコップで掘り始めた。土がバラバラ落ちてくる。
四十八メートル。四十九メートル。
「親方! 明るくなってきた! 上に光が見える!」
「もうすぐだ! 突き破れ!」
ガルドが最後の一撃を振り上げた。
ドガァンッ!!
天井が——いや、地面が砕けた。上から見れば地面だ。
光が差し込んだ。青い空。山の冷たい空気が一気にシャフトを駆け下りてきた。
「——抜けたぞ!!!」
ガルドの声がシャフトの中で反響した。
大広間にいる全員が上を見た。シャフトの穴から、五十メートル上の空が見えてる。丸く切り取られた青空。
そして——風が来た。
地上の冷たい空気がシャフトを通って大広間に流れ込んでくる。三十年間淀んでいた空気が、押し出されるように動き始めた。
「風だ……!」
ドルクが顔を上げた。
「風が来てる……! 地上の風が……!」
「煙突効果だ。地下の温かい空気がシャフトを昇って地上に抜ける。代わりに地上の冷たい空気が入ってくる。——これが換気だ」
ドルクが深呼吸した。
三十年ぶりの、地上の空気。
「…………」
ドルクの目に涙が浮かんだ。だが何も言わず、深呼吸を繰り返してた。
ルッカがドルクの横に立った。
カーラは鼻をすすった。
「……あたしは泣いてないからね」
「誰も訊いてねえよ」
「訊いてないけど、先に言っとくわ」
残り二本のシャフトは、ガルドの怪力で二日で終わった。
三十年の闇と淀みが——終わった。
「ガルド。来てくれて助かった」
「当たり前だろ。親方がいるところが俺の現場だ」
「……お前、いつからそんなキザなこと言うようになった」
「キザじゃねえよ! 本気だよ!」
耳が垂れた。照れてやがる。
さて。棟方組フルメンバー集結だ。テツ、ガルド、ルッカ、リル、エルノ、カーラ。それにドルクとイレーネ。
地下都市の復旧は、ここから加速する。
仕事だ。




