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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第三部 世界の親方

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親方、天井をロックボルト三百本で縫う



 坑道の安定化が終わった。


 二百メートル全区間、掘って塗って打つの三手セットを六十七回繰り返した。十二日かかった。入り口から大広間まで、もう石が降ってくる心配はねえ。


 ドルクが毎日坑道を歩いてる。安全な天井の下を。


「……三十年で初めて、上を気にせず歩ける」


「当たり前だ。ロックボルトが全部縫い付けてある。地震が来ても落ちねえよ」


「地震でも……」


「でも、だ。——さて、本番はここからだ」


 大広間。


 天井の高さ二十メートル以上。幅五十メートル。奥行きは百メートル近い。ドワーフの古代の大空間。かつてはここで一族が集い、宴を開き、鍛冶の技を競い合ったんだろう。


 だが今は——天井の三分の一が崩落してる。瓦礫が床に山になってる。残りの天井にも亀裂が無数に走ってる。


「あの天井を全部安定させる。——坑道と同じ要領だが、スケールが全然違う」


「高さ二十メートルの天井に、どうやってボルトを打つんだ」


 ドルクが訊いた。


「足場をかける」


「親方よ、また足場か」


「また足場だ。足場は俺の原点だからな。——ただし今回は暗い。地下だ、灯りがいる。――リル、サラマンダーに灯りを頼めるか。天井まで届くやつを」


「はい! ——サラマンダー、大きめのお火をお願い!」


 サラマンダーが炎を上げた。大広間の天井が照らされる。


 ——見えた。


 天井の岩盤。灰色の花崗岩。亀裂のパターンがくっきり浮かび上がる。



    * * *



 まず天井を読む。


 足場を組んだ。大広間の中央に、高さ二十メートルの足場。エルフの森で使った繊維ロープとルッカの金具で組み上げる。ドルクが柱を支えてくれた。こいつの腕力があると足場の安定感が段違いだ。


 天井まで登った。サラマンダーの炎を近づけてもらう。


 岩盤の表面に、亀裂が網の目みたいに走ってる。太い亀裂、細い亀裂、交差する亀裂。全部パターンがある。


 手を当てた。亀裂に沿って指を走らせる。


「エルノ。天井の亀裂を全部マッピングしてくれ。俺が読み上げる」


「はい!」


「北東隅から。主亀裂が南西に向かって走ってる。幅五ミリ。深さは——」


 亀裂にノミの柄を差し込んだ。三センチ入った。


「深さ三センチ以上。こいつは深い。岩盤を貫通してるかもしれねえ。——ノーム、この亀裂の奥を見てくれ」


「親方さん! ノームが言ってます! この亀裂、天井の岩盤を完全に貫通してるって! 上の土層まで繋がってるって!」


「貫通してるか。——こいつが一番危ねえ。この亀裂を境に、北東側の天井が丸ごと一枚の板みたいに分離してる。いつ落ちてもおかしくねえ」


 ドルクが下から見上げてる。


「あの北東の区画は——儂が応急修繕で木の支柱を入れた場所だ。支柱がなかったらとっくに落ちていた」


「あんたの支柱が三十年持ちこたえたのか。——大したもんだ。だが支柱は応急処置だ。根本的に直すにはロックボルトで岩盤の上層に縫い付けるしかねえ」


 天井全体の亀裂を二時間かけて読み取った。エルノが地図に起こす。


「棟方殿。天井の亀裂マップ、完成しました。主亀裂が七本、副亀裂が二十三本。主亀裂で天井が八つのブロックに分割されています。各ブロックの面積と推定重量を計算しました」


「八ブロックか。——一番でかいブロックは」


「北東区画。面積約百二十平方メートル。推定重量は——厚さ一メートルの花崗岩として、約三百二十トン」


「三百二十トンが、亀裂一本で本体から切れかけてるわけだ。落ちたらこの大広間にいる全員が潰れる」


 ドルクの顔色が変わった。


「三百二十トン……!? あの天井が、それほどの重さだったのか……」


「岩ってのは見た目以上に重い。——だからロックボルトで縫う。三百二十トンを、上の安定した岩盤に鉄の棒で固定する」


「何本いる」


「計算する。——エルノ」


「はい。ロックボルト一本の引き抜き耐力を一トンと仮定すると、三百二十トンを支えるには最低三百二十本。安全率を考慮して——」


「切りよく三百本でいこう。安全率は足りるか」


「北東区画だけで三百本必要なのは最悪ケースです。実際には亀裂の摩擦力もありますから、全八ブロック合計で三百本あれば十分です」


「三百本。——ルッカ、打てるか」


「打てます。三百本のロックボルト、三日で鍛造します」


「ドルク。あんたの炉を使わせてもらうぞ」


「好きに使え。——というか、儂も打つ。三百本の鍛造なら二人でやった方が速い」


 ルッカとドルクが顔を見合わせた。


「……伯父さん。一緒に打ちましょう」


「ああ——ガルンの娘と鉄を打てる日が来るとはな」


 ルッカの目が潤んだが、手は震えてねえ。金槌を握る手は安定してる。職人の手だ。



    * * *



 三日後。ロックボルト三百本が並んだ。


 ルッカが百五十本。ドルクが百五十本。同じ数を同じ時間で仕上げた。


 並べて比べた。


「……同じ精度だ」


 ドルクが呟いた。ルッカのボルトとドルクのボルト。長さ、太さ、先端の角度、後端のプレートの厚み。どちらも寸分の狂いがねえ。


「同じ精度じゃねえよ」


 俺が言った。全員が振り向いた。


「ルッカのボルトの方が、先端の焼き入れが深い。岩盤に食い込んだ後の保持力が高い。——ルッカの方が上だ」


 ドルクがルッカのボルトを手に取った。先端を指で弾いた。澄んだ高い音。自分のボルトも弾いた。わずかに低い音。


「…………本当だ。こいつの方が硬い。焼き入れの温度が儂より正確だ」


「当然です。親方の工具を何百本も作ってきましたから。焼き入れの温度管理は、わたしの方が経験値が多いんです」


「……ガルンより上だと言ったな、さっき」


「伯父さんの打撃力には勝てません。でも焼き入れなら——負けません」


 ドルクが笑った。この男が笑ったのを初めて見た。


「いい職人だ。ガルンの娘は——いい職人だ」


 ルッカの涙が一粒こぼれた。すぐに袖で拭いた。


「泣いてませんから」


「泣いてるだろ」


「泣いてません!」


 カーラは横で笑ってた。



    * * *



 打ち込み開始。


 足場を天井全面に拡張した。大広間の天井二十メートルに、格子状の足場を組む。足場の上に立てば天井に手が届く。


「八ブロック、三百本。危険度の高いブロックから順に打っていく。——北東区画から始める」


 俺が位置を決める。亀裂のマップを見て、ボルトの配置を指示する。亀裂を跨ぐように、亀裂の両側にボルトを打つ。ボルトが亀裂で分離したブロック同士を繋ぐ。さらに上の安定層まで貫通させて、全体を一枚岩に戻す。


「ここに一本。亀裂から十五センチ離して。——ドルク、打て」


 カァンッ!!


 ドルクの一撃。ロックボルトが天井の岩盤に突き刺さった。二十メートルの高さで、上向きに金槌を振る。普通なら腕が三分で死ぬ作業だ。ドルクは平気な顔してる。


「次」


「十五センチ右」


 カァンッ!!


「次」


 カァンッ!!


 反対側ではルッカが打ってる。ドルクほどの一撃じゃねえが、三発で確実に入れる。正確さはルッカの方が上だ。ボルトの頭が岩盤の面と完璧にツライチになってる。


「ルッカ、うめえな。プレートの面が天井と完全に揃ってる」


「出っ張ってたら足場を組む時に引っかかりますから。——親方に教わりました。出っ張りは現場の敵だって」


「言ったっけ」


「言いました。王都の城壁を直した時に」


 覚えてねえが、そういうもんか。教えたことを弟子が覚えてるのは嬉しいもんだ。


 一日目、百二十本。


 二日目、百二十本。


 三日目の朝、残り六十本を打ち終えた。


 三百本。天井全面にロックボルトのプレートが等間隔に並んでる。


「全数打ち込み完了。——天井を叩くぞ」


 足場の上から天井を叩いた。


 ゴォンッ。


 重い音。硬い音。岩盤の奥まで響く音。坑道で聞いた安定の音と同じだが、大広間のスケールで反響してる。


「この音だ。——ドルク、叩いてみろ」


 ドルクが天井を叩いた。


 ゴォンッ。


「…………」


 ドルクの手が天井に当たったまま動かねえ。


「……硬い。……この天井が硬い。三十年、いつ落ちてくるかと思って暮らしてきたこの天井が——」


「もう落ちてこねえ。三百本のロックボルトが上の安定層に全部縫い付けてある。この天井は岩盤の一部になった。岩盤ごと落ちない限り、落ちねえ」


「岩盤ごと……。つまり——」


「山が崩れない限り、この天井は落ちねえ。——三十年、よく守った。あとは鉄が守る。あんたの姪が鍛えた鉄がな」


 ドルクが足場の上で目を閉じた。天井に手を当てたまま。


 何か呟いてた。小さくて聞こえなかったが、たぶん弟の名前だ。


 俺は聞かなかったことにした。


 カーラが下から叫んだ。


「親方ーー! 終わったのーー!?」


「終わった!」


「じゃあ降りてきて! ドルクさんが作ってくれたキノコのスープが冷めるわよーー!」


「……キノコのスープ?」


「地下に生えてるキノコで作ったんですって! 美味しいのよこれが!」


 ドルクが目を開けた。


「……あの女は、儂の食料のキノコを勝手に……」


「すまん。うちのカーラは食い物に関しては遠慮がねえんだ」


「……まあいい。客に食わせるくらいのキノコはある」


 足場を降りた。大広間の隅で、カーラがキノコのスープを温めてる。サラマンダーが鍋の下で火を焚いてる。


 スープを飲んだ。


 うまい。地下のキノコは旨味が濃い。日光に当たらないぶん、味が凝縮してるのかもしれん。


「……悪くねえ」


「でしょ? ドルクさんの三十年物のキノコ畑、すごいのよ」


「三十年物って言うな。保存食だ」


 ドルクがぶっきらぼうに言った。だが——スープを飲んでる顔は穏やかだ。


 三十年ぶりに、誰かと飯を食ってる顔。


 さて——天井は終わった。次は換気だ。地下に風を通す。


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